第16話君が必要

世界でも有数の大国アテナリア。


 国土の広さと人口の多さもさることながら、魔族に対抗する神官や聖女の輩出国であり、軍事力も保持する国。




 その王宮は、広くそびえ立つような城ではあるが華やかさは無く、質素な石造りの外観に庭の蔦が絡んでいる。


 古めかしい年代物の城。




 アテナリアが昔から魔族と戦ってきた証のような城は、住むというより防衛の砦の機能が強い。




 三重の堀の跳ね橋を渡り、一台の馬車が城門に寄せられた。


 既に連絡を受けていた門番が馬車の扉を開けると、カツンと足音高く短い黒髪の女性が下りてきた。




「白亜様、よくお出でくださいました」




 軽く頷いた白亜は、案内を断り城内に一人入って行く。


 複雑な間取りを、彼女は全て把握しており、いつものように馴染みの国王の居室の扉をノックも無しに開けた。




「エドウィン、いるか?」




 部屋には、二人の男がいた。




 一人はソファーに座り、詰め襟の白い軍服に腰には帯剣をしている。短く刈り込んだ金髪に青い瞳で微笑むと、彼女に手招きした。




「白亜、久しぶりだなあ」




 エドウィンと呼ばれた体格の良いその男は、白亜と同じくらいの年齢だ。普段は厳つい顔なのに、笑うと人好きのする優しい表情を作る。




「そうか?3日前に会ったばかりだが」




 白亜は、アテナリア国王エドウィンを無表情に眺めて、斜め向かいのソファーに座った。




「国王になってから忙しくて、君となかなか会えない」


「私はちょうどいい」


「こんなことなら、君といつまでも魔王を封じずに旅をしていれば良かった」


「そうならずに心底喜んでるよ、元勇者」


「白亜」


「なんだ、勇者」




 二人のやり取りに、ほんのりと苦笑するのは、神官長ネーヴェだ。


 50を幾ばくか過ぎた彼は、長い茶色の髪を一つにくくり、薄い緑の足元まで裾のある神官服を身に纏って穏やかな雰囲気を醸し出している。




「相変わらず……ほら、日が暮れます。話を始めましょう」




 隣に座ったネーヴェに、白亜は軽く会釈をし居ずまいを正した。




「先日の城壁への魔族の侵略未遂だが、いつものように神官、神官候補、聖女、聖女候補とこちらの騎士団で食い止めることができた。一部城壁の破損と怪我人が少数出ている」




 報告書を読み上げるエドウィンが、向かいの二人に目を移す。




「久しくなかった魔族の動き、しかもタイミングを見るからに、これは封じていた上級魔族が解かれた影響だと考えるが?」


「同感です、おそらく救出目的でしょう」




 ネーヴェが、白亜に顔を向ける。




「まさか魔王の結界を解く娘がいるとは驚きでした。貴女は、…深紅でしたか、彼女が解くとわかっていたのですか?毎年聖女候補達に、最終選抜試験として試させていますよね?」


「……いえ、淡い期待を持っていたに過ぎません。でも無駄ではなかった」




 微かに喜びの声音を感じ、エドウィンは頭の後ろで両手を組んで、そっぽを向いた。




「このまま逃がすつもりじゃないんだろ?」


「ああ」




 ネーヴェへの敬語から打って変わり、白亜はエドウィンにタメ口をきいた。




「深紅は、故郷に帰るつもりだ。待っていればいい。彼女の友人からの話で、現在地も大体把握している」




「その聖女、大丈夫なのか?何のつもりか知らないが、連れ去った上級魔族に酷い目に合うかもしれないぞ?」




 ふっ、と薄く笑った白亜は、背もたれに体を預けた。




「仮にも誰も成し得なかった結界を解いた聖女だ。それに彼女を追った友人の話では、服従の術を使って従わせているらしい」


「なに?」




 ネーヴェが、ほう、と感心したような声を上げた。




「それなら尚のこと好都合では?」


「はい。少し様子を見ます。ただ、深紅の仲間がもう一人追跡の許可を申請して来たので、向かわせようかと」




「こちらも、今年神官になった者が一人説得したいとの申し出がありましたよ」


「何だ、慕われてるな。逃亡するとは、勿体ない」




 エドウィンが、興味無さそうに呟いた。




「次の魔王封じの聖女かもしれないんだろ?早く迎えに行ってやれよ」




 白亜は、緩く首を傾けた。さらりと頬に髪がかかる。




「……次があればな」


「白亜」




 ネーヴェは、静かに白亜を見つめると席を立った。




「さて、私は失礼しますよ。あとのことは書簡で連絡します」




 恭しく一礼して部屋を出ていく彼の後に続き、白亜も立ち上がった。




「また連絡する。用があれば呼べ」


「白亜」




 物言いたげなエドウィンをちらっと見てから、彼女はドアノブに手を掛けた。




「またそうやって避けるのか、真白ましろ」




 エドウィンの低い声に、彼女はドアノブを掴んだまま一瞬動きを止めた。




「…………エドウィン」


「まだ返事を聞いてない、『宮下真白』」




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