第49話君に届け2

 宿を飛び出した私は、クロがどこへ行ったかわからず途方に暮れた。ただ「全部メチャクチャに壊してやる」との言葉にカインも含まれているかもしれないと思い、公園を目指した。




 そこで暴力を受けるクロを見て、思わぬカインの本音を聞いて、私の中でモヤモヤしていたことが綺麗に消え去るのを感じた。






「良かった、クロに追い付け…」


「お前ら、深紅の肌をじろじろ見んじゃねえ!殺すぞ!!」


「クロ、クロ、落ち着いて、別に減るもんじゃないから」




 自分がしたことなのに、クロはカイン達が私を見ていることに怒っている。




「減るもんじゃなくても、俺やこいつらには何かこう……増えてんだよ!」


「増えてる?何が?」


「くそっ、いいから隠してろ!」


「うん……ふふ、こんなに言葉でやり取りするの新鮮だね」


「…………」




 神官達が、私を見て何か言ってる。




「やっぱり聖女候補で美人はさ、ダントツで翡翠ちゃん票が多かったけど、やっぱ深紅ちゃんは良い体してるんじゃね?」


「あー、変人だから眼中になかったけど、見た目は悪くないよな。顔も可愛いんじゃね」




 なんですと!?


 つい聞き耳立てていたら、クロが吠えた。




「うるせえ!てめえらぶち殺す!」




 神官達を睨んでから、私の視線に決まり悪そうに目を反らすクロ。私は気を取り直してカインに顔を向ける。




「カイン」


「深紅、その格好…クロにやられたんだね?これでわかったろう魔族に気を許してはダメだって。所詮、人間の敵なんだから」




 カインは、そう言って拘束の術を破り、私に手を差し出した。




「飼っていたからと、君が責任を持つことはない。飼い犬に手を噛まれたなら、信頼関係は崩れたんだよ。さあ僕と行こう」




 カインは、うっかり話した本音を私が聞いていないと思っているらしい。優しく私に微笑むカインに、私も笑った。魔道具で縛られたままのクロは、そんな私達を見ないように顔を背けている。




「信頼関係は無くても、愛はある」




 私は真っ直ぐにカインを見た。




「………結婚の話を断ろうと思って、ここに来ようとしたんだけど遅くなってごめんなさい。大事な話だから、直接会って断りたかったのに」


「………………え?」




 カインは、無言で眉根を寄せただけだった。クロの方が勢いよくこちらを向いて、私の言葉の先を待っている。




「私ね、カインが好きだと言ってくれてずっと考えてたの。私もカインが好きだけど、その好きは違う好きなんじゃないかってね」




 胸を隠す手を、自分の心臓の辺りに滑らす。クロが傷付けて、舐めて、そっと優しく撫でたところ。ここが痛くて切なくて甘くて熱を持って締め付けられて苦しくて、それなのに嬉しくて幸せだと感じるようになって、それを自覚したのはいつだっけ?




 自覚して、カインを友人として好きなのだと分かったのは早かった。


 わからなかったのは、この気持ちがクロにしか湧かないこと。




「……私が結婚を断ってしまうことで、あなたを傷付けてしまうんじゃないかと思うと言い出しにくかった。でもそんな曖昧な態度が、一番大事な人を傷付けちゃった。だから言うね……」




 カインの前で暴力を受けて膝をつくクロを見た時、私の迷いは綺麗に消えた。


 何を引き換えにしても、この人だけは守る。




「私は、クロが好き。カイン、あなたより、他の誰よりもクロだけが好き」




 通じたか分からない。私の言葉を聞かなかったクロに、どうしたら届くだろう。




 私は最初から、ずっと告げてきたのに。




「一目惚れだって言ったはずだよ、クロ」




 私を見るクロの表情が弱々しい。




「イバラの道を進むのか、深紅」




 カインが静かに問う。




「イバラなんてちぎって進めば問題ないよ」




 一言答えて、直ぐに詠唱を唱えながら、クロの傍にいる神官達の前へと走る。術に身構える彼らに滑り込むようにして、一人に足払いをかけて、もう一人の股間を蹴り倒す。




「わっ」


「ひぎっ」


「うあ」




 なんでクロが悲鳴を上げた?




 カインが私に拘束の術をかけてくるのを、唱え終わった結界の術で防ぐ。




「カイン、一つだけ聞かせて」


「何だい?」




 言いながら、クロの前に屈む。首に私の贈った魔道具のペンダントを見て、嬉しくなる。


 ずっと付けてくれていたんだ。




「カインは、本当は私の髪をどう思っていたの?」


「夕焼け色の綺麗な赤い髪……でも、たまに血のように鮮やかで不吉だと思っていたよ」




 優しい声でカインは言う。




「そう……カインは口が上手いから」




 以前の私なら泣いていた。でも、今はクロがいる。私の髪にキスを贈ってくれたクロが。




 私はクロのペンダントを掴んだ。そのトップにある小さな赤い雫石に顔を近付ける。




「し、深紅?」




 縛られたクロが、びくりと体を震わす。息が掛かってくすぐったいのかもしれない。




 ガチッ




 雫石を歯で噛み砕く。私が暇を見つけては、念入りに仕込んだ術が発動した。




 カイン達と私達を隔てるように巨大で透明な壁が構築される。




「深紅!」




 カインが壁の向こうから呼んでいる。




「さよなら、カイン。会えて良かった」








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