第77話君の暗黒を愛す

 俺と妹が生まれて200年ほどのことだ……魔王を封印するという名目で勇者パーティーがやって来たのは」




 私とレイは、再び洞窟にやって来た。




「そのパーティーにいた聖女青は、やはり異世界から来た女で強い力を持っていた。そしてなぜか俺や妹を捕らえようと躍起になっていた。その為魔王は、俺達を守るために魔力で結界を形成し、一時的に俺達を封印した。勿論父は、勇者達を撃退した後に、直ぐに結界を解くつもりだったが、魔王は封印され……俺はずっと」




 突き当たりの壁に凭れて目を閉じる魔王をレイは静かに見つめる。




「まさかこんなに長くかかるとは思わなかった」




 父親の肩に触れようとした手は、白亜様の結界に阻まれて届かない。




「俺と妹…イチカは、アテナリアに連行されて人質となった。父は、俺達が危害を加えられることを警戒し、自らが封印され続けることと引き換えに、俺達の安全を約束させていた」


「ずっと、望んで封印されてきたって……こと?封印が解けかけたら、また他のパーティーに封印されてきたの?」


「封印途中に、寿命が尽きても」




 安らかに眠る魔王リンデンバルト。




 私は衝撃を受けて、その顔を見た。


 この人は、真面目で家族思いの優しいヒトだったんだ。




 レイは、ゆっくりと後ろに下がった。そして邪魔にならないように十分離れた所から、私を見守る。




「………できるか?」




 結界を見たまま、私は頷いた。




 白亜様の結界は、白く美しい光を帯びて強固だった。でもあと2年で尽きるものだ。


 私は朝の内に作っておいた札のような紙を、その結界を包むようにペタペタと押し付けた。


 特殊な聖女の術により、札は貼り付いたようになって固定される。




 簡単な解術の言葉を書き込んだ札だが、数は800枚。1日一枚、封印が解けるまでの日数分。


 800回の解術を行う。




「レイ、長くなるよ」


「ああ、見てる。無理はするなよ」


「平気」




 結界の札の一枚に手を触れ、目を閉じ集中する。


 背中にレイの視線を感じる。




「……レティ、ごめん。俺の勝手な望みで」


「どうした、いきなり」




 ためらいがちに言われたことに、つい笑ってしまう。




「お前は人間なのに、俺はいつもお前に人を裏切らせる」


「私が決めたことなの、それを否定しないでよ……聖女深紅の名において、聖女白亜の結界を解術せん。解けよ、その綻びを…」




 そのまま私は解術に取り掛かって、これ以上レイの殊勝な言葉を聞かないようにした。




「……レティシア」




 名を呼んで、レイは小声で「ありがとな」と呟いた。






 *********




「ハア……ハア、う、解術せん……解けよ、その」




 何時間経っただろうか。


 ぐらぐら目眩がして、意識も朦朧としている。


 何とか気力で立っているけど、気を抜けば平衡が保てずに直ぐに倒れそうだ。




 あと一枚。


 霞む目を凝らし唱える。


 レイの手が、私がふらつく度に後ろから支えようとして、留まる。


 集中する私の妨げになるとわかっているからだ。




「……これをもって結界を消去する。解術」




 魔王を包む光が消えていく。


 それを見た途端、力が抜けて後ろへ倒れた。




「レティ………レティ…」




 予想していたのだろう、直ぐにレイの手が私の背を受け止めた。


 抱き上げられて、私は魔王の方に視線を向けた。




「レイ……」




 疲れ切った私を心配そうに見ていたレイが、そちらに目を向けた。そして、微かに顔を歪めた。




 目を開けた魔王が、私達を見ていた。




「………ネル、メーベルは?」




 黙ったまま首を振るレイに、魔王は「そうか」と短く言って、一度目を閉じた。それから私を興味深げに見つめてきた。




「ようやくだ。礼を言う、聖女」




 緊張しつつ頷くと、魔王の体の輪郭がぼやけだした。




「レティシアだ。俺の…」




 レイが言い掛けて言い澱むと、魔王は、ふっと笑った。






「血は争えないな」


「ああ…………親父、またな」




 別れの言葉を、既に淡い陽炎になった魔王が返した。




「さらばだ……」




 洞窟に響いた言葉が跡形もなく消える頃には、そこには魔王が携えていた黒い抜き身の剣だけだった。




 レイは私を抱えたまま、地面に片膝を付き、その剣を手にした。


 すると、剣に姿を変えていた魔力が手の平に吸収され、レイの体から強い魔力のオーラが発せられた。




 金の瞳は、高温の火のように益々強く光り、黒い魔力は、見えない者でも畏怖を感じさせるほどの圧迫感を伝える。




「怖いか、俺が?」




 魔王の力を受け継いだレイが、涙を溢す私に問う。




 この人は、何を言ってんだろう。




 力の入らない手で彼の両頬を包むと、金の瞳が瞬いた。




「レイ、泣いてもいいんだよ」


「……魔王が泣くわけないだろ」


「じゃあ、私が代わりに泣く、うわああん!レイのお父さん死んじゃったよお!!」


「レ……レティ…」


「悲しいよう、うええん」




 呆気に取られていたレイは、私が首にしがみつくと我に返ったのか、応えてぎゅっと抱き締め返してくれた。




「もう、ほんと、お前は……」


「ぐすっ、淋しく、淋しくないからね…私が…」




 疲労困憊の私は、泣きながら寝落ちした。




 だからレイがその後言ったことが、よく耳に入らなかった。




「レティ、俺の………あれ?」


「くうー」




 ………レイのお父さんの言ってた、血は争えないってどういうことだろう?






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