第78話君の暗黒を愛す2

「真白」




 聴き慣れた、男にしては少し高くて優しい声。


 目を開けると、そこには見下ろす少年。




「護まもる」


「大丈夫?怪我は?」


「ええ、大丈夫……ここは?」




 周りはいつもの通学路ではなかった。木々に囲まれていて、森の中のようだ。




「わからないんだ。どこかな……」




 鞄に入れていたスマホは起動しなくなり、場所はわからないし、電話もメールも不通。


 途方に暮れる真白の手を、護はしっかり握ると笑った。




「ま、いいじゃん。僕いるし」


「うん」




 その時、森の奥から物音が聴こえて、二人はびくりと驚いて身構えた。




「誰だ?」




 現れたのは、白馬に乗った自分達と同い年ぐらいの少年と従者らしき者達。


 立派な服装の少年は、二人を見てこちらも驚いている。




「今回は、聖女だけでなく男も一緒に墜ちてきたのか……珍しいな」




 二人は唖然とし、それから余計に辺りをキョロキョロと見回して木やら草やらを触って本物か確認した。


 大掛かりなテレビの企画に騙されているのかと疑ったのだ。




「何をしているんだ?」




 馬上の少年は、金髪を揺らして首を傾げてから、状況の呑み込めない彼らに、どう説明するか考えあぐねた。




「私は、君達を迎えにきた。空が金色に光り、突如雲が割れ、真下に一筋の光の道を見たからだ。この現象が、聖女の降臨だと代々聞いていたからな」




 少年は、ここは異なる世界だと二人に説明し、自分はアテナリアという国の王子エドウィンだと名乗った。




 真白は聖女白亜として、護とエドウィン二人の勇者と神官であるネーヴェと共に魔王を封じる旅に出た。




「エドウィン、本当だろうな。本当に、魔王を封じれば教えてくれるんだな?」


「ああ」




 護は苛立ちを露にして、エドウィンを睨んだ。




「こんな世界に用はないんだよ!さっさと真白と元の世界に帰りたいのに!」


「護、私は大丈夫だから……さあ、早く魔界に行きましょう」


「うん、真白」




 見せつけるように真白を抱き締めて、護は横目でエドウィンを見る。見ないようにそっと顔を背ける彼を見て、薄笑いを浮かべた。




『我が子に手を出すな。それさえ守るなら、私は甘んじて封印を受けよう』




 真っ直ぐに言い切る魔王に、皆息を呑んだ。




「へえ……面白くないなあ」




 不機嫌に護は、魔王に斬りかかった。無抵抗な魔王は、一撃を胸に受け、二撃目を魔力で創った剣で受けた。




「ぐっ…!」


「ねえ、もう殺しちゃおうよ」




 剣を構えた護が、にやにやと笑う。魔界までの旅の間に、護は魔族を必要以上に殺しまくり、それを楽しみにするようになっていた。


 命を奪うことに、喜びを見いだしていた。




「護!やめなさい!」


「うるっさい!」




 ネーヴェが止めようとするが、異世界の勇者の力の前には為す術もなく、手で押されたと思ったら吹き飛ばされていた。




「ま、護」




 魔王をなぶる護に、白亜は立ち竦んでいたが、肩をエドウィンに掴まれて振り返った。




「白亜…真白、早く封印術を!」


「え、あ…」




 狼狽える彼女に、エドウィンは告げる。




「魔王を倒しては駄目だ。倒せば、君達は元の世界に二度と帰れなくなるぞ!」


「は?何だよ、それ!」




 既に魔王の胸に刃を突き立てて、護が声を荒げた。




「早く!魔王が死ぬ前に封印しろ!魔王の子供しか君達を帰せないのに、あの魔力の結界を解くことは魔王でしかできないんだぞ!今魔王を殺せば、子供の力を利用できない」




 聞き終わるより前に、白亜は唱え出した。




「エドウィン!よくも隠していたね!」




 血に濡れた剣を抜いたまま、護がエドウィンに詰め寄る。




「ああ、隠していたさ!そうだ悪いか!」




 襟元を掴まれながら、王子は勇者を睨んだ。




「何だよ、僕が強いからって…いや、違うな」




 術を唱える白亜を見てから、護は見下した目をエドウィンに向けた。




「そうか、引き留めたいのか。ばぁか、真白は僕の女なの」


「貴様なんか、あぐっ」




 細い体からは想像できない力で、護の拳がエドウィンのあばらを何本もへし折った。




「やめて!」




 悲鳴を上げる白亜に、護は何も無かったように聞いた。




「魔王は?死んだ?」


「………ううん、封印が僅かに早くて……でも、もう寿命が尽き掛けてる」


「え?」


「ま、護が何もしなくても、もうすぐ死んでたわ、寿命で」


「何だよ、それ、じゃあ早く子供の結界をどうにかしないと結局帰れないじゃん!」




 白亜はエドウィンの元へ駆け寄ろうとして、護に腕を掴まれた。




「い、いたっ」


「ねえ、真白。君ならできるよね?」




 にっこり笑い腕を引く彼に、白亜は小さく頷いた。




「………たぶん、妹の方の結界なら破れるわ」






 *********




「護………護…」




 白亜は壁に背を預けて、床に座り込んだ。




 あの時のことは、血の色と共に記憶から消えない。




『一緒に帰ろう、真白』




 血を浴びて微笑む護。差し出された手。


 一度は掴んだはずだった。




 それなのに……




「どうして私は帰れないの、護?」




 ずっと忘れられない。白亜は、まだ過去として片付けられない。




「護、私は今も……あなたが好き」






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