第48話君に届け
暗く冷えた部屋で、手足に巻かれた魔力を取り払おうと、私は一人もがいていた。
「早く……ううう!」
物理的に引きちぎろうとしても、すり抜けてびくともしない。クロの怒りの強さを物語るように、しっかりと巻かれた魔力が、強く私を縛る。
気ばかりが焦って、頭が上手く働かない。
「追いかけないと……離れてよっ」
早く、今なら追い付けるかもしれないのに!
ベッドの上で這い、ぼてっとカッコ悪く落ちた。クロを追い掛ける、そのことばかりが頭を占めていた。
「クロ!」
彼を迎えに行かないと!
「そ、そうだ、魔力吸収…」
やっと思いついて、慌てて手足の魔力を食べるようなイメージをする。
闇に消えたクロ。あんなふうに、あのままさよならなんて絶対にイヤだ。
***************
キュピド公園の一画は、よく手入れされた庭園になっている。青や水色タイルを張った噴水を中心に、煉瓦を埋め込んだ小道が幾筋も配置され、木々や草花が美しく咲き誇る。
普段ならデートスポットとして恋人達の姿があるここには、激しい雨のせいで誰もいない。
屋根のある休み処のベンチに座るカインだけ。街灯がぼんやり灯る下、殆んど身じろぎもせずにいた彼は、水たまりを弾く足音に立ち上がった。
「ふふ、彼女ではなく君が来るだろうことは予想していたよ、クロ」
「……………………」
雨具のフードを取り払い、顔を上げたクロが、カインに殺気を向ける。
自分の心を掻き乱す全てのものを排除する。そうすれば元の自分を取り戻せるだろう。
あの女もこいつも……封じられて解放されたと思ったら、違うもので自分を縛る人間が憎かった。
何もかもを壊して、断ち切って、この苦しみをまぎらわせなければ身動きができない。
この感情が何なのか、もうわかっているから……
壊す分同じだけ、いやそれ以上に自分が痛みを覚えても享受する。
「………死ね」
魔力がバカみたいに少ない。深紅に魔力を捧げた自分は、ほぼ人と変わらない。
カインが、そんなクロを見て可笑しそうに首を傾げる。
「その魔力の残量……彼女に奪われたのかい?君はバカみたいだね」
カインの背後から二人の神官が現れた。
「僕の目的は最初から君だったのに気づかなかったのか?深紅に言い寄って、わざと君を煽っていたんだよ。こんなにも上手くいくとは思わなかったが、魔力も減った君が予想通りにやって来てくれて手間が省けたよ」
背後の神官が放つ術を、ひらりと避けたクロが、魔力を纏おうとするが、何も出ない。
「く…」
「君は、重傷を負って戻って来た聖女候補に言ったらしいね『俺の深紅』と。それを知って、僕は君を捕獲することに名乗りを上げた。深紅と僕の間柄でしかできない方法を取ろうと考えたんだ。勿論、手柄を立てアテナリアの中枢で重職に就くためだよ」
カイン達三人が同時に詠唱を唱えた。
「縛れ!」
三重の拘束の術に、クロは動けなくなった。カインが、蔑むような眼差しをクロに向ける。
「こんなに弱くて、それでも僕を殺そうとするなんて……君、よっぽど彼女に惚れてたんだな。可哀想に、犬としてしか見られてなかったのに」
「五月蝿い!黙れ、黙れ!」
叫んだら、体力減退の術が掛けられて力が抜けた。
「……あ…」
濡れた地面に無理やり膝を付かされて、魔道具の縄で後ろ手に縛られ、歯を食い縛る。
「穢らわしい魔族が!」
動けないのを良いことに、神官の一人に腹を蹴られ、つられるようにもう一人にも顔を殴られた。
「犬は犬らしく、尻尾を丸めてろ」
黒い尻尾を踏みしめられて、痛みを堪えようとするが、食い縛る歯の隙間から息が漏れて呻いた。
屈辱と、カインを殺せない悔しさ。だが、諦めもあって俯く。殴られた拍子に口の中を切って、人と同じ鉄の味を呑み込んだ。
深紅。
自分がこの手で壊したのに、彼女のことばかりが脳裏をよぎる。
「それぐらいにしておけ。この魔族は仮にも」
「彼の者達を、縛れ!!」
カインが言葉を切って、動きを止める。他の神官も驚いた表情のまま固まった。
「……っ!」
パシャパシャと水たまりを蹴って近付く人影に、全員が二度見した。そして、目を見張ってガン見した。
「……なんで」
クロは、口をパクパクさせて声を絞った。
「解術せよ!」
拘束の術を解かれたクロが叫んだ。
「なんで、着替えてないんだ!!」
「だって、急いでたから!」
雨にぐっしょり濡れた深紅が、ポロポロと雨粒の混じった涙を溢している。
走りながら治した傷は、肌にはない。でも、クロにより破かれた服のままの深紅は……乳が見えていた。
息を切らして、雨で張り付く破れた服を手で合わせ胸を隠し、頬を赤くした深紅が、恨めしそうにクロを睨む。
「よく言うわ、誰かさんが、あ、あんなことしたからなのに……」
「グハッ」
聖女の破壊力に、クロはいつものようにダメージを喰らった。
カインが、後ろ手に縛られて顔を覆えずに悶えるクロを非難した。
「何をしたんだ!?その姿で!」
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