第一一一話 代官人事を早急に決めないと死ぬ


 帝国歴二六三年 青玉月(九月)


 物納分の食糧が各村からアシュレイ城の倉へ運び込まれ、城内が人で活気づいている。


 今年は年初から大きないくさもなく、天候にも恵まれ、二年続けての豊作となり、倉には新たに運び込まれた糧食をしまい込むため、文官始め武官の鬼人族たちも忙しそうに動き回っているのが見えた。


 同時に拡張した商業地の自由市で、古くなった糧食の放出市を行っており、それを目当てに、各地の酒保商人を始め、街の飲食店の主人たちも集まり、街中も活況を呈している。


 そんな喧騒とは、また別の喧騒が俺の前で展開されていた。 


「マリーダ様、今日の政務がまだ残っておりますよ。さぁ、印章押しをお願いします」


「くぅ、帰ってきたらすぐにこれじゃ。妾はエミルたんとお風呂に入りたいのじゃ」


「ダメです! エミルとのお風呂は、政務を終えてからとお約束しましたよね?」


「はぁー、お風呂。妾の頭の中はもうお風呂なのじゃー」


 マリーダはリシェールに文句を言いながら、椅子に身体を投げ出し、傍らに控えるエミルのお尻を触って駄々をこねている。


 ラルブデリン領から帰ってきてからは、よほど温かい風呂が気に入ったのか、邸内にエミル専用のカマド焚きの石風呂を作らせ、お風呂係に任命し、毎日接待をさせているのだ。


 エミル自身、というか蛇身族自体が世話好きな種族であり、色々と甲斐甲斐しくお世話をしてくれるため、メイドの諸先輩方からも可愛がられているそうだ。


 もちろん俺もお世話してもらっているし、嫡男アレウスや次男ユーリの入浴も乳母のフリンとともにエミルがお世話をしてくれていた。


「ダ・メ・で・すっ! ノルマを守らないとメイド長として、エミルとの入浴は禁止させてもらいますからねっ!」


 机をダンと叩いてリシェールはマリーダに詰め寄っていた。


 エルウィン家で、俺以外にマリーダを御せるのはメイド長となったリシェールくらいだ。


 筆頭家老のブレストもいちおう抑えは利くが、政務やいくさではストッパーにならない。


 俺不在時は、リシェールが地上最強生物の調教師として頑張ってくれている。


 彼女はとても利口で、マリーダを操れる立場となった今も政務遂行と奥向きの身の回りのこと以外、口を出さないため、俺は彼女に全幅の信頼を寄せていた。


 そんな彼女に感謝の印として子ができれば、新たな家を作って領地を与え子に継がせようとも思っている。


「マリーダ様、頑張ってください。エミルはずっと応援しておりますっ! マリーダ様なら、きっとこの政務を片付けてお風呂にお越し頂けるはずですからっ!」


「エ、エミルたんっ!? そこまで妾のことを想ってくれるのか! よし、妾はやるのじゃ! リシェール! 新たな書類をもて!」


 エミルの応援を受け、やる気を取り戻したマリーダはだらけた格好から、ぎゅいんと背筋を伸ばし椅子に座り直すと、リシェールに決裁待ちの書類を要求していた。


「はいはい、あと二〇枚ですね。よろしくおねがいしますよっ!」


「嘘じゃ! そんな枚数があるわけがっ! これはリシェールの陰謀なのじゃ!」


 知らぬ顔して、決裁枚数を増やしたリシェールに目線で『よくやった』とアイコンタクトを送る。


 サボった時用に普段から多めの決裁を処理してくれているため、今年は年末に地獄を見ずに済みそうな気配がしていた。


「あひぃいっ! 嘘じゃ! このような枚数を処理したら死んでしまうのじゃ」


「マリーダ様っ! 頑張ってください。エミルはずっとお待ちしてますからっ!」


「エミルたんっ! やってやるのじゃ! 妾はエミルたんとお風呂に入るため、この陰謀を食い破ってみせようぞ!」


 メラメラとやる気を見せた、マリーダがものすごくやる気を見せている。


 エミルもわりと人を乗せるのが上手いので、マリーダの事務処理能力が若干の向上を見せていた。


「エミルちゃーん。アレウス様が鍛錬からお戻りになられたので、お風呂お願いしますねー」


「エーたん。おふろー!」


「あ、はーい! すぐにまいりまーす」


 マリーダを焚きつけたエミルは、アレウスを伴ったフリンに呼ばれ、邸内の奥に作られた浴室へ姿を消した。


 そのことを政務に集中していたマリーダは気付かないでいる。


 マリーダ、可愛そうな子……。


「アルベルト様もお仕事をお願いします。文官たちは徴税作業で出払っておりますので」


 イレーナがどさりと書類の束を机の上に置いていく。


「あ、あれ? この量おかしくない? 明らかに塔みたいな高さになってるんだけど?」


 この時期は、文官たちも物納される食糧の検量作業に駆り出され、事務作業が滞るので俺の業務量は増えているのだ。


 とはいえ、この量は尋常じゃない。


 年初からコツコツと頑張って片付けてきたのに、ここにきて書類仕事が急増しているのは何かの陰謀に違いない。


「これは誰が仕組んだことだね? こんな量になるなんてありえないだろう?」


「いえ、決裁書類の大半はラルブデリン領に関するものですので、陰謀ではありませんよ。蛇身族の件で奥様に怒られたワリド様の代わりに派遣されたクラリスさんが、密偵たちの拠点を構築しつつ、あちらの色々な業務の確認を送ってきておりますので、この量になっております」


 俺の方へ倒れ込みそうな書類の量を見て、若いクラリスを派遣したことを悔やむ。


 族長をやってるワリドならそれなりにこなせたと思うが、やっぱりクラリスに統治までさせるのは酷だったな。


 判断できんものは俺に回せと言ったが、この量だと諜報関係以外は全部丸投げしてきてるに違いない。


「これは早急に代官の人選をして送り込まないと俺が死ぬな」


「ですね。こちらが候補者の書類となっております。若いですが内政処理に関しては有能な者と判断いたしました」


 内政人事に関しては、ミレビス君とイレーナが上げてくる身辺調査済みの者を採用するのが通例となっているため、今回もすでにピックアップ済みだったようだ。


 えーっと、商家の三男坊でフォローグ君か。


 年齢二五歳、若いねー。独身ってことは単身赴任も問題なし。


 ラルブデリン領の代官は、倉鼠の美人局係の綺麗なお姉ちゃんたちや蛇身族との折衝もあるし、結婚してると色々と問題が起きそうだから独身なのは助かる。


 あと遠隔地であるため、代官の判断に頼るところが多い。


 ミレビス君の下で予算編成を経験し、徴税業務も経験ずみ、去年からイレーナの下に入って各種調整業務もやってる。


 内政能力に関してはミレビス君、イレーナ、ともにお墨付き。


 あとは俺のリアル面接のみってとこだな。


「書類にしてあるってことは、もう呼んであるよね?」


「はい、呼びますか?」


「ああ、ここで面接するから呼びたまえ」


「承知しました。呼んでまいります」


 室外に消えたイレーナをしばらく待つと、彼女が一人の青年を伴って執務室に戻ってきた。


 デカいっ! なんつうデカさだ! それに太い!


 って、別にナニの話ではない。


 代官候補として呼ばれてきたフォローグ君は縦にも横にもデカく太い男だっただけの話。


 身の丈二メートル、体重は一四〇キロくらいはあるであろう力士体型をしたスキンヘッドのつぶらな瞳をした男に、俺は圧倒されていた。


―――――――――――

今回も長いので分割します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る