12/31/2021 part1

 苦手、ということは決してないと思う。


 ただ、日向子はドラの高い能力を前にすると気圧され圧倒されぐうの音も出ないような心境にさせられることがよくあるのは確かだ。初めて会った時に彼女の脚を見て強張ってしまったことも尾を引いている。

 自分の不躾な態度に気づいて即座に謝った際、爬虫類のような縦長の瞳孔を持つ瞳でじっと見つめた後ドラは掠れた低い声でぼそぼそとぶっきらぼうに告げたのだった。


「チビの時分にそんな目に遭ったらこの脚がおっかねえのも無理はねえ。気にすんな」


 ──この時の日向子に猛禽類や爬虫類を思わせる鋭い鉤爪の生えそろった脚に何故恐怖を感じるのか、その原因に連なるような記憶がまるでなかった。

 まだ言葉も覚束なかった一歳から二歳のころマーリエンヌの故郷の世界に一時期里帰りしていた際、猛禽によく似た怪物に攫われ一歩遅ければ体を八つに裂かれてその怪物の雛たちの餌になりかけた経験があったのだ──と、ドラの発言の後にさっと視線を逸らしたマーリエンヌを問い詰めて知った事実に呆れ怒るより先に、そんな過去を見抜いたドラに日向子は驚嘆していた。


 両親が異世界から保護した女の子は、凄い力を秘めている。


 そして非常に珍しいことに、みかどはドラの実力を初対面の時から素直に買っていた。

 ドラが火崎家に来て間もない頃、なんのかんのと理由をつけては日向子についてくる形で遊びに来たみかどを迎え入れたドラは、ぱっつんの前髪と長い黒髪、美形といえば美形ではあるが呪いの市松人形風に不気味な雰囲気を纏ったみかどを前にしてじっと凝視して言ったのだ。


「お前、随分痛え思いしたんだな」


 初対面の人間にはとりあえず能面を思わせる笑みで接するみかどの表情がこの時一変したのを日向子は見ている。

 みかどは邪悪な存在に頭からバリバリ食われて絶命したという、凄絶な最期を迎えたという前世の記憶を有する少女である。その時に生じた恨み怒り他さまざまな感情は今世でも生々しく引き継がれ、幼少期には実生活にも悪影響をもたらすほどだったという。

 ドラはそれも一目で見抜いた訳だ。

 以来、それからみかどは一目置くようになってお気に入りのお菓子を分けることもあるようになる。



「ドラちゃんの本名って、カサンドラっつうんだっけ?」


 いつものようにスマホをいじくり、アルフォートを食べながら日向子に尋ねてきたのはそれから数日後だ。

 ドラちゃん⁉︎ 「ちゃん」て⁉︎ 嫌味や皮肉を口にする時以外に女子の名前を「ちゃん」をつけたりしないことをよく知ってるみかどは驚愕した。言葉を失っている間にみかどは淡々と御構い無しに続けた。


「ドラちゃんって呼ぶとネコ型ロボットっぽくなるからさあ、カッちゃんとかカッさんとかじゃダメなの?」

「……ああー、うちの親も央太も似たようなこと言ってたけどなんか本名があんまり好きじゃないんだって」

「ふーん、ま、たしかに陰気な名前だもんね。誰も信じないって呪いをかけられた予知能力を持つ女の名前だし」

「ドラさんもおんなじ理由で嫌だって言ってたけど、何それ、誰それ? 異世界関係の有名人?」

「はー? バッカじゃないの? ギリシャ神話も知らないのかよ。そんなだから瑞々しくきめ細やかな少女ならではな感受性ってものが育たなくて、やたら頑丈で野太い神経で図太くたくましくのうのうと生きるハメになってんだよ、あんたは」

「──みかどさあ、褒めてんのか貶してんのか分かりにくい嫌味はやめてよね。頑丈で逞しいってのは褒め言葉じゃん。あんた私を褒めてくれてんの? なんなの?」

「ハイもうあんたのそういうとこ! 一応言っとくけど十四、五の女子に向けられた場合の頑丈とか逞しいってのは褒め言葉じゃないからね、普通。『お前の存在駆除しても駆除してもおっつかない外来生物並みにウザい』って意味だからね。ニジマス駆逐する琵琶湖のブラックバスかよお前、世に蔓延ってんじゃねえよ、うっぜえわ、空気読んで個体数減らせやって意味だしね」

「ふーん、でもそんなの何を言われたって蔓延ったもん勝ちじゃん。大体ブラックバスだって生命ある身なんだからね。人間の事情で新天地に連れて来られたり、数が増えすぎたら駆除したり、そういうことをするのがまずおかしいと思う」

「じゃああんたはニジマスが絶滅したっていいっていうんですかー?」

「そういう訳じゃ──つか、なんでニジマスとブラックバスの話になってんの?」

「知るかよ。元々あんたがトロイア戦争も知らない無智無学だってのが悪いんじゃん。ったく、あの文学少年と付き合ってた経験がなんも生かされてないとか流石だな」

「知ってるよ、トロイア戦争くらい! アキレス腱の語源になった人が出てきて、シュリーマンが木馬求めてその辺ほじくり返したせいで後々顰蹙を買う元になったアレでしょ⁉︎」

「……はーっ、なんであんたの脳みそに転写される知識って何かしら筋肉の風味が強めなわけ? 自分の容姿レベル考えずに『ああ私もヘレナみたいに二人の男に取り合われてみたい〜。戦争のキッカケになってみたい〜』とか寝る前に一妄想するような感受性育めっつの、中三女子ならさあ〜」


 ──その日の会話はいつものように激しく横道にそれて行ったのだが、みかどがドラにはひとかたならない興味を抱いていることについてはしみじみと感じ入るものがあった。

 文字といえば、web上にあるセレブリティ系プリンセスのSNSとそれらをネタにしたアンチスレッドしか読まないと思われていたみかどのくせに、ギリシャ神話などという高尚そうなものの知識を有するのも悔しいが意外の念に打たれたのである。


「カサンドラっつうのはね、神様と付き合ってて予言の能力をもらうんだけど、その能力のせいで自分がその神様にフラれる未来が見えたんで先にフッてやったら、『じゃあお前の予言は誰も信じねえって呪いをかけてやっからな!』ってその神様に逆ギレされた悲惨な女の名前だよ。その呪いのせいで、そんなわけわかんねえデッカい木馬なんてもらってはしゃいでたら戦争に負けるよって予言してやったのに信じてもらえず顰蹙かった上に、予言の通り戦争に負けて自分とこの国が滅ぼされたりするキッツい目に遭わされたりするようなそういう女なんだって」

「うっわ! 何その神様最悪じゃん! 神様のくせに器小さすぎじゃん! 可哀想じゃんカサンドラ! ……うっわあ〜、その神様殴りたい〜」

「まー、水浴びしていた女の人をこのまま行くと死んでしまうからって理由で月桂樹に変身させるところまで追い詰めるレベルでを追っかけ回したりするしね、その神様」

「! 本当に最悪じゃん! 神様のくせに中身がほぼほぼ名門大学のヤリサーじゃん! 人類の敵じゃん! あー、殴りたぁぁ〜……」


 持ち前のごくシンプルな正義感を昔々の太陽神に向けて、拳を手のひらに打ち付けパンパン鳴らして憤慨する日向子が思わず神殺しを決行しそうになっている間、みかどは何やら意味深げなことを呟いた。


「にしたって妙な話だよ。なんで異世界出身のドラちゃんの名前が『カサンドラ』なんだ?」

「そう妙でも無いんじゃない? 異世界とこっちの文化が共通することは珍しくないってパパとママも言ってた。元々はたった一つの大きな塊でしかない世界だったのになにかの拍子でその表面が細かく細かく枝分かれした先にあるのが私たちの世界なんだろうってさ。『世界』ってものをもし真上からみたら、ウニや栗のイガを真上からみた具合になるって説が有効だって、シルビーちゃんも言ってたよ」

「シルビーちゃん? ──ああ、あんたのおばちゃんでマリママとは違うやり手な異世界の女王様な。ふん」


 不服そうにみかどは鼻を鳴らした。マリママというのは一時期異世界から帰化したママが語る子育て漫画ブログで副収入を得ようと画策していた頃からマーリエンヌが使用しているHNだ。みかどはマリママのアカウントはすべて抑えてすべて監視しては鼻で笑っている。

 しかしマーリエンヌの妹で顔を見たこともない異世界の女王に関してはその能力を認めてはいるようだ。


「まあ、文化だのなんだのが共通したり似通うことは確かに珍しくはないんだよ。ただ『カサンドラ』に関する逸話まで共通してるっていうのは、界壁挟んでる割にこっちの世界と近すぎる。──本当に妙なところだね、ドラちゃんの故郷は。どういう所だったんだか」


 みかどはそう呟いた。ここまでみかどが他人にややポジティブ寄りな興味を持つなんて──と、日向子は感心しつつ、みかどですら興味を持たざるを得ないドラの経歴や能力に柄にもなく引け目を抱かずにはいられない。


 地球産勇者と異世界のプリンセスの娘だけど、日向子自身は(お前みたいな帆布並みに頑丈な女が普通の女子なわけないだろとみかどはしきりに言うが)単なる普通の郊外育ちな子供だし、超常の能力や前世の記憶など特殊なものは持ってない。まだまだ語れる段階に達していないから、という理由で両親も異世界の冒険譚をなかなか聞かせてくれない為異世界に関する知識も欠けている。


 過酷で理不尽なことだらけなさまざまな世界の群れ、それはまるで嵐の大海原のよう。その海にうかぶ穏やかで平和な離れ小島がある。日向子はたまたま運良くそこに生まれ、両親に守られてすくすく育ってきた世間知らずだ。

 みかどもドラも、そして自分の親も平和な日常の外を知ってる側の人間なのだ。前世の記憶を用立ててくれと頼まれて異世界学科のゼミに招かれて調査に参加する紫竹あおいだってそうだ。

 異世界関係者にこれだけ囲まれていながら、何も知らないのは自分だけだ(正確には弟の央太もしらないがヤツはゲームと漫画と友達さえあれば満足という自分とは根本的に何かが違う人種であるとして日向子は自軍メンバーにカウントしていなかった)。


 その日感じたコンプレックスは数ヶ月かけて大きく膨らみ、みかどの異世界遊学の報を聞いてからはいよいよ日向子の焦りに火をつけていた。


 ──いいのか、自分は? このままで?


「いいに決まってるだろうが、嬢さん」


 ほあっ、と叫んで日向子はコタツの天板から顔を上げた。目を開いた真正面に、同じように天板に顎を乗せた状態のドラがいて縦長の瞳孔を持つ眼で日向子をじっと見ていたのだ。


「自分たちみたいな目にゃあ嬢さんも坊ちゃんも遭わしたくねえっつう旦那さんと奥さんの気持ちだ。ありがたく受け取っとくべきだとおれは思うぜ。お節介つうやつで悪いがよう」


 ドラはまじまじと日向子を見つめながら低く掠れた声で告げた。


「──私、声に出してた?」

「嬢さんの気持ちは顔やら背中に出やすいんだ。見るつもり聞くつもりがなくても頭にズガっと入ってくんだよ。普段は無視するんだがよう、今さっきのは声かけた方がいいかと思ったんでおれからの私見っつうのを口にさせてもらった」

「え、ドラさんって人の心も読めちゃうの?」


 ドラは黙ってこたつの天板から体を起こした。何も言わないが、しまった、という悔いを覚えている様子をその雰囲気で匂わせる。日向子は慌てて言い繕う。


「ああ、ごめん。そりゃ確かに心を読まれて良い気は正直しないけど『読んでしまう』って体質ならどうしようもないからこっちも言わないことにするよ。『お前こんなこと考えてただろー?』ってワザワザこっちに教えに来なければ十分ってことにするから」

「──」


 ドラは無言で目を細めて日向子をぎゅっと見つめる。


「──嬢さん、あんた変わってるって言われないか?」

「みかどのヤツがしょっちゅう言うよ、それ。あいつに比べたら私なんて全然フツーだよ」


 全く、赤毛で両親の経歴がやや特殊ってだけでここまで普通な人間もいないだろっていうのに──と日向子は頰を膨らませた。


 今年の大晦日は特に何もしない予定だった。

 去年は妙な風の吹きまわしで大晦日にみかどがおせちを持ってやってくるという調子の狂うことになったが、今年は特にそんな予定もない。ねーねーミカっちゃん今年はおせち持って来ないの? と央太が厚かましいことを言うのをいなして日向子はリビングのサッシから午後の空を見上げる。


 退屈だった。


 青からオレンジに移り変ろうとしている空は平和そのものだ。近所を歩いて年の瀬の空気を吸い込むのも悪くなさそうだが、両親もドラも今日は家の外に出るなと真面目な顔で朝から告げていた。この年末にご苦労なことだが妙な連中がうちの周囲を張っているから、と。両親が塞の山トンネルに関わってから「妙な連中」が火崎家近辺に現れることはこれまでも偶にあった。


 魔法や呪力を伴う存在が接近している気配を察する能力が日向子にはない。だから日向子はこのように告げられた時はおとなしく言いつけを守ることにしている。「来るな」と言われてるのについてきて主人公たちの足を引っ張るような登場人物が嫌いだったのでそういう愚を犯したくないのだ。


 それはそれとして退屈ではある。こたつの中ではこの一年の疲れが噴き出したのかマーリエンヌがくうくう寝ているし、雄馬は別室で央太と遊んでる気配があった。平和だけど退屈だ。


 手持ち無沙汰になってスマホを弄び出した頃に着信が入る。画面に表示されたのはみかどの名前だ。着信音を二度三度鳴らしてから出る。ほぼ同時に自宅の固定電話も玄関脇でけたたましく鳴り響いたが、そっちは雄馬が出たらしい。その気配を感じながら日向子は己のスマホを耳に当てる。


「何、みかど? 今年もうち来る気?」

『うっわ何その声、それが友達に出す声かよ。せっかくうちのばあちゃんがおせち持たせてくれたのに』

「えっ、そうなの⁉︎ わああ……お礼早く言わなきゃ」

『でさあ、あんた……はダメだ。ユーマかドラちゃんのどっちか駅前まで来て欲しいんだけど。そこでおせち手渡すから。あ、くれぐれも言っとくけどマリママには声かけんなよ』

「はあっ?」


 日向子の声が刺々しくなる。

 みかどは前世の可哀想な少女時代に出会った勇者だった雄馬を想い慕い続けており、日向子の目の前で我が物顔に呼び捨てで呼ぶわいつか奪ってやるわだ大概な言動に及ぶことがよくある。今回もそれかとムカッ腹がたったのだが、みかどの指定したメンバーにドラがいて自分は外されたことの違和感に気づいた。

 指定されたメンバーは雄馬とドラ、異世界がらみのトラブルに強いメンバーだ。しかしマーリエンヌは外されている。日向子はハナから戦力外。


「──みかど、あんたほんとうに今駅前にいる?」

「──いるよ? ただちょっと見慣れない場所にいるけどな」


 ぷつ、と電話はそこで切れた。その後、かけてもかけても繋がらない。ドラがその様子を険しい表情でじっと眺めていた。何かを把握したのだろう。


「呪い屋はなんと?」

「駅前にいる。今年もみかどのおばあちゃんがおせちを用意してくれたからパパかドラさんに取りに来て欲しいって」


 廊下の向こうの電話を要件が済んだのか、ではよいお年を──……と、挨拶して雄馬が受話器を降ろす気配があった。それを待って日向子は立ち上がり、廊下へのドアを開ける。


「パパ、みかどが多分めんどい目に遭ってる……!」

「ぽいね。キヨノさんから電話があった。門土さんに荷物を持たせたけれど連絡がつかないしうちの方から悪い卦が見える。手数だけど様子を見てくれないかっていう、まあ、依頼だよ」


 ふん、と休日らしくスゥエット姿でいる雄馬は腕を組んで天井を見上げた。


「──十中八九、うちの件に巻き込まれたんだろうから助けにいかないわけにはいかないんだけど──」


 何度かシャレにならない迷惑をかけられたこともあり、雄馬は自分への愛情表現が独特なみかどのことをかなり苦手にしているのだ。みかどの戸籍上の親である門土キヨノは商売上でも密接なつながりはあるけれど──と逡巡を隠さない父親の側に日向子は駆け寄る。


「じゃあパパ、あたしが行く! パパに助けに行かせたらみかどのやつは絶対調子こくから代わりにあたしが行くっ」


 赤い髪を持つ雄馬が日向子をじっと見下ろした。そうしてくれると助かるが、という本音を顔に覗かせつつも、それでも後半は微笑んでベリーショートの髪に手を置いた。


「気持ちだけ受け取っとく。でも、日向子はうちで待ってなさい。門土さん連れてすぐ戻るから」


 十五の娘を持つには若い雄馬だけど、それでも三十は半ばを過ぎている。貫禄とか大人の余裕とかそういうものが少しずつ出始めているのだ。今は量販店で買ったスポーツブランドのロゴ入りスゥエットなんてだらけたものを着てるけれど、仕事着姿のパパは娘の目からみてもなかなかのものなのだ。昼間のパパって感じなのだ。

 そんなパパをみかどに見せてなるものか、という思いとは別に日向子には気が急いて仕方ないものがあった。


 やっぱりみかどとは冬休み中に会っておきたい。


「大丈夫だ旦那さん。おれがついてってやるから」


 助け舟を出してくれたのはドラだ。外出中にかぶることにしているキャスケット状の帽子で特徴的な角を隠す。


「嬢さんには危ない目には遭わせねえ、呪い屋の娘っ子は助ける。元々はどうせおれへの客が妙な真似しくさってるのが原因だからよう、そうするのが筋だろう。何、日が暮れる前に帰ってやる。──そのついでに、ヤツらが誰に喧嘩売ってるのか骨の髄まで叩っこんどいてやる」


 鉤爪の生えた両脚をブーツにおしこみ、ドラの外出支度はそれで終わった。ただドラの爬虫類めいた瞳には今まで見せたこともないような攻撃の意思が宿っていた。

 思わずぞくっとする日向子とは逆に、腕を組んだ雄馬は、ドラちゃんがついてくれるなら……という形でその案を受け入れた。


 その後、雄馬は二人を待たせて普段なかなか手の届かない玄関収納の上の方に腕を伸ばす。しばらくゴソゴソして取り出したのは1mほどの剣だった。幅広で、刃の表面に不思議な文様が超託されている。実戦用ではなく儀礼用の剣のようだ。雄馬は日向子にそれを渡す。


「待っていきなさい。御守りだから」

「持っていきなさいって……これ、剣だよね? 持ってたらつかまるよね? お守りにしては大きすぎない? そもそも何でこんなの家にあるのっ?」

「あー、アレだ。エクスカリバー的なやつだよ。パパがこっちの世界に帰るまでに使ってた最後の剣。持ってるだけで防御力も上がるから」


 そんなものをムキ身で下駄箱の中に放り込む……? といいたかった日向子だがそれよりももっと言いたいことがあった。


「だからこんなの持てないってば。みかどと合流する前にこっちが捕まっちゃうって!」

「大丈夫大丈夫」


 雄馬はいとも簡単にそう言うと、日向子の右手を取り手の甲を上向ける。そしておもむろにそこに向けて剣の先を向けた。耳慣れぬ言葉で雄馬が何事かを唱えると、日向子の右手の甲の表面に幾何学文様が浮かび上がる。それを確認してから雄馬はグイグイと剣を押しこむのだ。ゲームじみたデザインの大きな剣が自分の中に入って行く図はシュールというか、とにかく気持ちのいいものではない。


 えっ、ちょ、待って──と日向子は慌てるが、手の上に痛みは全くない。ただなんだか温かいものが右手の中に入っていくのを感じる。柄の先まで右手の中に剣が埋まったのを感じた日向子は無意味に右手をぐっぱぐっぱと閉会してみせた。


「──パパ、何これ? 今何やったの?」

「そいつの持ち主を限定的にお前にしたんだ。そうしとくと重くもないだろ? 剣が必要だなって時は気合い出せ。それで手から出てくる」


 気合い……、と日向子は自分の右手と雄馬を交互に見つめた。マーリエンヌより常識というものがある日向子のパパだが、元々根性と気合いで危ない局面を乗り切ってきたフィジカル思考の人なのだったと今更思い知らされる。

 それでも日向子のベリーショートの頭に手を置いて、顔を見ながらこう付け足すのは忘れない。


「ドラちゃんもついてる、日向子は気合いと根性だけはある、それでももし何かあったらパパかママに連絡しなさい。すぐかけつけるから」

「後々面倒だからママには連絡しない」


 そう答えてから日向子はドラともに大晦日の街に出る。目指すは駅前だ。


 地球産勇者の娘と異世界から来た異形の魔法使いは、呪術師の娘を助けるために大晦日の午後に駅前へむかった。

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