第106話君が愛した悪魔の僕は3
アテナリアの王宮には、建物からやや離れた敷地内に、地下へと続く階段があった。そこは捕らえた魔族を閉じ込めておく為に、地下牢があった。
日中でも暗く日の差さない湿った不快な牢に、アテナリア王の自分がいるとは、どんな皮肉だ。
エドウィンは自嘲するしかなかった。
気がかりなのは、白亜だ。
あのぶんでは、護に酷い目に合っているのではないだろうか。少し前に臣下が、息子の無事を伝えてくれたが、その後どうなったかわからない。
……………舌を噛み切れたら……
何度も脳裏によぎることに、またエドウィンは思いとどまる。
王として、あまりにも情けないし屈辱的な今の自分だが、白亜や息子の無事を確認しない限り死んでも死にきれない。
きっと今死ねば、愚かな王として名を残すのだろう。
「私はただ……君に目覚めて欲しかった。白亜」
彼女の言うがまま、妃を囮にネーデルファウストをおびき寄せ、力を使わせた。
推測ではあったが、白亜が元の世界に帰れないだろうことは、なんとなく感じていた。
ならば、納得がいけば彼女も目が覚めると、そう思って協力した。まさか護をこちらに呼ぶとは思わなかったが。
18年もの間記憶の中で白亜を苦しめ、現れた途端平気で殴った護が憎くて許せない。
この上更に彼女を苦しめて縛り付け、自由を与えないなど。
助けられない自分があまりに悔しい。
「……何だ?」
僅かな振動を感じた。
窓の無い暗がりの中で、手を左右に振って壁を探す。
狭い牢の壁は直ぐに手に触れ、エドウィンは動かず壁に意識を向けた。
ズゥン
やはり壁に振動を覚え、そのまま立ち上がる。護の目を盗み臣下によって、こっそりと運ばれた食事は1日1食あるかないか。
衰弱でよろめく足を踏ん張り、前にある牢の格子を握り締める。
耳を澄ませば、微かに声が響いてくる。それも一人二人ではない。大勢の喧騒。
空耳ではないと確信したエドウィンは、声を張り上げた。
「ここを開けてくれ!」
誰かはわからないが、おそらく何者かの先導で王宮にたくさんの人々が乗り込もうとしているのだと、音の位置や距離を考えてわかった。
その者達が、自分も攻撃対象にしていても構わない。とにかく殺されてもいいから、その前にここから出して欲しかった。一目……
「頼む!誰か!」
ふいに光を感じて、一瞬暗闇に馴れた目を瞑る。それが明るいと感じたのは短い時で、月の光の淡さだとわかり、格子を強く握る。
誰かが地上から戸を開けて下りて来ているのだ。
「誰だ?」
「エドウィン」
格子の向こうから、握っていた手に手が重ねられ、エドウィンは息を呑んだ。
微かな月光の中に浮かぶ青白い白亜の顔は、ホッとしたように微笑んでいた。
「無事だった。良かった…………」
「……ま、真白」
「離れて、ここから出す」
牢の鍵の部分に一枚の紙を貼り、小さく詠唱する。
「爆破せよ!」
ボンッ、と軽い音がして、牢の戸がギイッと開いた。
「歩けるか?混乱している今の内に逃げ……」
話している途中にエドウィンに抱きつかれて、白亜は黙った。
「君こそ大丈夫なのか?何か酷いことをされたのでは?」
「平気」
「だが……」
今度はエドウィンの方が言葉を途切らす。
白亜が、遠慮がちにではあるが、背中に手を回して応えてくれたから。今までこんな風に触れることは無かったのに。
「ごめんなさい、エドウィン。ずっと近くにいてくれたのに…………ごめんなさい」
白亜の言った言葉に、茫然とする。短い言葉に、こんなに心を感じたのは初めてかもしれない。
「……………真白?」
「ふふ、薄情なお父さんね。ほら、ユリウス」
振り返る白亜につられて見ると、離れた所に息子がいて恥ずかしそうにしている。
「ユリウス!」
「父上」
大股で近寄ると、肩を引き寄せ背中を軽くポンポンと叩いた。
「君が守ってくれていたのか」
エドウィンの問いに、緩く首を振り彼女は答えた。
「違うわ。私があなた達に守られていた。だから……ありがとう」
その瞳に、狂気は感じられなかった。
とても落ち着いて、ちゃんと瞳にはエドウィンとユリウスが映っていた。
「…………真白」
「話は後。城壁を守る私の張った結界は破られた」
白亜の案内で、エドウィンはユリウスの手首を握り後を付いて行く。地上に出ると、益々騒がしさが鮮明になった。
「何者の仕業だ?」
「わからない、もしかしたら脱出したネーヴェ様による反乱か……」
侵入して来た者達と護率いる者達が戦っているようだった。護がそちらに気を取られている今なら、二人を逃がせるかもしれない。
正門と裏門は目立ちすぎる。侵入者が味方かどうかわからない。
仕方なく白亜は、牢とは別にある、王宮の地下から抜け道を通るべく建物に入っていった。
皆、人質を盾に強制的に駆り出されているらしく、王宮の騎士はいない。それどころか人の気配が無くて不気味なぐらいだ。
誰とも出くわすこともなく、地下に下り神殿へと続く道を歩いた。
そして、隠し扉を開いた先には一人の青年が笑んでいた。
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