第一三〇話 カモがネギを背負ってやってきてくれた

 大いくさに向け、忙しく書類の決裁を進めていたら、待ちに待った来訪者がアシュレイ城を尋ねてきた。


 仕事を止め、大広間の脇に作られた応接間に通された来訪者のもとへ向かう。


「エランシア帝国一の知恵者と言われるアルベルト殿にお知恵をお借りしたく、まかり越しました」


 応接間には鱗を持つ者と言われ、俺の知る知識ではリザードマンと言われた容姿をした竜鱗族の若い青年が頭を下げた。


 彼は四大公家の一つファルブラウ家の当主レックス・フォン・ファルブラウの長男デニス・フォン・ファルブラウ。


 俺が送り込んだ女詐欺師オリアーヌの色香に惑い、父親と対立を深めている大貴族の嫡男様だ。


「私如き、浅薄の臣の知恵がお役に立てるとは思えませぬが……」


 相手が四皇家に次ぐ権威を持つ、四大公家の後継者候補ということで丁重な儀礼の挨拶を返す。


 カモがネギをしょって、自ら鍋物になってくれるため訪れてくれたため、内心ではニヤニヤが止まらない。


 だが、相手に悟られてご破算になれば水の泡。


 俺は挨拶を終え、顔を上げると同時に顔を引き締めた。


 四大公家は、四皇家と同じくエランシア帝国内に半独立国を持つ国家元首。


 その権限は、普通の貴族よりも大きく、さらには皇帝を輩出する四皇家が与えられていない皇帝を解任にする権限を有している家だ。


 四大公家の合議で三家が手を挙げれば、皇帝を解任できる詔書が作られ、その詔書は皇帝命令を超える権威を有し、次代の皇帝を決める皇帝選挙が開催されることになる。


「いえ、こたびの件はアルベルト殿に知恵を借りよと、ヨアヒム殿からも口添えされております」


 オリアーヌを送り込む際、ノット家の当主であるショタボーイに、断絶した伯爵家の令嬢として身分を用意してもらっていたため、オリアーヌからの連絡はノット家経由で俺に届いている。


 色々と手伝ってくれてるヨアヒムには、今度、新型になった仮面を送らねばならんな。


「ヨアヒム殿からですか……」


 相手には困った顔を見せたが、実際は困ってない。


 そうなるよう仕向けたのは俺であるのだし。


「ええ、東部の大いくさの時は非常に助けられたとヨアヒム殿が申されておりました。ぜひ、その知恵をお借りしたい」


 デニスが再び深く頭を下げた。


 四大公家の一角である竜鱗族のファルブラウ家を味方に引き込めば、魔王陛下が婚姻を結んだ半魚族のルーセット家と連携し、解任動議は出されなくなる。


 現状の魔王陛下が恐れるのは、四大公家の持つ皇帝解任権だけだしね。


 二大公家を押さえ、赤熊髭と風見鶏派閥の力を削れれば、魔王陛下が歴代最高の皇帝権限を持つことになる。


 そうなれば、魔王陛下が不慮の事故で死んだりしない限り、エランシア帝国は強力な指導者のもとで発展を遂げるはずだ。


 その発展の中で、我がエルウィン家も力を強めていきたい。


「左様ですか。四皇家ヨアヒム殿よりのご下命とあれば、断ることはできませんな。献策するにあたり色々と聞くことになりますがよろしいでしょうか?」


「承知しております。本来なら自身の恥を晒すことなどせずに済んだはずですが、わたしの至らなさが今日の事態を生み出してしまいましたので、全て包み隠さずお伝えします」


 エランシア帝国トップクラスの大貴族当主候補とは思えぬデニスの腰の低い態度を感心しながら見ていた。


 いいところお坊ちゃんらしいと言えばらしいんだが……。


 そんないい人じゃ、この乱世乗り切っていけないんですよ。残念ながらね。


「では、ここでは人の耳目もありますでしょうし、人払いも兼ねてあちらの城壁の上にある張り出し櫓にまいりましょう」


 応接間の窓から見える城壁の上の櫓を指差すと、デニスは無言で頷いた。


 俺はデニスを伴い、人払いをして警備を厳重にした張り出し櫓に入る。


「ここなら、誰もおりませんのでデニス殿のお話を聞かせてもらいましょう」


 先に部下をやって、櫓の中に設置させておいた椅子を勧めると、自分も腰をかける。


 デニスは勧められた椅子に腰をかけると、自らの置かれた状況を話し始めた。


「耳が良いと噂されているアルベルト殿には、もう知られていると思いますが。わたし自身の婚約問題が発端で、父より廃嫡にされかかっております」


「耳が良いとは誰の噂か知りませぬが、チラリと聞かせてもらったところだと、ヨアヒム殿の派閥に属している女伯爵様を娶りたいとかなんとか」


「やはり、お知りになられていましたね。娶りたい方は、オリアーヌ・フォン・ビョルンソン女伯爵様。人族の方ではありますが、わたしのことを愛し慈しんでくれる素敵な女性なのです」


 恋は盲目とはよく言ったものだが、あの女詐欺師はデニスの心をギュッとわしづかみにしていた。


 彼女の言葉はデニスにとって一番信頼と信用をできるものになっているのだろう。


 詐欺師の話術、怖すぎだろ。


 それだけオリアーヌも今回の仕事に気合を入れてる証拠なんだろうけども。


 女詐欺師で終わるか、大公家当主夫人になれるかの瀬戸際だしな。


「デニス殿が娶りたいのはオリアーヌ様でしたか……」


「ええ、彼女を娶れるなら全てを投げ捨ててもいいと思っています。そのことを父に伝え、赤熊髭派閥から送り込まれていた婚約者との婚約破棄を求めたら、逆にオリアーヌと別れるように激怒され、廃嫡問題からのお家騒動までに発展してしまっております」


「でしょうな。ファルブラウ家の後継者であるデニス殿が他派閥の家から嫁を娶るなど、あってはならぬことだと家臣一同が思っているでしょうし、お父上もその大前提を覆してワレスバーン家の令嬢を婚約者にしたことを覆されては、面目を保てないかと思います」


 まぁ、四皇家からの婚約者と他派閥の女伯爵と天秤にかけたら、前者の方がファルブラウ家にとって利益はでかい。


 父親のレックスは普通に判断しただけだと思う。


 ちなみにファルブラウ家直系の後継者はデニスのみ。


 傍系には何人か血縁者がいるが、ファルブラウ家は直系をずっと続けて継承してきている家だ。


 そのため、傍系が家を継ぐことに家臣一同からの忌避感が強いと聞いている。


 基本的にエランシア帝国では、派閥を超えての婚姻はほとんど行われない。


 去年うちとステファンの家が行ったノット家との婚姻は、他の貴族からしてみれば、驚嘆するべきことなのだ。


 デニスも本来なら、派閥の家臣筋か傍系から嫁をもらうのが普通なのだが、今回はどちらを選んでも外からの婚姻になる異常事態でもある。


「ですが、わたしはもうオリアーヌ以外とは結婚する気はないのです。そのことを告げると、父はわたしの廃嫡を決め、後継者に従弟フロリングを指名し、ワレスバーン家の令嬢との婚約手続きに入りました」


「お父上はファルブラウ家の後継者ではなく、いち庶民なら、デニス殿が他派閥の家の嫁を迎えても問題ないと見たのでしょう」


「たぶんそうだと思います。ですが、それではわたしはオリアーヌと婚約できないのです。オリアーヌの主君であるヨアヒム殿は、ファルブラウ家の後継者であるわたしになら娶らせると言われたのです。後継者の地位を失ってしまっては、結婚のお許しがでないのです」


 まぁ、そうしろって俺がショタボーイ通じて指示出したわけであるし。


 我ながら切れすぎる知恵がこわい、こわい。


 でも、まぁ、これで嫡男デニスによる当主レックス追放へ追い込むお膳立ては整った。


 俺は頬が緩みそうになるのを必死でこらえる。


「それはお困りのようだ。非常に難しい問題を含んでおられる」


「エランシア帝国一の知恵者と言われるアルベルト殿ならば、この状況を打開できる策を授けて頂けるはずだと、ヨアヒム殿は申されておりました。どうか、わたしをファルブラウ家の後継者に復帰させてもらいオリアーヌを娶らせて頂けませんでしょうか?」


 頭を低く下げたデニスからは、真剣さを感じられた。


 悪いが人の良い君を骨の髄までしゃぶりつくさせてもらうとしよう。


 俺は頭を下げたデニスの手を握り返す。


「承知した。これより、私が授ける策はけして他言無用。外に漏れれば、デニス殿のお命はないと思われるがよい。だが、成功すれば、貴方にはファルブラウ家当主の座とオリアーヌ様が手に入ることになりましょうぞ」


「ほ、本当ですか! そのような策が存在するのですか!」


「ええ、このアルベルト・フォン・エルウィンに嘘はありません。これから、聞く策を実行する決意はありますかな?」


 真剣な表情で俺を見るデニスへ怪しい笑みを浮かべた。


「はい! オリアーヌが手に入るなら、わたしはなんでもいたします!」


「では、こちらの紙をお読みください。私の企図する策が記してあります」


 懐から出した紙をデニスに手渡す。


 事前に用意していおいたファルブラウ家の乗っ取り計画を記したものだ。


 紙を受け取ったデニスが視線を動かすたびに、顔色が蒼白に染まっていく。


「こ、これは……本当にこのような策を行うのですか?」


「ええ、デニス殿がオリアーヌ様を手に入れるには、その策に則り行動を起こすしか道はありません」


 ずいとデニスとの距離を詰め、気迫を込めた視線を送る。


 俺の気迫にたじろいだデニスが、一歩後ずさった。


「お覚悟を!」


「……ファルブラウ家をわたしが……オリアーヌ……」


「座しては欲しいものなど手に入りませぬ! 欲しいものはおのが力で奪い取るのがこの世の習いですぞ! デニス殿!」


 後ずさったデニスにさらに踏み込み近づくと、襟元を掴んですごむ。


 ここでこちらが引いたら、デニスは態度を決め切れず、仕込んだ策は不発に終わる。


「このようなことをして家臣がわたしに付いてくるとは……」


 デニスに示した策はこうだ。


 ①父レックスの言う通り、後継者の座をワレスバーン家の令嬢と婚約をする従弟フロリングに譲り、自身はオリアーヌとファルブラウ家を出て、ヨアヒムのノット家に身を寄せる。


 ②西部戦線でフェルクトール王国との大いくさが起きると、ワレスバーン家の令嬢を通じてファルブラウ家も出兵を促されるはずなので、フロリングが兵を率いて領外に出るのを待つ。


 ③フロリングが兵を率いて出兵し、手薄となったファルブラウ家の領地をノット家に借りた手勢を率いて攻める。


 ④その際、家臣たちへ自身がファルブラウ家当主になった際は、家臣より側室をもらい受けると約束させ、また直系の後継者は自分しかいないと直系主義の家臣を寝返らせる。


 ⑤領内に残った兵力を糾合し、そのまま当主であるレックスを攻め、傍系を後継者としたことを追求し当主の座の移譲してもらう。


 ⑥レックスの助命を条件に、出兵中のフロリングに対し降伏勧告。


 ⑦受諾すれば、西部戦線から撤兵させ、レックスとフロリングは王宮にて幽閉。受諾しない場合は、レックスを斬り、降伏しなかったフロリングを討つ。


 とまぁ、こんな感じでかなりブラックな策を示してる。


 状況次第では、デニスは親殺しをせねばならない。


 俺の推察では、フロリングはレックスを見殺しにできる胆力を持った人材ではないと見てるので、両者幽閉で終わると見ている。


「デニス殿、やるのですかっ! やらないのですか!」


「うぅ……」


「ご自身で決められよ!」


「……やる……わたしは、やる。欲しいものは自分でつかみ取るしかないのですな」


「ええ、それしか欲しいものは手に入らない」


「やるぞ! わたしはやる! アルベルト殿の策にのった! わたしはオリアーヌを手に入れるためならなんだってやってみせる!」


 人のよさがにじみ出ていたデニスの目に、ほの暗い光が宿ったようにみえる。


 彼は自らの決断により、欲望達成のためになら、どんな犠牲でも厭わない者の目つきになった。


 これでファルブラウ家は最悪でも戦力半減、上手くいけば親魔王派となるはずだ。


 エルウィン家と魔王陛下を罠にはめ、一気に帝国掌握を狙う赤熊髭は、ファルブラウ家の兵力もあてにしているであろうが、そうは問屋が卸さないってね。


「よくぞ、決断されました! このアルベルト・フォン・エルウィンも全力でデニス殿をご支援させてもらいますぞ!」


「ああ、頼みましたぞ!」


 それから、大急ぎで領地に戻ったデニスであったが、数日して後継者の地位を自ら返上し、そのままファルブラウ家を去るとオリアーヌとともにノットに身を寄せたことを確認した。


 これで全てのピースは揃った。


 時間的にはギリギリだったが、じっくり仕込んだこの策が成功すれば、魔王陛下の力は強くなり、我がエルウィン家もさらに力を得ることになるはずだ。

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