第九十四話 大魚が網にかかりそう


 侵攻二〇日目


 戦場処理と補給を終えた俺たちは、農村を焼き討ちしつつ、敵の首都サイタルゾンに迫っていた。


 敵は戦力の七割を喪失した会戦の余波でエルウィンの赤い鎧を見ると、引きつけを起こすようで、侵攻する速度は疾風の如く速まり、予定よりも三日ほど前倒しで首都の見える場所に陣を構えている。


 敵首都の様子を見ていた俺の隣に、爽やかな笑顔を浮かべたフランがやってきた。


「いやー、捕虜から剥いだ鹵獲武具も卸して頂けるとはありがたい。今回エルウィン・ベイルリア連合軍の補給路確保を手伝った酒保商人の仲間たちもホクホクですな」


「その補給を担っているフラン殿が、一番儲けている気がしますがね。まぁ、鬼人族の連中は武具にうるさいんで目に適わなかった中古武具はゴミみたいなもんでね。それに後送者だけでは荷馬車も空荷になってしまうでしょ」


「左様ですな。エルウィン軍の旗上げて、赤い鎧を着ていれば、敵は勝手に逃げ出して行くので輜重隊の被害もほとんどありませんし。ゴミはきちんと処分いたしませんといけませんしね」


「油断だけはされませんように。戦場は何が起こるか分かりませんので」


「承知しております。では、私は輜重隊とともにテルイエ領まで後送者と鹵獲物資を積んで帰ります」


「お気をつけて」


 フランが一礼して去っていく。


 入れ替わるようにクラリスがやってきた。


 手にいくつかの書簡と書類をもっている。


「まず、正統アレクサ王国のゴラン王からの書簡が、リゼ様から転送されきてるわ」


「ゴラン王からだって!? ドサクサにまぎれてアレクサ王国が攻める気配を見せてるのか!?」


「分かんない。アルベルトだけ見せろって、ゴラン王直筆の添え書きがされているから、リゼ様も中身確認してないわ」


 ゴランが俺だけにだって!? 他の人には見せられない重要な情報ってことか!?


 オルグスのやつが詫び入れて、ゴランに王位を譲る気になったとか、そういった話だとヤダな。


 わりと有能なゴランがアレクサ王国を統一すると、また近くに敵を抱えることになる。


 クラリスから受け取った書簡の封蝋を溶かし、中身を読んでいく。


「…………夢魔族最高かっ!! 俺もお相手してほしいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!!」


 ゴランの送ってきた書簡の中身を読んで思わず叫んじゃったよ!


 夢魔族のリゼル、夜のベッド無双しすぎぃいいいっ!!


 ゴランのやつ、リゼルのテクニックにメロメロやんけ! ご丁寧に夜のことを書簡にまとめて送ってくるとは! 変態か!


 無駄に詳細に書きやがって! こっちがムラムラしちまうだろ!


 目の前にいるクラリスは、顔を引きつらせてドン引きしていた。


「な、なにが書いてあったのさ?」


「あ、ああ。すまない。取り乱した。書簡の中身はゴラン王に輿入れされたリゼル殿と仲睦まじく暮らしておるとのことで、火急の要件というわけでもない。ゴラン王はリゼル殿がおる限り、こちらに剣を向けることはなくなった」


「へぇ、そうなの。それはよかったね」


 完全に魔王陛下の策が、バッチリハマってしまった。


 夢魔族の夜の奉仕の虜になったゴランは、もうリゼルなしでは生きられないだろう。


 さすが魔王陛下、えげつねぇー。


「じゃあ、次の連絡。魔王陛下とヨアヒム様から来てる。『敵軍、べネワ山地防衛基地を放棄しグカラ、ツンザに向け撤退、親征軍とノット家軍、イントス領から出陣、失地を回復しつつべネワ山地の防衛基地を無血占領。ノット家軍を先頭に二万四〇〇〇兵で敵軍追撃中』だってさ」


 さすが、魔王陛下は動きが速い。でもこれで、逆侵攻作戦を立案したことになってるヨアヒム様も、家臣からの信頼を急回復していくはず。


 そろそろ、うちも敵国首都を眺める生活をやめて、避難民と敗残兵、撤退してくる味方の軍でごった返すグカラ、ツンザを落としにいくか。


 その二領が落ちれば、敵軍は補給を完全に断たれ、孤立して挟撃されることになる。


 魔王陛下とショタボーイを援護するため、迅速に落さないとな。


 避難民の中に仕込んだ協力者たちも使って、一気にやろう。


「よし、クラリス。グカラ、ツンザに潜ませてる協力者に連絡。城外にまであふれている避難民を収容するようにと責任者に訴えさせ続けろ」


「いいけど、断られるでしょ?」


「断られてもいいから訴えさせ続けろ。避難民の怒りが責任者に向けばいいだけだからな。私らが城に近づくほど、城内に入れない避難民が怒り狂って敵兵と押し問答になるはずだ。ゴタゴタしてる隙にうちが強襲して占拠する」


「あー、なるほど。いくさが近づくと門を閉じる閉じないで、揉めるってことか。おっけー。協力者たちには連絡いれておく」


「あとは、グカラ、ツンザの城内に『エルウィン・ベイルリア連合軍により首都サイタルゾン陥落』の虚報を流せ」


「それもすぐにバレるんじゃ……」


「信じる人がいれば儲けものってこと。不信の種はいくらでもばら撒いた方がいい。考えが統一されない組織は脆いからね。降伏したそうな兵をあぶり出すには絶好の餌だと思う。釣れた連中には避難民を収容しろと声高に言わせるように」


「あー、それで城門を閉じさせないで、避難民と責任者の押し問答を長引かせるんだね。いや、ほんとアルベルトは悪辣だね。あたしらより断然黒いよ」


「黒くてけっこう。私は、エルウィン本家と、自分と縁のある家が守れればそれで満足なのでね」


「アルベルトを敵に回したら生き延びられる気がしないね。さって、放り出されないようお仕事してこよ」


 クラリスは持っていた書類を俺に手渡すと、各種連絡を指示するべく、天幕の方へ戻っていった。


 予想していたよりも、早く敵が干上がってくれたな。


 会戦の勝利もデカかったが、徹底した焼き討ちと食糧廃棄の効果も出た。


 あと、アレックス君とミラー君が農兵たちを巧みに操って、避難民と敗残兵をグカラ、ツンザに誘導したのが功を奏したんだろう。


 一気に必要物資量が跳ねあがったことで、侵攻軍の飯を支えていたグカラ、ツンザの物流網がパンク。


 敵侵攻軍は物資欠乏に加え、エルウィン・ベイルリア軍に怯えた首都からの帰還命令も出て、築いたもの全部放棄して遁走中。


 さて、あとは網にかかった敵軍二万二〇〇〇の大挟撃作戦の総仕上げするか。


「マリーダ様! いくさをしに行きますよ! すぐに兵どもをまとめてください!」


 俺は、大人一〇人がかりでも引けない大弓を敵首都に向け構えて、矢を放っていたマリーダたち鬼人族に声かけた。


 彼らは、ここから二〇〇〇メートルほどはある敵首都の城兵狙撃キル数を競い合っていた。


 城兵が脳天を撃ち抜かれて倒れるたび、鬼人族たちから喝采が上がっている。


 二〇〇〇メートル級の狙撃を弓でするとか変態すぎるだろ! と突っ込みたくもあるが、一部の変態がやってしまう種族なのだ。

 

「いくさか! 妾もそろそろ弓を引くのに飽きてきたところじゃ! 皆の者、出立の準備を早急にせよ! 腕が鳴るのじゃ!」


「くそう! マリーダに負けたままというは悔しいが、いくさの方が大事。ワシらも後れを取るな! ラトール! 当たらん弓を無駄撃ちするな! さっさと支度せい」


「当たっただろうが! 数は少ないが当てたぞ! 親父、訂正を求める!」


「うるさい。副将の分際で大将に口答えするなんて、一〇〇〇万年早いわ!」


「くそがぁあ! 大将づらしやがって!」


 また、親子喧嘩か。


 もはや、芸の領域に達してるよな。あの二人。


「マリーダ様、馬をお連れしました。兵たちはおいおい追いついてくるでしょうし、先行いたしましょう」


「さすがカルアたん、気が利くのぅ。叔父上、ラトール、妾は先に行くぞ!」


「マリーダ! 当主とはいえ抜け駆けは許されん行為だ!」


「親父! こっちもすぐに準備するぞ!」


 相変わらず、鬼人族どもはいくさになると騒がしい。


 アレウスたんが、脳筋思想に染まらないようにしないとな。


 アルコー家を継ぐユーリたんは、ミラー君が守役になることが決定してるし、アレウスたんには、アレックス君を守役にしようかな。


 できれば武勇よりも、エルウィン家の兵の指揮をできる男になって欲しいしね。


 その後、ツンザ攻略をベイルリア軍に任せ、俺はエルウィン軍を率いてグカラ攻略をするべく、敵国首都に別れを告げ、軍を西に向けた。

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