(1)


 ──美術部部長の描いた絵が、何者かによってペンキで白く塗り潰されたらしい。

 一週間もすれば、その噂は知る人ぞ知るところとなった。

「どうするんです? それ」

「まだ……決めてない」

 後輩の問いに対し、曖昧に答えた由紀子は目の前にあるそれの表面へと躊躇いなく指を触れさせた。「このままじゃ、玲奈は嫌かな」

 少女らの視線の先──件のキャンバスは、塗料で出来た薄い膜に包まれていた。

 不気味なほど白いそれはよく見るとキャンバスの側面まで塗り潰されていて、余程念入りに施された所業であると見て取れる。

 手入れのされた由紀子の爪につつかれたペンキはかつかつと冷たい音を返した。

「このままここに置いてたら、いつか誰かが剥がしに来るかも……とか、思いません?」

「まさか。……まぁ、ちょっとは考えたけど。そんな物好きいるかなぁ」

 玲奈の言うことは最もだ。不安要素は無いに越したことないだろう。分かってはいる。けれど──これを今家に持ち帰るのは、どうしても抵抗がある。

 名残り惜しそうにまた一度、二度と白を撫でる由紀子の指を、玲奈は感情の読み取れない昏い瞳でじっと見つめていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る