第一五六話 脳筋たちのファインプレーもたまにはある。
帝国歴二六六年 黄玉月(一一月)
本日は、アシュレイ城の中庭において、鬼人族たちが待ちに待ったイベントの開催される。
そのイベントは、『武具品評会&エルウィン家鑑定書付き武具オークション』である。
領内の武具職人たちが持てる技術を全て注ぎ込んだ作った武具を一堂に会して、マリーダが選任した鬼人族の武具鑑定人が等級を付け、エルウィン家所蔵の品と、オークション用とに分ける一大イベントである。
年二回、上期、下期で開催を予定しており、今回が初開催であった。
武具は『特上級』、『特級』、『上級』、『並』、『無印』の五ランクに分けられ、エルウィン家の所蔵品として買い上げられるのは、『特上級』と『特級』のみとされている。
そして、『特上級』と判断され物から、『最優秀』一点、『優秀』三点、『良』五点ほどが選ばれ、作った職人へ購入代金とは別に賞金が支払われることになっていた。
もともとエルウィン家が、武具に対して過剰とも言える出資を続けてきたため、アシュレイ城下には優秀な武具職人たちが集まっており、品質はエランシア帝国でも一番とも言えるほどのものが集まっているが。
品評会という権威付けを行うことにしたため、武具職人たちも非常にやる気を見せ、良い物がかなり集められたとの報告を受けていた。
「アルベルト、あの『特上級』の大剣じゃがのぅ。この前、『象』の費用を工面してやった時に確約してくれた武器調達費の増額枠を使い妾の物にならぬかのぅ。今の大剣はもう二年も使っておってな。いつ壊れてもおかしくないのじゃ」
中庭に設置された品評会兼オークション会場の特別席に座るマリーダが、俺に対してすでにおねだりをしてきている。
「『特上級』最優秀候補の大剣ですよ。あれ一振りで帝国金貨七〇〇枚は超える額になるはず。さすがにマリーダ様の個人所有にするには高額すぎです。いくさで武勲を挙げた家臣への褒美用にしないと……。あっちの『特級』の大剣とかどうです? あれなら、帝国金貨一五〇枚ですし、今、お使いの大剣を作った武具職人の品ですし、手に馴染むかと思いますよ」
「それも、そうなのじゃが。たまには別の作り手が作った物を使ってみたいこともあるのじゃ」
マリーダは要求を引っ込めず、エルウィン家初の武具品評会で『特上級』の最優秀の品を自分のものにしようと狙っていた。
帝国金貨七〇〇枚もする大剣をマリーダが戦場で使うたび、俺は頭の中で損耗した剣の価値が下落していく値段を計算してしまう。
七〇〇人くらい斬ったら、刃こぼれもあるだろうし、刀身も曲がったりするだろうから、ほぼ無価値の物になる気がする。
一殺帝国金貨一枚とか勘弁して欲しい。
なので、正直なところそれなりの武具を使って欲しい。
「そうだ! マリーダ様、尖った鉄の棒ならいくらでも作っていいですよ。尖った鉄の棒専用の工房も作りますし」
「それは、予算枠外のものじゃ。今回には関係ない。妾はあの大剣を所望するのじゃ!」
一番費用対効果の高い、棒手裏剣でお茶を濁そうとしたが、マリーダは取り合おうとしない。
お財布に優しくない武具は使わずに飾っておくか、贈り物にして欲しいんだが……。
いっそのこと、魔王陛下への贈り物にするのもありかもしれん。
さすがのマリーダも魔王陛下への献上品に、手を付けるなんてことはしないだろうし。
「ああ、そうだ! 思い出しました! 今回の品評会で『特上級』最優秀の武具は、魔王陛下に献上せねばなりませんでした! 魔王陛下が見せびらかしてくれれば、我が家の武具を欲しがる貴族も増えますしな。一番いいものを贈らねば失礼にあたります」
「兄様に献上……」
入手に意欲を燃やしていたマリーダの顔が少し曇った。
やはり、魔王陛下の名を出すと、さすがにマリーダも――
「兄様は剣しか使わぬ。あの大剣では腕を活かせぬのじゃ! なので、兄様に献上する品は『特上級』の優秀に選ばれたあの剣が良いと思うぞ。兄様の腕を存分に生かせる剣になろうであろうな」
くぅううううっ! 武具を見極める目はマリーダの方が一枚上手だった!
このままでは、いくさのたび俺の脳内にチャリンチャリンと帝国金貨が地面に落ちていく音が再生されてしまうではないかっ!
マリーダを丸め込めないことに焦りを感じ始めたところで、品評会は終わりを告げていた。
「アルベルト、妾はアレをもう少し近くで確認してくる。ちゃんと妾が個人所有できるよう取り計らってくれ」
「ちょ! お待ちください! それはまだ未定ですので!」
エルウィン家所蔵になった50点ほどの『特上級』と『特級』の品々に、マリーダ始め脳筋四天王や鬼人族たちが群がった。
「マリーダ姉さん、オレ、あの鎧欲しいぞ!」
「マリーダ、ワシはあの槍だな。いい槍だ」
「マリーダ様、良い剣があります。試し斬りしてもいいですかね?」
「マリーダ様、俺は武具はいらんから象くれ、象」
「妾は、あの大剣を使わせてもらうのじゃ! それと武具の貸与の要望はアルベルトにせよ」
逸品ぞろいの武具を前にして鬼人族がキャッキャしてるが、貸与は『特級』までだ。
絶対に『特上級』の品の貸与はしない。
あれは贈答品とか褒賞品とかで使う物だからねっ! いくさで戦うための武具じゃないんだから!
いい武具使いたいのは分かるが、費用対効果を考えてくれたまえ!
俺はキャッキャする鬼人族を落ち着かせるため、傍らにあった紙のメガホンを手に取る。
「あー、品評会は終了したので続いてオークションに入りまーす! 出品は『上級』からとなっております。値付け最高額の人が落札者となります。なお、お支払いは一括でお願いしますね」
エルウィン家所蔵になった品々が会場から下げられると、オークションにかけられる品が順に並べられていく。
オークションの参加者は、鬼人族だけに限定しているが、ここで買われなかった品は輸出品として方々の貴族家に販売されることになっていた。
オークションに参加した鬼人族たちが、並べられた品々を品定めをしていく。
「さて、ではオークションを開始します! では、一番目の品。『上級』の金属鎧。帝国金貨三〇枚から!」
購入希望者から次々に手を挙げ、値段を告げる。
あっという間に帝国金貨七〇枚を超えた。
みんな買う気満々すぎー! 俸給前借してたやつもいるけど、明らかに予算オーバーしてるだろ!
「帝国金貨七一枚! 他ありませんか? ありませんか? はい、落札! 落札者ラトール」
「よっしゃああ! 落としたぞ! アイリアに黙ってた褒賞金を継ぎ込んだ甲斐があったぜ!」
ラトール……。その値段を伝えたら、アイリアに激怒されるぞ。
黙っておこうな。うん、それがいいぞ。
「ふん、あのような鎧にその値段。まだまだ目利きが甘いな」
「では、続いて二番目の品。『上級』の大槍。帝国金貨二〇枚から!」
ラトールを笑っていたブレストの顔が引き締まったかと思うと、大きな声を出した。
「八〇枚! その槍、ワシがもらったぁああああああっ! 誰にもやらんぞぉ!」
「「「おぉ!!」」」
いやいやいや、明らかに価格吊り上げすぎでしょ! あの槍、六〇枚くらいが相場だから!
っていうか、フレイに財布握られてるのに、どこからその金を調達してきたのさ!
領地の農村から略奪してないだろうねっ!
ブレストの金の出所に一抹の不安を感じながらも、さすがに帝国金貨八〇枚以上で買う猛者はいなかった。
「帝国金貨八〇枚! はい、落札! 落札者ブレスト!」
「おっしゃああ! 虎の子のへそくりを持ってきた甲斐があったぞ! あの槍はワシのものだ!」
うん、君も息子と同じく嫁にその値段知られたら、激怒されてこってり絞られるだろうね。
バレないことをお祈りします!
目当ての品を手に入れた二人はウキウキした顔をしているが、まぁ、オークションの噂はすぐに嫁たちに伝わるので、確実に修羅場確定ですけどね。
「さて、三番目の品。『上級』の大剣。帝国金貨四〇枚から!」
「一〇〇枚! 一〇〇枚なのじゃ! あれは妾が練習用で使う! 誰にも渡さぬ! ええい! 一二〇枚でどうじゃ!」
マリーだが勝手に一人でヒートアップして、値段吊り上げちゃったよ!
というか相場の倍くらいの値段なんですがっ! 俺はそんな金をお小遣いで渡した覚えがないんですが、出所はどこですか!
「マリーダ様! そんなお金どこから出してきたんですか!」
「大丈夫なのじゃ! オーナーをしている馬が、競馬レースで得た賞金じゃぞ!」
ふぅ、略奪した金じゃなかったか……。って、そんなに競馬事業で稼いでたのか!
ちょくちょく、マリーダが謎の資金で物を買っていたが、それが資金源だったということだな。
でも、値段吊り上げすぎですからっ! 市場の相場をはるかに超えてる額なんですが!
あり得ない値段が付いた大剣は、競合する者のなく、マリーダの手中に収まった。
こうして、200点近い武具がオークションにかけられ、30点ほどが落札されたが、どれも脳筋の勇み足で市場の平均価格よりも3割ほど高い金額でついてしまった。
どうして脳筋は、武具を目の前にすると計算ができなくなるのってツッコミたくもなったが、オークションで稼いだ費用が帝国金貨1950枚ほどになった。
でも、脳筋の勇み足のおかげとも言うべきか、オークションで付いた値段が噂となってエランシア帝国中に広がり、エルウィン家の鬼の紋章が刻まれた残りの170点は、相場よりも2割高い値段でも引き合いが多かったことを追記しておく。
これだから脳筋は……。って言いたいが、今回は脳筋のファインプレーとしておこう。
ただ、俸給前借して買ったやつには、しっかりと働いてもらわないとな。
肉体労働系の仕事用意しとかないと。
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