第一二七話 ヴァンドラはうちのお財布係


帝国歴二六五年 翠玉月(五月)



「これは、ご当主様自ら足を運んで頂けるとは。それだけ、エルウィン家は水軍強化にやる気を見せておられるということですな」


 ルーセット家での会談を終え、アシュレイ城に帰ってきた俺たちは、すぐにそのままヴァンドラの市議会議長であるジームスのもとを訪れていた。


「そうなのじゃ! 我が家は皇帝陛下からヴェーザー河防衛の全権を委任されたのじゃ! そこで、防衛のため船を揃えねばならん! ヴァンドラは造船業も盛んだと聞いておるから、船の調達をするため来たのじゃ!」


 ジームスには、事前に我が家の新設する水軍に使うための船の建造費用を決める会談だと申し入れしてあったため、喜色を浮かべて揉み手をしている。


 まぁ、交渉事を面倒臭がるマリーダが珍しく見せているヤル気の源は、あの島亀のいくさ船欲しさなんだけどね。


 とりあえず、うちが使う水軍用の船という理由でヴァンドラから大型外洋帆船の建造技術供与を引き出さないと。


「我がヴァンドラには腕のいい船大工や造船業者も多数おります。きっとエルウィン家のお眼鏡に適う船をご提供できるでしょう! それで規模と金額ですが――」


 揉み手の勢いが増したジームスが、隣に控えていた側近に視線を送り、俺とマリーダの前に書類を提出させた。


 ほぅ、手回しがいい。さすが、ヴァンドラ商人は抜け目のなさを見せる。


 書類に視線を落とすと、艦種と性能の順に建造可能な船と一隻当たりの建造費が記載されていた。


 河の防衛を主目的にした水軍ってことで、やはり交易などに使える大型外洋帆船のリストアップされてないな。


 俺は差し出された書類をジームスに向かって投げ捨てた。


「ジームス殿、我らエルウィン家を舐めてもらっては困る!」


「な、なにか不都合な物でもありましたでしょうか! ヴェーザー河防衛の全権を委任されたとのことでしたので、河船でもいくさに耐えうる艦種をリストアップしておりましたが!?」


 投げ捨てられた書類を焦った顔でかき集めているジームスの額には、玉のような汗が浮かんでいる。


 ジームスはこちらの意図を読み誤ったと察し、必死でこちらの求めるものを考えているようだ。


「マリーダ様、エルウィン家の考えるヴェーザー河防衛の基本理念をジームス殿にお伝えください」


「我がエルウィン家のヴェーザー河防衛の基本理念は、『売られた喧嘩は、必ず買って相手の根拠地まで乗り込んで叩き潰す』なのじゃ! ヴェーザー河でエランシア帝国に敵対行動をした国・組織は渡洋してでも叩き潰すつもりじゃ!」


「は、はぁ!? 渡洋ですと!? 河川防衛のみだけでなく?」


「当たり前なのじゃ! うちが仕切る河で敵対行動を見せれば、容赦なく潰すつもりじゃ! もちろん、外国船籍の船もこちらに敵対すれば潰すのじゃ! くひひ、これはいくさを仕掛ける良い口実得たのじゃ! くひひ、いくさが妾を待っておる! はぁー、たまらんのう! 早く焼き討ちで沈む船を見たいのぅ!」


 マリーダさん、顔がだらしなく弛緩して涎が垂れてますけど。


 せっかくの楽しい妄想をしているところを悪いのですが、まぁ、俺がそんな無軌道ないくさはさせませんよ。


 ただ、鬼人族が生粋の戦闘民族だと知っているジームスからしたら、マリーダの言葉が現実味を帯びて聞こえているはずであった。


「ア、アルベルト殿!? 正気なのですか!?」


「ええ、まぁ。マリーダ様がやると言えば、私としても家臣として従わざるえないので。先ほどの書類に載っている艦種では外洋には出られないため、突き返させてもらっただけのこと」


「エルウィン家は本格的な外洋艦隊を持つと!?」


「ええ、まぁ。エランシア帝国は大陸国家ですが、うちの領地はヴェーザー河を下って外洋に出れますしね。メトロワ市辺りに艦隊駐留基地を整備する計画もしてますよ。とはいえ、予算の限度というものがありますし、整備には何年もかかるかと思いますけどね」


 実際、本格的な外洋帆船による艦隊を持つには膨大な金がかかる。


 もちろん、維持費も膨大だ。


 エルウィン家が稼いでいるとはいえ、何百隻も作れるほどの資金はない。


 五ヶ年計画で三〇人乗りの大型外洋帆船三〇隻の調達。


 年間六隻の建造が、今のエルウィン家の持つ資力で無理なくできる範囲だった。


 仮想敵国であるロアレス帝国は、大型外洋帆船一〇〇隻、中型交易改造帆船三〇〇隻、小型帆船一〇〇〇隻と圧倒的な海上戦力を持つけど、艦隊はいくつも分かれ、それぞれ寄港地を決められて分駐しているとの報告を受けている。


 ロアレス帝国の各艦隊司令官は、大貴族や王族が任じられており、お互いに功績をあげすぎないよう牽制しあっているらしいので、皇帝が全艦隊を率いない限り、膨大な海上戦力が結集することはないと見ていた。


 個人的には黒虎将軍とその夫人の動向だけ気を付ければ、そこまで恐れる国家ではないと送り込んだ諜報員たちの報告書から判断している。


「本気のようですね」


「ええ、まぁ」


 ジームスはこちらの本気度を感じ取ったのか、隣の側近に視線を送ると、別の書類を差し出した。


「お求めの大型外洋帆船の艦種と性能、それと建造費用の一覧です。輸出用の最高クラスまで網羅したものとなっています」


 新たに受け取った書類にはヴァンドラが建造できる最高クラスの大型外洋帆船の艦種が載っている。


 だが、俺たちが欲しいのは輸出用にスペックダウンした船ではない。


 ヴァンドラの持つ艦隊が使う、最高レベルの技術を使った船だ。


「すまないが、これでもないので返させてもらう」


「妾はさいきょーの船しか興味ないのじゃ! ヴァンドラは都市国家とはいえ、強い船を持っておると聞いておるぞ! 妾はそれを所望しておる!」


 ジームスは額に浮かんだ玉のような汗をハンカチで拭いた。


「これが我がヴァンドラの誇る最強の船を網羅した書類ですが……。さすがに艦隊向けの船を販売するのは、私だけの権限では――議会が紛糾しかね――」


「ならば、今年の用心棒代は返却して、いくさをさせてもらおうかのぅ。妾は欲しい物はどんなことをしても手に入れる性分なのでな。ヴァンドラは、妾に船も買わせてくれぬのか。そうか、それは非常に残念。でも、ジームスが選んだ選択なので首と胴が離れても後悔だけは――」


「お、おおおお、お待ちください! 我らヴァンドラはエルウィン家のために奔走しておる防衛協定を結んだ友好国ではありませんか! それを急に破棄して攻めるとは!」


「妾は欲しい物を手に入れたいだけじゃ。アルベルト、妾は悪いのか?」


 事前に打ち合わせていたようにマリーダが、俺に判断の可否を問うてきた。


 まさか戦争になるとは思っていなかったようで、ジームスは蒼白な顔をして俺を見つめている。


「エルウィン家ですし、マリーダ様なので致し方ない気もしますなぁ。ジームス殿、これも乱世の習い。お覚悟を!」


「ままま、待ってくれ! エランシア帝国は従うことを決めた国家を攻めるのか! 皇帝がこのようなことを許すとでも!?」


「ジームス殿、防衛協定を結んだのは『エルウィン家』であって、『エランシア帝国』ではありませんよ。エルウィン家は大陸にその名を轟かせた戦闘民族なので、やる気になってしまったマリーダ様を私が止めることは無理ですね」


 俺の言葉を聞いたジームスが、マリーダの鋭い眼光に射抜かれて腰を抜かして床に座り込んだ。


 まぁ、戦争する気は毛頭ないけど、たまには脅して自分たちの立場を常に自覚しておいてもらわないとね。


 うちのお財布係兼、敵対国からの物資購入窓口なんだし。


 それに、ヴァンドラのものは、エルウィン家のもの。


 エルウィン家のものは、エルウィン家のものだしね。  


「アルベルト殿! それではあまりにも無体な仕打ちではありませんか!」


 マリーダがスッと立ち上がると、腰を抜かしていたジームスの隣に屈み、首筋に手を掛けた。


「妾はヴァンドラ最強の船を出してくれれば、満足じゃと言うておるのじゃ。そんなに難しいことでもなかろう?」


「それは――」


「なら、戦争してでも手に入れるだけじゃ。今年はまだ暴れておらんからなぁ。皆、激しいいくさになるであろうなぁ」


 ジームスの首に手を掛けたまま、マリーダが明後日方向に視線を向けた。


 おお、こわ。


 ジームスの可哀想すぎるけど、でも乱世じゃしょうがないよね。


「ですが、あれはヴァンドラの技術を結集した船でして……外に出したら、私は議長として責任を追及されてしまう」


「私はエルウィン家に利益をもたらす人を見捨てたりはしませんよ。ジームス殿は、我らの家に利益をもたらしてくれる人であると認識しておりますが」


 マリーダによって首に手を掛けられ床にへたり込んでいるジームスの前で、俺は肩に手を当てて微笑んでみせた。


「私にヴァンドラを裏切れと!?」


「そのような難しいことを頼んでおりません……『エルウィン家のために』働いてくれるだけでけっこうです。ね、簡単なことでしょう」


 ヴァンドラを実質的に仕切っているジームスの交易手腕は、エルウィン家の財布として大事な能力だから、間違って殺さないようにしないと。


 ただ、このままじゃ最高機密である船を提供したジームスの責任を追及する輩も出てくると思うので、彼の立場が強化される功績をプレゼントしてあげないといけないな。


 ロアレス帝国と通じてて、彼の国の密偵の出先機関が設置されてるモラニー市でも叩き潰して、ヴァンドラに進呈するか。


 ヴェーザー河の防衛に絡めて、開戦理由をでっち上げれば魔王陛下の許可はいらないしね。


 ロアレス帝国もまだ進出するほどの基盤は整えてないだろうし。


 ヴァンドラにモラニー市を統治させれば、後はヴェーザー河の河口近くまで山岳地帯が続き、南岸の河口近くにあるシュルオーブ市しかなくなる。


 モラニー市を落とすためにうちが動けば、西部で色々と策動してる連中も騒ぎ出すだろうしね。


 色々とそっちの仕掛けも進んでるはずだ。


 俺は色々な思惑を押し隠し、船の提供を渋るジームスに対し、こちらに付く褒美を示すことにした。


「ジームス殿、最新鋭の大型外洋帆船の提供をしていただければ、我がエルウィン家が攻め潰したモラニー市の管理をお任せしたいと思っております。都市はなるべく無傷で手に入れるつもりをしております。モラニー市議会議員たちには、ジームス殿の統治を承知させます。どうです? ヴェーザー河南岸にある港はヴァンドラの思うままですぞ」


「なん……です……と」


「我が家攻め潰したモラニー市をヴァンドラに……いや、ジームス殿個人に寄贈してもいいという耳寄りなお話です」


 眉がぴくぴくと反応してる。


 ヴァンドラに寄贈するよりか、ジームス個人に寄贈しておけば、最悪排除する時に面倒がないって意味も含んでいるが。


 ヴェーザー自由都市同盟の市議会議員たちは基本、交易商人だし、個人的な資産の増加は店の基盤が強化されるのと同じであった。


 金があれば、議会も色々と抑えつけられるって事にも繋がる。


 そして、用心棒であるエルウィン家の威光があれば、歯向かう者は少ないはずだ。


 ジームスは利益を天秤にかけ、必死に計算結果を弾きだそうとする。


 そして、怯えた顔から徐々に口角が上がり笑みを浮かべていく。


 はい、これでこっちの思惑通り。


「我々は、いい『トモダチ』になれそうですな!」


「エルウィン家は、『トモダチ』を大事にする家ということだけは覚えておいていただければ」


「承知した。では、ヴァンドラの最新鋭大型外洋帆船のエルウィン家への技術供与を議会で承認させます。それで、エルウィン家は何隻ほどご入用でしょうか。最新鋭ゆえ、値は張りますが性能はロアレス帝国の船にも劣らぬものと自負しております!」


 俺はニタリと笑うと、エルウィン家に取り込んだジームスを立ち上がらせ、椅子に座らせると会談を再開することにした。



――――

不定期ですが、更新再開します。

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