第109話君死に給うことなかれ

「は、何?バカなの?」


「貴様ほどじゃないし、切実な話だ。魔界の存続が掛かっている」


「それが何で僕のせいなんだよっ」




 護が床を蹴り、横に剣を薙ぐ。レイがそれを黒い剣で受けると、剣先から魔力が伸びて、護の剣に巻き付く。




 一旦下がろうとするが、手首と剣を尋常でない力で縛られて動けない。




「くっ」


「これが勇者の剣だとはな、嗤わせる」




 刀身に血が付いているのを見ながら皮肉げに言ったレイは、体から魔力を幾筋も伸ばして、護の体に巻き付かせ絞め上げた。




 ギリギリと容赦なく力を加える。


 魔力で頭から足の先まで体が覆われて見えない程で、そのまま宙に持ち上げられる。普通の人間なら、骨が折れて内臓も損傷し窒息している状況だ。




「…………そういえば君…結婚したんだって?」




 魔力の隙間から、何事も無いかのように声が降ってきて、レイは舌打ちした。




「……面倒な」


「さっきの話、奥さんのことだよね?え、彼女美人?子供がどうとか言ってたけど、そんなに欲しいんなら側妃置いたらいいじゃん、魔王なんだし」


「ダメ、絶対」




 なんて恐ろしい……そんなことをすれば、首輪を付けられて一生レティの足を舐めるしかないじゃないか。




「首輪……いや悪くはないな」


「なに?まあいいや。その子聖女だそうだけど、魔王に気に入られちゃうなんて、なんかエロ」


「か、考えたら確かに、はあはあ、そうかも」


「何息荒げてんの。いいな、その子見てみたいな。可愛かったら僕もらうよ」




「ダメ、絶対。ダメ、絶対。ダメ、絶対。ダメ、絶対」




 怒って壊れたレイ。彼の魔力が雑巾でも絞るかのように、護の体を捻ってくびり殺そうとする。




「剣よ、来い」




 護が呼ぶと、床に転がっていた剣が生き物のように動き、宙に浮いて護を捕らえる魔力を切り裂いた。


 自由になった護が床に着地すると、その体にはダメージは無いようでケロッとしている。




「この剣は、僕を勇者と認めて僕の意思で動くんだ」


「見る目の無い悪趣味な剣だ」




 聞いているのかどうか、護はうっとりと微笑んだ。




「いいね、この世界。まるで僕の為にあるようじゃないか」


「反乱起きてるがな」


「チートで勇者で世界征服して、おまけにたくさん殺しても誰も何も言わない。立ち位置はこっちが正義だから、魔王殺したら英雄だし」


「全く、なぜ魔王が悪だと思われるのか不思議だ」




 本当の悪魔は、こいつじゃないのか?そりゃちょっぴり自分は悪魔かもしれないが。




 階段を下りてくる足音が聞こえて、護は平気でそちらを見て隙を作った。


 それを逃さず、レイの剣が煌めき、護に迫る。




 難なくそれを避けると、護が剣を突き出す。跳びすさって直後に、レイが足で剣を跳ね上げた。




「ネーヴェ、ちゃんと魔王を連れ出して来たね、偉い偉い」




 階段を下りきったネーヴェが、焦りを滲ませ問いかける。




「約束です。魔王を連れて来る代わりに、エドウィン様と白亜を自由にすると、そう君は言った」


「あ、途中でユリウスに会わなかった?逃がしたの?」


「……護!二人は?」




 レイの剣を受け止めたが、直ぐに魔力で首を絞められたにも関わらず、護はへらっとしている。




「あー、ごめん。逃げようとして僕を怒らせるもんだから、ほら」




 護の視線を追ったネーヴェが、がくりと膝を付いた。




「あ、ああ……」


「殺しちゃったかな。一足遅かったね、残念」




 切り結ぶ護とレイのいる所より、更に部屋の奥。


 隅の暗がりに、倒れたエドウィンと白亜の体があった。


 打ち捨てられたように床に伏せる白亜を、エドウィンが守るようにその体で覆っていた。




 石の床に血の花びらを散らせ、後ろから抱き締められるかのようにして目を閉じる白亜を見て、ネーヴェは蹲って涙を流した。




 凄惨な光景なのに、どうしてだか美しいと思う自分は、きっと心が壊れてしまったのだろう。二人の安らかな表情を見てよかったと思うのは、自分がそう思いたい為だ。


 だって、そうでないと報われない。




「白亜……エドウィン…」




 共にいながら、二人を見守ることしかできなかった。救えなかったが、常に幸せを祈っていた。




 それなのに……




「すまない、すまない……」




 慟哭し、そう繰り返すネーヴェに、護は首を傾げた。




「今謝っても遅いんじゃないの?」




 言ってる側から、身を屈めたレイが、護の足を剣で斬りつけた。




「っ、て!」




 ぶわっと血が散って、護が傷ついた足を押さえた。




「取り敢えず、貴様は痛みを知れ」




 剣の血を薙ぎ払い、レイは不快げに護を睨んだ。


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