第八十五話 ノット家の隠し事、聞いてみた

「当家が守護者として任じられている東部戦線の戦況が芳しくないのはご承知かと思いますが……」


 エランシア帝国の東部で国境を接するゴンドトルーネ連合機構国に押し込まれてたはず。


 ゴンドトルーネ連合機構国の前身組織は、大陸最大のダラールザ平野にあった、農畜産を主要産業にしてた国家群に住む、農畜産家や農畜産物を扱う商人によって横断的に組織された農業協同組合。


 つまり日本で言うところの農協さんが、大規模な組織力によって、王権国家を丸ごと乗っ取り、政治、経済、国家戦略まで決めるようになった国。


 『農協の持ちたる国』が『ゴンドトルーネ連合機構国』だ。


 組合員となった者による地区代表者選出投票がされ、選ばれた地区代表者は理事なり、国家運営を決める議会ともいうべき、理事会に参加するらしい。


 あと、理事の投票によって選出された代表組合長が、四年の任期で国家元首を務めるそうだ。


 建国されてまだ二〇年ほどの若い国家だが、農畜産物生産量は周辺国一で、豊富な食糧事情のおかげで人口は多く、余剰食糧の輸出によって財政を賄っているそうだ。


 国是は『農畜産家天国万歳! 農畜産業こそ、国家の礎なり!』らしく、変態的なほどまでに手厚い農畜産家保護政策が取られていると聞こえてきている。


 ただ、その分軍事力はそこまで強くないって聞いてたんだが。


 代々東部守護者として、ノット家が守り拡大してきた地の半分近くがこの数年で奪われている。


 ワリドに戦況を調べさせてるが、人員不足で詳しい話は中々入ってこないんだよな。


 マジで使える忍者組織がもっと欲しい。


「戦線が押し込まれている原因は、ゴンドトルーネ連合機構国の使う新たな兵器によって、こちら兵が次々に傷つき倒れまして……。前線で兵を指揮していた父も傷を受け、その傷がもとで戦陣で亡くなったと聞いております」


 ん? 敵が新兵器を使った?


 そんな報告、魔王陛下にも上がってきてないでしょ!? まさか、敵国の新兵器で押し込まれたと報告すると、自家の恥とか言い出したやついないだろうな。


 東部戦線の戦争を主導するノット家が、意図的に魔王陛下へ情報を隠して報告してる疑惑がでてきたぞ。


「ちょ、ちょっとお待ちください。ゴンドトルーネ連合機構国が新兵器を開発していくさで使用しているなどという話は初耳ですが」


「それは……」


 ショタボーイの眼が泳いだ。


 やっぱり、意図的に魔王陛下への報告から省いてる臭い。


 四皇家は半独立国家だから、魔王陛下もショタボーイの様子から、薄々何かを感じ取ってても追及できないって状況か。


「敵が新兵器を使ったとはいえ、半分も領土を奪われしまったことを自家の恥として、報告から省かれておりますな?」


 俺からは言い難かった言葉をステファンが代弁してくれた。


 魔王陛下の懐刀と言われるステファンの追及に、ショタボーイは隠し切れないと察したようだ。


「私は包み隠さず魔王陛下に報告して援軍を仰いだ方がよいと申したのですが……。叔父上が強硬に反対しまして……。いくさに参加した家臣や領地を失った家臣たちも叔父上の支持に回ってしまい、私の意見はノット家の家臣に届かなくなってしまっているのです」


 おぉ、おお……これは予想以上の状況だったわ。


 当主と家臣の溝があると思ってたノット家が、叔父と甥とでお家騒動の真っ最中だったよ。


 どおりで、この奇跡的な会見が、ノット家派閥の家臣に邪魔されることなく実施されたわけだ。


 邪魔がなかったということは、ショタボーイ派の家臣は、相当少ないと見るしかないね。


「ヨアヒム様の叔父上……オライト殿か」


 ヨアヒムの叔父にあたる人が何人かいるが、ステファンの出したオライトはたしか……。


 魔王陛下嫌いの急先鋒だったはず。


 あー、なるほど。


 これは香ばしい匂いがただよってまいりました。


「ステファン殿、どうか名前は出さずにお願いします。この話が漏れれば、私の首が離れかねません」


 やたらと人目を気にしてたのは、オライトに知られるのを嫌がったということか。


 これは上手く立ち回ればヨアヒムの信頼を得られ、エルウィン家の影響力を確保できる可能性が出てまいりました!


「ご事情は理解しました。そこで、一つご質問が。ヨアヒム様は、ノット家当主としてどうされたいのですか?」


「もちろん、東部守護者としてゴンドトルーネ連合機構国に奪われた領地の奪還を果たしたい。父の仇討ちでもありますし。ただ、戦力を大いに損耗したノット家単独では勝てないため、魔王陛下にこちらの実状を包み隠さず報告し、大援軍を要請して圧倒的な戦力で奪還作戦を遂行するべきと思っております」


 数年のいくさで、ノット家の戦力にどれくらいの損耗が出てるのかこちらでは把握できてない。


 ただ、状況の好転が見られない以上、かなりの戦力を消費していると思われた。


 まずは、奪還作戦を策定するための情報集めからだな。


 ステファンのところの諜報網とも、連絡を密にするようにワリドに伝えておくか。


 忍者組織集めの優先度もアップ。


 ノット家家臣団内でのヨアヒム派とオライト派の早急な色分け。


 ノット家の総戦力と敵戦力の把握。


 ゴンドトルーネ連合機構国の新兵器も聞き出さないとな。


 脳細胞がギュンギュンとうなりをあげて動くぞ。


「ヨアヒム様の決意、このアルベルトがしかと聞きました。これよりは、心配事があれば私やステファン殿をお頼りください。他家のこととはいえ、幼少の者が命を脅かされているのは耐えがたきこと」


「アルベルトの申す通り。領境を接する者としてヨアヒム様のご身辺を平らかにして、領土奪還のお力添えができればと思っております」


「おぉ、魔王陛下の懐刀と言われるステファン殿と、『金棒アルベルト』殿が私の心配をしてくれるとは、これほど心強いことはない」


 ごめんよ、ショタボーイ。


 うちの家のさらなる安定化のため、君のことを利用させてもらう。


 でも、悪いようにはしないから大丈夫。


 東部守護者としての威光回復と、領地奪還、当主に従順な家臣団への再編って果実は君に渡すつもりだから。


 対価は領内の鉄鉱山の採掘権の一部と、ノット家、ベイルリア家、エルウィン家間での有力家臣との婚姻同盟締結って感じ。


 うちは家老格ブレストの息子ラトールに、ノット家の有力家臣の娘をもらいてぇ。


 嫁ができれば、ラトールもちったあ落ち着くはずだと思いたい。


「何やらいくさの匂いがするのじゃ」


 おっと、野生動物が俺から漏れ出したいくさの匂いを嗅ぎ取ったようだ!


 ステイ! まだ、早い! 


 色々な準備ができれば、今回はアレクサ王国とのいくさ以上の派手ないくさになると思うんで、脳筋たちも大満足のはずだ!


 だから、まだステイしててくれ!


 その後、なんとかヨアヒムを丸め込んで、近いうちに各家の諜報担当者を通じて秘密連絡網の構築をすることを了承させた。


 これが機能すれば、ツーカーレベルとまではいかないが、意思疎通が問題なく図れるくらいにはなるはずだ。

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