第一二六話 ルーセット家の秘密兵器がすごかった
グレンのうしろについて、桟橋のあるエリアに来ると、ルーセット家のいくさ船が近くに見えてくる。
船体に対してやたらと広い係留地になってるけど何かあるんだろうか?
それにしても、やっぱり木造の安宅船やガレー船って感じで、帆走は補助で櫂で漕いで進む仕様だ。
ヴァンドラの使ってるような大型外洋帆船とは違う作りになってて、風はなくても進みそうだけど速度は出なさそう。
「妾たちが乗ってきた船よりもデカいのぅ。海戦も一度はやってみたいものじゃ」
「うちのいくさ船はデカいだけじゃなくて、船足も早いんだぜ。帆船なんて目じゃない速さで進む特別製のいくさ船だ」
「はぁ、そうなのですか」
あの形状の船の船足が、帆船より速いわけが……。
波の抵抗も受けるだろうし、櫂で漕ぐにしても体力を維持できないだろうし。
グレンの言葉に首をかしげる。
「その顔、オレの言葉を信用してないだろう? 本来なら見せないんだが、マルジェ商会の会頭さんとその嫁には魔王陛下から特によろしくと言われてるんで、見せてやろう。おーい! 客人を連れて沖合に出るから準備しろ!」
グレンは首を傾げる俺の姿を見て、甲板にいた船員に出港準備をするように声をかける。
途端に船内にいた船員たちが慌ただしく動き回り始め、辺りは騒然とし始めた。
「この空気……いくさに似た匂いがするのじゃ! はぁはぁたまらんのう。滾ってしまうのじゃ」
「マリーダ様、我らは客人なので勝手に暴れたら、一族全員反省室行きなのを忘れませんように」
船員たちに指示を出しながら、桟橋から甲板に上がるグレンの後ろについて、自慢のいくさ船に乗り込んでいく。
どう見ても何の変哲もない安宅船的なガレー船だよな……。
「我が家の船の性能を特等席で見せてやろう。びびるなよ」
「楽しみなのじゃ!」
甲板の高い位置に作られた小部屋が操舵室のようで、中に入ると周囲の様子が見えるように窓がいくつも作られ、広い海原ではかなりの視界が取れそうであった。
ただ、室内には金属製の伝声管が二~三本あるだけで操舵を行う舵輪が据えられてなかった。
櫂で漕ぐガレー船だから、伝声管で漕ぎ手に指示を与えて進路を変えるのか。
それなら、舵輪はいらないだろうしな。
室内をキョロキョロと見渡している俺を見て、グレンが意味深な笑みを浮かべているのが見えた。
「おーし! 皆の者、今回は我が家にとって大事な客人を乗せているから、緊急発進やるぞ! 空荷だから船倉の物資の固定なし、甲板上の移動物固定優先。準備始め!」
グレンは下層の漕ぎ手に繋がるであろう伝声管に向かって『緊急発進』を行う旨を伝えていた。
伝声管の指示が伝わったのか、銅鑼や太鼓が打ち鳴らされ、甲板上にわらわらと船員たちが上がってくる姿が見える。
船員たちは甲板上の樽や木箱の固定を始めた。
え? なんで甲板上の固定なんてしてるの? 櫂で漕がないと船が進まないと思うんだけど?
「あ、あの、漕ぎ手なしじゃ船は動かないんじゃ?」
「まぁまぁ、見てなって。うちのは特別製だから」
「ワクワクするのじゃ! 何が起きるのじゃろうか?」
マリーダは真剣な表情をして、船窓に張り付き甲板上の作業の進捗を見ている。
すでに固定を終え、錨は引き上げられ、係留された綱も外れ、出港の準備は終わり、あとは櫂を漕いで外洋に出るだけになっていた。
「緊急発進準備完了しました。いつでもいけますっ!」
下層で準備を進めていた船員の声が伝声管から聞こえてくると、グレンは中央の赤い伝声管の蓋を開けた。
「よし、緊急発進!」
「ヨーソロー」
船員からの声が帰ってきたかと思うと、踏ん張らないと身体が倒れそうになりそうな勢いで船体が急加速を始めた。
「おっとっと! って、なんだこの加速!? 櫂も漕いでないぞ!?」
船窓から見える甲板には多数の船員がおり、とても多数の漕ぎ手がいるとは思えない状況だった。
ありえない加速を見せたルーセット家のいくさ船に面食らっている間に、船は港からグングンと離れ外洋まで一気に出ていた。
「すごいのじゃ! これは速い! あっという間に船が進んでおるのじゃ!」
このサイズの船がこんな速度を出せるなんて、現代でもあり得ないんだが!? 本当にどうなっているんだ!?
俺は幻覚を見せられてるのか!?
「これがうちの特別製のいくさ船だ。現状で世界最速の船だと思うぞ。速さだけならどこにも負けないつもりだ」
「この速度……いったいどのような構造になっているのですか……」
「我が一族の秘密ではあるが、婿殿の大事な懐刀であるマルジェ殿も奥さんには教えてやろう」
そう言ったグレンは、赤い伝声管に向かって指示を出す。
「速度落とせ! 減速後、浮上航行に切り替える!」
「承知! 緊急発進停止! 減速後、浮上!」
伝声管から返事が返ってくると、とんでもない速度で進んでいた船足がガクリと落ちる。
急に減速が来たため踏ん張ることができず尻もちをつく。
船足が完全に止まると、今度は上下の激しい振動に見舞われた。
「アルベルト! こっちにきて外を見るのじゃ! あんなものが船を――!」
船窓付近にいたマリーダが興奮したように窓の外を指差して叫んでいる。
その声に釣られた俺は立ち上がると窓の外に視線を向けた。
「な、なんじゃこりゃあぁぁぁっ!?」
視線の先に、船首から巨大な亀の頭が生えているのが見える。
やはり俺はどこからかの段階で、グレンに幻覚を見せられていたようだ。
「グレン殿、私に幻覚をかけるのはおやめください」
「何を言っておるのだ。オレは幻覚などかけておらんぞ! しっかりとよく見るがいい」
「いや、ですが! ありえないほど巨大な亀の頭が見えるんです!」
「ほぉ、この世に知らぬことなしと言われるマルジェ殿も、我が一族がずっと育ててきたさすがに島亀を知らぬのか」
「島亀ですと……?」
「ああ、我が半魚族がずっと海で大事に育てておる島亀という生物だ。このいくさ船はその島亀の甲羅の上に載っておる。櫂を漕がずとも風が吹かずとも圧倒的な速度で海を移動できるいくさ船だ」
目の前に見える巨大な亀の頭から推定すると、全長200メートルくらいはある巨大亀になるんだが……。
あ!? だから、船体に対し、係留地がやたらと広くとってあったのか!
水面の下にその島亀が隠れてたってわけだ!
「ほぉおおおおおっ! すごいのじゃ! おっきな亀が船をしょっておるのか! アルベルト! 妾はこの船が欲しいのじゃ! 新たなエルウィン家の水軍の旗艦は島亀のいくさ船がいいのじゃ!」
マリーダの目が輝いている……これは、あれだ。まずいやつだ。
絶対に手に入れるまで駄々こねるパターンのやつだ。
いくさ船も戦争のするための道具として認識したらしい。
「ダメです! 水軍整備は急務ですが、うちはいま質素倹約中! マリーダ様個人の武具は金貨300枚までと申し上げたはず。軍船も個人の武具代に入りますから!」
「はぅ! そこを何とか! この船ならば一気に加速して敵船に移譲攻撃がしかけられるのじゃ! 海戦でも我がエルウィン家の戦闘力を発揮できる船になるのじゃぞ!」
駄々をこねる前に釘を刺しておいた。
加速力を体感したため、強襲艦として一隻くらい欲しい気はするが、ルーセット家の大事ないくさ船のため売ってくれそうにはない。
でも、おかげで西部移送作戦は予定をかなり早められる目算が立ったのは嬉しい誤算だった。
早く着けばつくほど、例の作戦は相手の準備が整わないのでこちらの策が効果を発揮するはずだからだ。
「譲ってやってもいいが、そのためには条件が一つある」
思いがけない譲渡の提案を受け、マリーダだけでなく俺自身の興味も引かれた。
大枚はたいて買うのは厳しいけど、こっちが達成できそうな条件なら受けるのもありな気がする。
「譲渡の条件は?」
「さすがマルジェ商会会頭殿だ。うちのいくさ船の性能を評価してくれたようで話が早いな。条件はヴァンドラの持つ大型外洋帆船の製造技術だ」
「ほぅ、それで大事ないくさ船を譲渡してくれると?」
「ああ、いいぞ。実は最近近隣の海域でロアレス帝国の連中が幅を利かすようになってきて、いくさ船だけじゃ海上警備が追いつかん。うちもぼちぼちの性能を持つ船数を揃えたくてな。ヴァンドラと交渉を続けているんだが、中々しぶとい連中でなぁ。うんと言わんのだ。エルウィン家から口添えしてもらえば、連中も二つ返事で製造技術を提供してくれるだろうと思ってな。どうだ、やってくれるか?」
ヴァンドラもうちの大切な資金源ではあるんだけども、水軍整備を考えると製造技術を持つため領地化した方がいい気がしてる。
河の防衛に関しては魔王陛下からエルウィン家フリーハンドが約束されたしね。
大型外洋帆船の製造技術の供与を打診して、受諾したらルーセット家にも横流ししていくさ船もらい、拒絶したら領地化して技術を接収して提供って形にするか。
脳内で色々と算盤を弾き、エルウィン家の利益になるかどうかを判断していく。
「承知しました。ヴァンドラから大型外洋帆船の製造技術を手に入れた際は、ルーセット家にもお伝えするという形でどうでしょう。大型外洋帆船の大量製造の材料集めにできればマルジェ商会にも一枚噛ませて頂けるとありがたいのですが」
「噂通りの抜け目ない男だな。よかろう、製造技術を提供してもらえば、いくさ船一隻の譲渡とマルジェ商会に船の材料の発注をさせてもらうということでどうだ?」
「承知しました。アシュレイに帰還したのち、ただちにヴァンドラ側と交渉に入らさせてもらいます」
商談が成立したところで、港に帰り、ルーセット家の屋敷に招かれると西部戦役が勃発した際の輸送手順を確認し合い、俺たちはアシュレイ城へ帰還することになった。
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