第110話君死に給うことなかれ2
人質達は、アテナリアの中心部に幾つも分散して捕らわれていた。その内の一つが、あろうことか自分の慣れ親しんだ学校だと知り、橙は愕然とした。
「私が魔界に行っている間に、なんてこと」
正門を見れば、三人ほどの見張りがいる。おそらく内部と、外を見回る者もいるだろうから倍以上の人数がいるだろう。
「あんた、手伝ってよね」
「……いいのだろうか。こちら側に付いて大丈夫だろうか」
悩むカインを横目で見て、橙は息を一つ付いた。
「今更くよくよ悩むなって。しっかりしろや、兄ちゃん」
上級魔族の…見た目は青年、中身はおっさんなヒトが檄を飛ばす。
「悩むぐらいなら、前に出るのみよ」
そう言って、そっと立ち上がり橙は詠唱を唱えた。
**************
ギルが翡翠に案内されて向かったのは、刑務所だった。
高くそびえる鉄柵と石の壁。何重にも設置された鍵の掛かった門。
「鳥型の魔族で乗り越えてもいいけど、その場合魔道具で察知して弓が射られる仕掛けになっているわ」
翡翠が思案げに説明すると、ギルはふっと笑って門へと歩いた。
「ちょっと…」
慌てる彼女をよそに、ギルは見張りの前で腕を組んだ。
「ついに本気を出す時が来たようだ」
「え、ちょっと、あなた」
「ここからが私のターンだ」
「やめなさいよ」
「ふっ、封印されし左手が疼く」
「もうやだ」
顔を覆う翡翠と耳を押さえる魔族達を背後に、ギルは動揺する見張りに指を突き付けた。
「我が足元にひれ伏せ」
「……………………」
呆然とする見張りに、柵越しに腕を差し入れトンと軽く触れる。動かなくなったところで、腰に付けていた鍵を奪った。
「さあ行きますよ」
何喰わぬ顔で門を開けるギルをさっきよりも距離を空けて見つめる。
「何かしたの? 」
「私は触れた相手の体の時を少し止められるので」
「え?」
見張りを見ると、触れられた直後と同じ格好のままだ。表情も驚いたままで止まっているが、何だか苦しそうに見える。
「急ぎますよ。今回は手加減して一分ほどしか止めてないので」
いちいち相手にしていられないとばかりに、ギルは気付いた他の見張りにも同じ事をして先へ進む。
「一分?」
「ええ、調整が面倒でしたので呼吸も止めているんで。だってそれ以上だと苦しいですよね?」
思わず翡翠は後ろを振り返った。じっとしたまま息を止めている彼らに同情した。
「……怖い、色んな意味で」
こそっと呟くと、他の魔族が小声で言った。
「言っとくが魔族がみんな厨2病だと思うなよ。あのヒトは特別だ、色んな意味でな」
*************
デュークさんの後ろを私は階段を下りていた。私の背後にくっつくようにしてユリウス様が付いてくる。
少年時代のクロを思い出すな。こんな風に怖がる態度なんて見せてくれなかったけど。
「それで、ユリウス君、おっと…ユリウス様は何故あそこに隠し部屋があるって知ってたんだ?」
外から見たら壁にしか見えなかったので、デュークさんは気になったみたいだ。
「あ、ああ、私はずっとあの部屋で白亜に匿われていたんです」
逸る気持ちを表情に出しながらも、律儀にユリウス様は説明してくれた。
「あんな真っ暗な部屋にか?窓もなくて怖かっただろうに」
デュークさんは、敬語を忘れている。
「いえ、私のいた時は、ちゃんと灯りが備えてありましたし、それに……気付かなかったと思いますが、扉の右下に封印の紋章があって中からも開けられるんです」
「気付かなかった…」
騒いだ自分が恥ずかしい………ん?
暗いから足を踏み外さないように下を見ながら下りていた私は、ふとユリウス様を振り返った。
「……ユリウス様、封印開けましたよね?もしかして」
「そういえば」
デュークさんも気付いて足を止めてしまった。
「ダメです。急ぐので止まらないで……話しますから」
ユリウス様は怯えながらも、残してきた二人を心配して急ぎたいようだ。
「私には神官の素質があります。父上や白亜は知っていますが、公式には秘されています。私は王子ですから……」
私の背中の服をちょっとだけ掴みながら歩くユリウス様は、少しだけ自慢気に秘密を打ち明けてくれた。
「もう300年前のことなので、はっきりとは分かりませんが、その頃のアテナリア王が聖女と結婚した為私のような者がたまに生まれるそうです。王家は本来勇者の役目を果たしてきたので、神官や聖女としての役回りは王族として認められてきませんでした」
謎?は全て解けた!
「もしやその聖女様は」
こんな時になんだが、少しワクワクしてしまった。ごめんレイ。
「聖女青。異世界から来て、この地下にネーデルファウスト達を閉じ込めた張本人です」
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