第一五六話 お呼び出しってろくなことがない。

 帝国歴二六六年 瑠璃月(一二月)


 城内が年度末の決算作業で慌ただしくピリピリとした空気が流れる中、俺が一番恐れている人からのお呼び出しがあった。


 しかも、呼び出しは俺一人だ。


 絶対に嫌な予感しかないやつである。


 とはいえ、呼び出しを無視すると後で絶対に倍返しされるので、ミレビス君たち文官に作業を指示すると、すぐに馬車に乗り込み、帝都へ向かった。


 そう、お呼び出しの相手は、我らが主君である魔王陛下である。


 一週間ほどの旅程を終え、帝都に着くと、すぐさま陛下の私室を密かに尋ねた。


「アルベルト、息災であったか? そう言えば、また子が生まれたようだな。祝儀がまだであったのぅ」


「いえ、そのようなご配慮はご無用に。これはエルウィン家からの心づくしの贈り物ですので、お納めください」


 決算作業でバタバタしていたエルウィン家に、俺だけ登城するよう魔王陛下からの使者が訪れたのは一週間前だ。


 今年の年賀の挨拶は、フェルクトールとの大いくさの後ということで、マリーダともども登城を免除されていた。


 なので、一年ぶりのお呼び出しである。


 つまり大いくさを終え、赤熊髭派閥の戦力削減に成功した魔王陛下が、また新たに何やら企んでいると思われる。


 タダ働きはご遠慮したいので、とりあえず贈り物を先渡しして、ご機嫌を取っておくことにした。


「これは――」


「エルウィン家特製の滋養強壮によく効く栄養飲料の最高級品です。飲めば、三日徹夜で頑張れますよ。オシアナ皇妃様には特別調合した香油の詰め合わせをお持ちしました。これで、夜はさらに――」


 ソファに座っていた魔王陛下の鋭い視線が、贈り物を差し出した俺に注がれる。


 皇妃との夜のことをネタにされるのを大いに嫌がっていることは知っているし、キレたら怖いのも知ってるんだが、今日は引き下がらない。


 俺は視線を背けず言葉を続けた。


「私がこのような話をするのは、直臣の方たちが言いたくても言えず、やきもきしてるからです。陛下の子がなくば、せっかく強化した皇帝権限を引き継ぐ者がおりません。エランシア帝国はまた四公四大公制で内輪揉めを繰り返し、国威を失ってしまいます!」


「くっ! 余に対し正論を申すな! オシアナとのことに口を挟むならば、アルベルトと言えど許さぬ!」


 傍らにいた近侍の持つ剣に手を掛け、ソファから立ち上がった魔王陛下の目は、真剣そのものである。


 俺は無断でさらに一歩近寄り、剣を抜こうとした魔王陛下の手を抑えた。


「私の腹のうちを最後まで言わせてもらいます。そのあと、斬って頂いて結構!」


「くっ! 聞くだけ聞いてやる。が、その首は繋がらぬと思え!」


 俺に手を押さえられ怒気を発している魔王陛下が、最後まで話すことを許可してくれた。


「はっ! ならば、言上します。今、陛下が暗殺、病死、戦死されたらどうするつもりですか? 私が敵側の軍師であれば、どんな手段を用いてでも、陛下を害する計画を進めます。子のないシュゲモリー家は、陛下の親族で跡目を争い、風見鶏殿、赤熊髭殿はここぞとばかりに勢力を盛り返すため、皇帝選挙という名目で内乱に近い強引な手法を取ってくるはず。内輪揉めをしたエランシア帝国を周辺諸国の連合軍が襲えばひとたまりもない。そのことを陛下が読み切れてないとは言わせませぬぞ!」


 怒気を含んでいた魔王陛下の顔に苦虫を噛み潰したような表情が浮かぶ。


 これなら、俺が斬られることはないな。


 賢い陛下なら、この弱点を分かっていないわけないはずだし。


 剣を押さえていた俺の手を振り払った魔王陛下は、ソファに腰を下ろすと、俺が持ち込んだ貢物を近侍に受け取るよう無言で指示した。


「お受け取りありがとうございます。エルウィン家当主マリーダ様も魔王陛下の御子の誕生を楽しみしておられます」


「お主の思惑に乗ったわけじゃないと心しておけ。余は、余の判断でお主の貢物を受け取っただけだ」


「はっ! 承知しております。これで、エランシア帝国がますます発展することは間違いなしです」


 ふぅ、よかった。よかった。


 これで今日のミッションは完了だなー。


 帝都でみんなへのお土産買ってお家に帰ろう。


「では、私はこの辺で失礼――」


「待て! お主の用事は終わったかもしれぬが、余の用事は終わっておらぬ! 言いたいことだけ言って帰れると思うなよ! アルベルト!」


 留まれば高難度ミッションを押し付けられると思い、やりたいことだけやって、そそくさと帰ろうとした俺を魔王陛下が呼び止めた。


 くぅ! やはり、お仕事なしでは帰してもらえなかった。


 みんな、ごめん。どうやら、大きな宿題が押し付けられそうだ。


 振り向くと、獲物をいたぶる猫のような表情をした魔王陛下が目の前にいた。


 怒っていらっしゃいますか? ちょっとした茶目っ気を出しただけなのに。


 そんなに怒らなくてもいいじゃないっすか――。


「アルベルト! 余はフェルクトール王国との大いくさを終え、停戦期間に持ち込んだ今こそ弱体化著しいアレクサ王国の王都ルチューンを落とす好機と見ておる。よって、余はエルウィン家に対し、アレクサ王国王都ルチューンの攻略の総大将を申し渡す。侵攻戦力として、正統アレクサ王国のゴランを付けてやるから、万事上手くやるように。ああ、そうだ! ファルブラウ家のデニス殿も付けてやろう。アルベルトとは浅からぬ関係のようであるしな。それに彼も当主を継いだばかりで武功が欲しいだろう。面倒を見てやってくれ」


 えっと、ゴランは戦闘経験を積んだ頼もしい味方だけど、あのお坊ちゃん貴族を連れていくの……。


 えーマジかよ。


 乗っ取りを手伝ったショタボーイからの報告だと、いくさの才能はあまりないって話だし。


 足手まとい……いらねぇ。って言える雰囲気じゃなかった。


 魔王陛下からファルブラウ家がもっとこっち寄りになるよう恩売れやボケがぁああ圧が強い。


 上司の意向は汲み取らないとね……。


 王国滅亡させろって指令じゃなくて、王都攻略ってまでだし、ゴランもいるから何とかなるか。


 最近、ロアレス帝国もこっちの領域に手を突っ込んで色々とされてるし、アレクサ王国にも食指を伸ばしてることだし、敵戦力が整う前にガツンと一発やるのもありちゃあ、ありか。


 さすがに大規模侵攻だと、うちも農兵動員しないとな。


 達成にかかりそうな資金を考えていくと、ミレビス君の頭の艶が一気になくなる気もするが。


 ルチューンが占拠できれば、ロアレス帝国の切り崩し工作で傾いた戦局は、ゴラン優位に変化するはず。


 ゴランも夢魔族の嫁リゼルによって、親エランシア化が著しいし、アレクサ北部貴族をまとめ上げているため、アレクサ王国滅亡後は、エランシア帝国の高位爵位と引き換えに臣従するのではないかって話も出てきてる。


 本当に臣従するかは分からないが、エランシア帝国に反逆しようという気は起こさないと思う。


「はぁ、承知しました……。出兵時期はこちらに一任してもらえるでしょうか? さすがに大いくさとなると準備に時間がかかりますので」


「よかろう。ただ、時を置けばフェルクトール王国やロアレス帝国、それに東部のゴンドトルーネ連合機構国も動き出すと分かっておろう?」


 あ、はい。そうっすね。


 特にロアレス帝国は気を付けておいた方がいいっすよね。


 アレクサ王国南方に作った寄港地から援軍として来援するとか、可能性はゼロじゃないし。


 皇帝派の連中は、黒虎大将軍に対抗できる武勲を求めてるだろうしね。


 代理戦争とはいえ、けっこうな量の援軍を送り込んでくるかもしれない。


「遅くとも明年の春には軍を動かします。不測の事態の折には、魔王陛下のご助力を賜ることもあるとお考えください!」


「まさかの時は、ステファンとヨアヒムを送ってやる。余は北と西のやつらの動き監視せねばならん身だからな。それでよかろう?」


 四皇家で東部守護のヨアヒムと、辺境伯であるステファンの助力があれば、不測の事態が発生してもなんとか対処はできるはず。


 二年くらい落ち着いて内政に専念しようかなって思ってたけど、脳筋どもがまた騒ぎだすなぁ。 


「はっ! 承知しました! では、急ぎ支度を整えねばならぬため、すぐに領地へ帰還いたします!」


「待て、もう一つ伝えておくことがある!」


 え? まだ、ミッションあるの? 王都ルチューン占拠だけでも結構きついんですけど!


「こたびの攻略目標を占拠したあかつきには、正統アレクサ王国と国境線の再構築を行うつもりだ。その際、エルウィン家は辺境伯家に陞爵しょうしゃくさせ、隣接部の領地を下賜する」


「はっ!? なんと?」


「もう一度言う。エルウィン家は隣接部の領地を下賜して辺境伯家! アルベルトがこの前のいくさでうるさい連中の口を黙らせたから、これまでの功労に対する余からの恩賞だ。遠慮なく受け取れ」


 エルウィン家の辺境伯家……あの脳筋たちが……。


 南の最前線を守る現場指揮官の最高責任職を拝命すると……。


 マリーダが知ったら、いくさやらせろ圧が一段と高くなってしまうではないか。


 ただでさえ、いくさ、いくさうるさい連中が、開戦理由さえ用意できれば勝手に喧嘩売れるようになっちゃうじゃないっすか!


 それはご褒美と言わず、俺に対する罰ゲームというものですよ! 魔王陛下! やっぱ、さっきの栄養飲料のこと怒ってるんですね!


 口から飛び出しそうだった言葉をグッと飲み込むと、感謝を示すため深々と頭を下げた。


「ありがとうございます! なんとしても、アレクサ王国王都ルチューン占拠を成し遂げてみせます!」


 俺はにこやかな笑顔で挨拶を終え、そのまま買い物もせず、帰宅の馬車に乗り込むと、そのままふて寝することにした。


 やっぱお呼び出しはろくなことがないぜ! ちくしょう!

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