第71話君を我が手に

 ヘルメース国の大衆食堂は、休日のランチタイムとなれば、どこも家族連れやカップルで賑わっている。




 どの店も、出すメニューの外れはほとんどない。世界の台所と呼ばれるこの国は、隣国ディメテルから美味なる果物や米が入り、向かい合った他の畜産の盛んな隣国から肉やチーズ等の乳製品が入ってくる。




 豊かな食材を、ヘルメースの特産であるスパイスが絶妙に味付ける。




「よしよしマリー、席が空いたぞ」




 デュークは娘を子供椅子に座らせ、自分と妻は向かい合う形で席についた。魔物ハンターの彼は、年に数ヶ月出稼ぎに出てお金を貯め、それ以外は家族と過ごすパパの面もあった。




「ねえ、パパぁ。またお仕事行っちゃうの?」


「いや、まだしばらくはマリーといるぞ」




 ヨルムンガンドの尻尾や他の魔物の部位や賞金で、デュークはしばらくは仕事に出なくても余裕があった。特にヨルムンガンドは高額だった。




 あの子とあの魔族がいなければ、正直危なかったけどな。




 金髪を二つに括ったマリーは、ご機嫌でカレーを食べている。




「聖女が魔族に拐われた?」


「しっ、声がでかいって」




 隣のテーブル席で聞こえた話に、デュークはピクリと反応し耳を傾けた。


 三人の男が頭を寄せあって話している。




「俺の兄貴が言ってたんだがな、あー、兄貴はディメテルの騎士団に友人がいるんだ。そいつの話なんだが、ほら、ディメテルとアテナリアで小競り合いがあったろ。あの時、上級魔族が目の前で聖女を拐っていったのを見たらしい」




「何で小競り合いで、そんな話になるんだ?あれはアテナリアが勝手にディメテルの民を捕らえようとしたことから揉めたんだろ」




「いや、それが違うんだ。あれはその上級魔族を捕らえようとしたアテナリアから、ディメテルが守ろうとして」




 最初に話を切り出した男が、得意気に説明する。




「どうしたの、あなた?」




 妻が、デュークの様子に気付いてつられて隣を見るものだから、男達がこちらを向いてしまった。


 バツが悪くて、苦笑いしつつ話に入ることにした。




「すまんな。つい話が聞こえたもんだから」


「ああ気にしちゃいねえよ。それがだな…」




 よっぽど話したかったらしく、その男は更に身を乗り出してよく喋った。




 ディメテル国を悩ませていた竜型の中級魔族を倒した聖女と上級魔族。


 その礼にアテナリアの追撃から、二人を守ろうとしたディメテル。




 聞いてるうちに、デュークは確信を得た。




「その聖女は、珍しい赤毛だったらしい」


「はは、そうか。なあ…その聖女、本当に拐われちまったのか?」




 そう問うと、男は口に出すのを迷うように一旦口を閉ざした後、小声で言った。




「……違うとは思うが、その、拐うというより、聖女の方から魔族の手を取って……まるで駆け落ちみたいだったって」


「ぶは」




 デュークは、手で目を隠して吹き出した。




「そうか、ははは」




 何が可笑しいのかと怪訝そうに皆が見るが、デュークは構うことなくしばらく笑い続けた。




 あのイヌの皮を被った魔族が、遂に本懐を遂げた。


 深紅が、どういう気持ちかはわからないが、デュークには、これが一番ハッピーエンドな気がした。




 **********




「姉上、噂を流して何が目的だ?」


「噂?真実ではないの」




 アテナリア王宮。


 久しぶりに訪れたそこで、タリアは向かいに座るエドウィンを見ている。




「アテナリアもディメテルも、信用を失墜させたいのか?」




 裾引くドレスを摘まんで足を組み、タリアは鼻で笑った。




「何百年と民を欺いてきたんだもの、構いやしないわ」




 エドウィンは、腕を組んで姉を睨む。


 それを受け止めて、タリアは優雅な仕草で茶を啜った。それ以上そのことを追及する気も起きず、彼は話題を変えた。




「………今日は、先の小競り合いの処理に来たのでしょう?」




 目の前のテーブルに置かれた書類は、既に目を通され署名済みだ。




「ええ、これで仲直りね」


「よく言う」




 呆れたように言う弟を無視し、タリアは首を傾けた。




「………白亜はどうしてるの?」


「………………」




 黙りこむエドウィンの表情に、タリアは初めて笑みを消した。




「……未だに想っているのね。何年も傍にいながら心を掴めないとは、あなたも報われないものね」


「姉上には、関係ないことだ」




 苦い顔をする弟を、タリアは憐れんだ。




「何がいいのかしら、あの狂った勇者……」




 言い掛けて、タリアは皮肉気に微笑んだ。




「狂った勇者に、狂いかけた聖女、元から歪な罪深き我らアテナリアの血族、まともな者などいないわね」




 エドウィンは反論しなかった。俯いて同じように薄く嗤った。




 目を伏せた彼女は、姿を消した二人に思いを馳せた。




 彼らのほうが、まだまともだわ……






 その頃。まともな変態は、約束を果たすために彼女をモフろうと狙って、逆にモフられ尽くされていた。




「もうお別れだと思ったモフモフが!またモフれるとは!」


「あ、ああ……もう、や…やめろ…俺がモフって、やる……くっ」


「ありがとう!ありがとう!モフモフ!」


「た、たすけ……あ……もっと」


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