第一三一話 モラニー市、陥落する

 帝国歴二六五年 紅玉月(七月)


 国内の人手を総動員し、麦の刈り入れを早々に終わらせると、アシュレイ城に脳筋四天王麾下の正規兵六〇〇名を集めた。


 出兵の名目は、エランシア帝国船籍の船を攻撃したヴェーザー自由都市同盟のモラニー市を懲罰することとしている。


 まぁ、うちの船を襲ったのは、俺の情報組織の人たちがヴェーザー自由都市同盟に偽装した船だったわけだが。


 やられたら、やり返すの我がエルウィン家の家訓。


 それがたとえ自作自演であったとしても、喧嘩を売った(ことになっている)モラニー市は降伏してもらわねばならない。


 ヴァンドラの最新鋭大型外洋船を製造してもらうには、ジームス個人にモラニー市を献上しないといけないからな。


 いくさ支度をしたマリーダともに、主要な家臣が集まった大広間に入る。


「これより、我がエルウィン家はヴェーザー自由都市同盟のモラニー市を攻略する。最終目的はモラニー市を

領有。現市議会議員と議長の捕縛を最優先とする。暴行略奪はいつものごとく厳禁。背く者は軍法に照らし合わせ死罪とする。よろしいか?」


「「「「承知」」」」


「よろしい。では、隊の編成を発表する。一番隊マリーダ様五〇名 二番隊ブレスト様五〇名、三番隊ラトール一〇〇名 四番隊カルア五〇名、五番隊バルトラート一五〇名、本隊は私が二〇〇名を率いる。本隊指揮はアレックスに任せる」


 いくさが楽しみ過ぎて騒ぎ出しそうな家臣たちを手で制すると、続けて本国守備の陣容を発表する。


「本国守備は総大将リゼ、副将にニコラス、ミラー、ヨゼフとする。アシュレイ城の防衛を最優先とし、戦力集中のため他領の一時的な放棄は認める。敵が大軍で来た場合はアシュレイ城に籠り、マリーダ様の救援を待つように」


 モラニー市攻略は前菜でしかないため、メインの西部の大いくさからの流れで、ロアレス帝国とか、アレクサ王国がエルウィン家の領地に殴り込んでくる可能性はゼロではない。


 そのため、防衛方針を残る者たちに言い聞かせておいた。


「「「「承知」」」」


 今回のいくさの流れはこうだ。


 ①エランシア帝国船籍の船を攻撃したモラニー市を懲罰と称し領有。


 ②市議会議員と議長をヴァンドラのジームスの私兵に渡し、モラニー市をジームスの家に領有させる。


 ③西部でフェルクトール王国と赤熊髭が、こちらを罠にはめるため偽装の開戦をして、救援依頼を送ってくると思われるため受諾。


 ④モラニー市まで出張ってくれたルーセット家の島亀型いくさ船に我が軍が乗船し、爆速で移動し西部戦線に近いフェルクトール王国の港町を占拠。


 ⑤指定された城へは入らず、行軍中のフェルクトール王国軍を奇襲し、赤熊髭が裏切ったことを喧伝。


 ⑥裏切りに怒り狂ったフェルクトール王国軍を引き連れ、赤熊髭と風見鶏の連合軍に突入。


 ⑦混乱の中、戦場から離脱し帝都から兵を率いて出兵した魔王陛下と合流する。


 ⑧頃合いを見て、フェルクトール王国軍を撃退する傍ら、赤熊髭や風見鶏の戦力も漸減させる。


 ⑨領土外へ押しやったところで、フェルクトール王国と停戦交渉。


 ⑩赤熊髭、風見鶏派閥の損害の多さを指摘し、魔王陛下が領地削減を申し付け、敵対勢力を弱らせる。


 サブの謀略として、ファルブラウ家を乗っ取る方も同時に動いていく。


 できればロアレス帝国には大人しくしておいて欲しいが、どこかのタイミングで茶々を入れてくるかもしれない。


 うまくことが運べば開戦から三か月程度で完遂できると思うが、どこかでつまづけば、期間が伸びる可能性もあるし、最悪こちらが潰される可能性もゼロではなかった。


 ただ、上手くいけば赤熊髭と風見鶏の力が削がれ、魔王陛下の権限がかなり強化される策である。


 うまくことが進むよう慎重な調整力を求められるが、やってやれないことはない。


 俺は今一度、気を引き締め直すと、マリーダに出陣の下知を下すよう視線を送った。


「では、エルウィン家、出陣なのじゃ!」


「「「「「おぅ!!」」」」」


 マリーダの出陣の下知とともに、城内は一気に騒がしくなった。



 鬼人族と精鋭の人族たちであるため、いくさ支度は速攻で終わり、六〇〇名の兵はヴェーザー河を下るヴァンドラの船の上にあった。


 行きの船を出してくれたのは、アレクシアの弟で、ヴァンドラの船長ディロンだ。


「姉がお世話になっております。父より、アルベルト殿とマリーダ様のお手伝いをせよと言われ、ヴァンドラ海兵を連れてきております」


 姉と同じく赤銅色に焼けた筋骨たくましいディロンの後ろには、ヴァンドラの水軍の海兵たちが控えている。


 我らエルウィン家が攻略したモラニー市を、ジームスが受け取るために付けた兵だろう。


「ディロン殿たちは、船上で我らエルウィン家のいくさぶりの見物をしておいてくだされ。占領後は色々と働いてもらいますから忙しくなると思いますので」


「承知した。では、見物させてもらいます」


「そうなのじゃ! エルウィン家のいくさに助っ人はいらぬ。ここで待っておるがよい! 皆の者、接岸用意!」


 小舟に乗り換えたエルウィン家の兵士たちがマリーダの声に応え鬨の声をあげる。


 モラニー市はすでに慰謝料を持った降伏の使者を送ってきているが、今回は市議会議員や議長の捕縛を主目的にしているため、ガン無視をした。


「突撃ぃいいいい! 領民以外なら徹底的にやって良いと指示が出ておる! 暴れるのじゃ! ヒャッハっー!!」


 一〇人乗りの小舟が次々にモラニー市の港に接岸し、脳筋たちを街へ吐き出していく。


 城壁の上から矢を放とうとした敵の守備兵は、脳筋の放ったどう見ても棒手裏剣にしか見えない尖った鉄の塊によって次々に絶命させられた。


 棒手裏剣の威力がなんだかとてもおかしい気がするんだが。


 マリーダが武器の予算に入らないからといっぱい作らせたのを配ったらしいが


「おらぁっ! 野郎ども! 城門ぶっ壊すぞ! これくらいので手間取ったら、マリーダ様に笑われるからな!」


 城門に取りついたバルトラートが部下たちに激を飛ばす。


 速攻で荷揚げされ組み上げられた鉄の先端を付けた大きな台車付きの破城槌を勢いよく城門にぶつけると、鈍い音が響き渡る。


 鉄が豊富に供給されるようになったため、鉄で補強した破城槌を台車で引かせてみたが、えぐいくらいのダメージだな。


 田舎城の木製の城門なら一発で粉砕できそうな威力だ。


 アシュレイ城はあれに対抗できる門にしとかないとな。


 投入した新兵器の威力を確認しながら、同時にその防御法も考えていた。


「おっし! 仕上げは俺がやる!」


 身体と同じくらいでかい金属製の大槌を担ぎ上げたバルトラートが、そのまま半壊した城門に叩きつけた。


 ドンという腹に響くデカい爆発音とともに、白い煙が立ち込める。


 煙が晴れると、城門はきれいさっぱり消え失せていた。


「さすがアルベルト殿の作られた大槌だな。あの重い城門が吹き飛んでいったぞ!」


 バルトラートが大槌でぶっ叩いた門は、街中にまで吹っ飛び、家を半壊させていた。


 火薬での爆発力を大槌の中に作った筒で推進力に変え、インパクト出力あげた大槌の威力、半端ねぇ。


 バルトラートの怪力があるとはいえ、鉄で補強された門があんなに吹っ飛ぶとは。


 我ながら脳筋に危険な武器を与えてしまったかもしれん。


「バルトラートだけ、武器を新調してもらってズルいのじゃ! 妾も新しいのが欲しいのぅ!」


「マリーダが文句を言ってるうちにワシが一番槍を取る! ブレスト隊、進めっ!」


「親父抜け駆けはズルいぞ! ラトール隊進め!」


「マリーダ様、お先に失礼します! カルア隊まいる!」


「俺らも進むぞ! バルトラート隊、前へ!」


「ま、待つのじゃ! 妾を置いて行くでない! マリーダ隊出る! 進め、進め! 抵抗する者は撫で切りにせよっ!」


 籠城戦で最後の関門とも言える城門が、脳筋パワーによっていとも簡単に破壊され、モラニー市の運命はすでに決している。


 領民もうちが反抗しない者へ乱暴狼藉をしないと知っているため、すぐに身の安全を図るため家に籠る。


 残されたのは防衛のため雇われた傭兵と市議会の私兵たちだけだった。


「アレックス、兵を進めてくれ」


「御意! 進軍! 先発隊が放置した捕縛者を拾っていくぞ!」


 俺のいる本隊も城門をくぐり、モラニー市の中へ入っていった。


 中に入ると、倒された者は意外と少なく、すぐに武器を手放して降伏した者たちが地面に転がっていた。


 この分だと、マリーダたち脳筋どもはストレスが溜まっているだろうな。


 本番はフェルクトール王国軍への奇襲なんで、イライラは貯めておいた方がいい。


 アレックスたちが捕虜を集めながら進んでいくと、荷馬車の窓から市議会場に向かったと思われる脳筋たちの喚声が聞こえてきた。


「早いな。もう、捕えたか」


「うちに抵抗しても無駄ですからね。投降すれば、お金で許してもらえると思ってるんじゃないですかね」


 マリーダの世話係兼参謀として連れてきたリシェールが、相手の気持ちを代弁してくる。


「残念だが、今回はそうもいかない。ジームスをモラニー市の首長に据えなければならんからね。賛同してくれる人は助命するが、断ったら死んでもらうしかない。そのためのヴァンドラ海兵だしね」


「アルベルト様は、悪い人ですね。ジームス殿に与えるこのモラニー市もいずれ自分の物にするつもりでしょうし、そのための旗印は手元に残しておくつもりでしょう?」


「おや、見破られたか。ジームス殿が裏切った時への備えは必須だからね。モラニー市の市議会議員で若く見栄えのする者を匿っておくつもりさ。でも、ヴァンドラとジームス殿がうちに忠実であればいいだけの話」


 俺は荷馬車の窓から見えるモラニー市の様子を見て、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「ジームス殿もアルベルト様の毒に当てられた被害者の一人ですね。身の丈に合わない地位を目指せば、足もとをすくわれる」


「私は毒など出しておらぬよ。ジームス殿がそれを望んだだけさ」


「ジームス殿にモラニー市の掌握が上手くいくという幻想をまき散らしたのは、アルベルト様ですよ」


「頑張ればやれないことはないと思う。ただ八割で失敗するだろうが。そうなった時、うちを頼るか、別に頼るところを探すかで対応が変わるってことさ。アレクシアをヴァンドラの議長にしてもいいしね」


「裏切った父親を追い出し、議長となったアレクシア様に子を生ませて、モラニー市ごとヴァンドラを乗っ取るとか鬼ですよね」


 ああ、その手もあるな。


 アレクシアは水軍司令官候補ではあるけど、ヴァンドラの有力者の娘でもあった。


 そっちも考えておこう。


 リシェールの意見を手帳に書き残すと、荷馬車が止まった。


「着いたようですね」


 ドアが開かれると、議事堂の前に縄で縛られたモラニー市の市議会議員と議長の姿が並んでいた。


「アルベルト、全くやりがいがなかったのじゃ! 妾は不満が爆発しそうじゃぞ! 2~3人斬っていいかのぅ?」


「「「ひぅっ! なにとぞお助けを!」」」


 戦闘不足で不満を感じたマリーダが、得物の大剣をビュンビュンと振り回すと、怯えた市議会議員と議長が地面に頭を擦り付けて助命を願い出てくる。


「マリーダ様、相手は抵抗を示しておりませんぞ。ここで斬れば、軍法破りになりますなぁ」


 軍法破りと聞いて、マリーダが大剣を振るのをピタリとやめた。


 あとでアレウスとユーリに知られれば、重大な罰を下さると察したのだろう。


「くぅ! 仕方あるまい。今日はこのくらいにしといてやるのじゃ! あとはアルベルトに任せる! 皆の者港まで戻り、飯にするのじゃ!」


 マリーダが先発隊をまとめ、議事堂前から兵を引き連れ城外に出ていった。


 もう少ししたら、ルーセット家の島亀型いくさ船もこのモラニー市の港に到着するはずだ。


 爆速で動く船上では、飯を食うのも一苦労だろうし、今のうちに済ませておくのはいい判断だと思う。


 マリーダが去ったあと、俺は安堵していたモラニー市の市議会議員と議長の前に立つ。


「さて、皆様の選べる選択肢をこれより提示いたします。必ず、どちらかを選んでください。選ばなかったら首を落としますのでよろしく」


 俺の脇に控えた鬼人族の男が、大きな戦斧を振り上げると、市議会議員と議長は震え始めた。


「まず、一つ目。モラニー市はエルウィン家に降伏し、我が家が決めた首長であるヴァンドラ議長、ジームス殿を新たな首長として認める選択肢」


 俺の言葉を聞いた市議会議員と議長が目を剥いた。


 まさか、ジームスが首長に推されるとは思ってなかったのだろう。


「二つ目の選択肢。一つ目の選択肢を選ばずに首を落とされる。さぁ、どっちか答えてくれたまえ」


 実質、生き残るにはジームスを首長に据えることに同意せねばならなかった。


 市議会議員と議長たちは口々に、ジームスの首長就任を認める言葉を発していく。


 その中でただ一人だけ、「認められない」と発した男がいた。


「貴殿の名は?」


「ヘクス」


 年若いが民衆が好みそうな男ぶりのよさを持つ男だった。


「命は欲しくないと?」


「ああ、モラニー市をヴァンドラに売り渡す気は私にはない!」


 俺は戦斧を持つ鬼人族へ視線を送る。


 鬼人族は戦斧の刃をヘクスの首筋に押し当てた。


「意見を変える気は?」


 冷静さを一切崩さないヘクスは首を振った。


 鬼人族は戦斧を振り上げると、俺の合図を待つ。


 ほぅ、これは相当に肝が据わってる男だな。


 うちの外交官として、引き取っても良さそうだ。


 ジームスが裏切った時は、最後まで抵抗を示した彼を旗印にモラニー市の奪還をすればいいしな。


「よろしい、ではその命はエルウィン家が頂くこととしよう」


 俺が視線を送ると、鬼人族は戦斧を振り下ろした。


 戦斧はヘクスの身を縛っていた縄を切りハラリと地面に落ちる。


「強情なヘクス殿には、捕虜として我が領内に来てもらおう。今この時、承諾しておけばよかったと後悔するほどの拷問を受けてもらう」


 俺は凶悪な笑みを浮かべると、配下の兵にヘクスを連れていくように視線を送った。


 その様子を他の市議会議員と議長たちは震えながら見ていた。


「皆様は賢い選択をされましたな。これより、ジームス殿の息子であるディロン殿がヴァンドラ海兵と駐留するので、ご協力のほどよろしくお願いしますよ。しない時の処遇はおわかりですよね?」


 もう一度戦斧を持つ鬼人族に視線を送り、人に見立てた藁束を斬り落とさせた。


「「「「ひぃいいいいっ! 承知しました!」」」


 真っ二つに両断された藁束を見た市議会議員と議長たちが、再び地面に頭をこすりつけ平伏する。


 こうして、第一段階であるモラニー市攻略は易々と達成され、事態は第二段階へと向け動き出した。

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