第七十四話 帝国内もきな臭い

 帝国歴二六二年 カンラン石月(八月)


 リゼたんのお腹が大きくなって、臨月間近になってきた。


 お腹に耳を当てると、子供が動いている音が聞こえてくる。


 アレウスたんも、もうすぐお兄ちゃんだ。


 男ならユーリ、女ならアレスティナと決めている。


「どっちかなー。アレウスはどっちだと思う?」


「アレウスにも分かるわけないよね。オレだって分からないんだし」


 リゼのおっぱいを飲んでいたアレウスはキャッキャと笑うだけだった。


 乳が出ないのではと心配していたが、フリンとマリーダのマッサージで出るようになったので、今はアレウスで授乳の練習中だ。


 リゼは中性的な感じが強かったが、母となった今は女性的な魅力も増えてきている。


「でも、『金棒』アルベルトの子供が産まれたら、きっとスラトの人たちも喜んでくれる。みんな、アルベルトの知恵に畏敬を抱いてるからね」


 アルコー家の治めるスラト領には、俺のが下賜された農村もあるんで色々と縁が深まっている。


 ミラー君の指揮するアルコー兵は、忠実に防衛任務をこなしてくれるため、いろいろと頼りにしているのだ。


「大事な俺の子が継ぐ領地だからね。アシュレイと同じようにスラトもしっかりと発展させるつもりさ」


「ありがと。オレも動けるようになったらまた手伝うから」


「今はしっかりと子供を無事に産むことだけ考えててくれればいい。ほら、アレウス、おっぱいの時間は終わりだぞ」


 リゼからアレウスを受け取ると、背中を軽く叩いてげっぷさせる。


「アルベルトは本当に子煩悩だね。育児に関わらない男性は多いのにさ」


「大事な俺の息子だし、母親があのマリーダだろ。関われるところは関わってないと脳筋にされかねない」


「あーたしかに。マリーダ姉様に任せるとそうなるかも」


「リゼの子も俺がちゃんと面倒見るから、安心してくれ」


 脳筋たちに影響を受けたら大変だからね。


 子供たちには、ちゃんとした教育を受けさせてやりたい。


 って、キリッとした顔で語ろうかなと思ったけど、アレウスたんが俺の肩に戻したのでキレイ、キレイタイム突入。


 うん、まぁ、パパ業は大変なのだ。


 フリンを呼んでアレウスを任せると、吐しゃ物で汚れた服を着替えに寝室に戻った。


「これは災難でしたな」


「ワリドか。別に災難ってほどのことじゃないさ。自分の子供のものだしね。で、自身で報告にくるなんて珍しいけどどうかした?」


 ワリドへの指示はリュミナスを通じて行うことが増えていて、アシュレイ城に顔を出すのは珍しいことだった。


「実は、帝国貴族の一部からエルウィン家への過重な恩賞に対する当て擦りが強まっておるようで……。魔王陛下も対応に苦慮されているとのこと」


 めんどくせー、今度は身内の嫉妬かー。


 仕事の対価をきちんともらってるだけなのに、仕事してない連中が騒いでるってことか。


 魔王陛下も皇帝として絶対的な権力を持ってるわけじゃないからなー。


 まぁ、たしかに戦功があったとはいえ、二年で実質三領地を与えられ子爵まで爵位も上がれば嫉妬も出るか。


 俺が内政を頑張った結果、戦力や経済力で見れば伯爵級の家でもおかしくなくなってるしね。


「身内の嫉妬ほど面倒なことはないな……。で、文句言ってるのはどこ?」


「主に魔王陛下に噛みついているのは、ワレスバーン家に近い貴族たちでエルウィン家過重恩賞追及派の筆頭はバスフェミ家の当主ブモワだという話」


 バスフェミ家……のブモワ……。


 !?


 あーー! マリーダの元婚約者! 拳でぶん殴られて半殺しにされたキモ豚当主か!


「婚約破棄の恨みか……」


「それもありますし、ワレスバーン家からもシュゲモリーから選出された魔王陛下に突っかかれと密命が出てるみたいでして」


 ワレスバーン家の現当主は、魔王陛下と最後まで皇帝の座を争った人だったな。


 『赤熊髭のドーレス』と呼ばれ、麾下の獣人たちを率い数々の武功をあげた猛将だと聞いてるが。


 皇帝選挙勝利後、新皇帝に忠誠を捧げる式典には参加したはず。


 今頃になって不満をぶちまけるとはいったいどういう了見だろうか。


「なんで、今頃になってワレスバーン家が魔王陛下に突っかかる?」


「赤熊髭殿が指揮する対フェルクトール王国戦が、膠着状態に陥って講和しましたからね。魔王陛下主導で進めてる対アレクサ王国戦が圧倒的優勢を構築しつつあることに焦ったのかと」


 自分ところが手詰まりで戦功があげられないから、部下たちの不満を逸らすため魔王陛下に文句言わせてるのか。


 マジ、めんどくせー。


「どうします?」


「んー、要は自分たちは戦争できなくて暇を持て余したから、大勝してる戦線のやつだけ恩賞もらってズルいって騒いでるんだろ?」


「ええ、まぁそうですな」


「じゃあ、うるさい口を塞ぐため、フェルクトール王国との戦争を再開させてあげればいい。魔王陛下の許可をもらってからだけどね」


「なんですと!?」


「双方の兵の格好をして互いの国境の村を焼けば、講和はご破算で戦争再開でしょ」


 あのパワハラ魔王陛下も、俺と同じようなことを考えてるはず。


 本当は内向きの謀略は国力を削ぐからやりたくないけど、相手が突っかかってくるし、うちへの悪口を放置もするわけにもいかないからなぁ。


 それに赤熊髭殿なら無様ないくさはしないだろうし、戦争再開しても大負けするとは思えない。


「戦争で忙しくなれば、こちらに構っている暇はなくなるというわけですか」


「ああ、そういうこと。四皇家の権力闘争とかに巻き込まれたくないし、魔王陛下の許可をもらったら秘密裏にやってもらえると助かる。すぐに魔王陛下への親書はしたためるからさ」  


「承知した」


 服を着替えると、急いで赤熊髭殿たちからの追及をかわす策を書いた書状をしたため、ワリドに託した。


 ふぅ、マジでめんどくさい。


 アレウスたんがエルウィン家の当主になる頃には、魔王陛下が四皇家解体しといてくれんかなー。


 皇帝選挙に絡んで内向きの謀略が行われるから、エランシア帝国が覇権国家になれないんだよ。


 俺はため息を吐きながら、政務をするため寝室を後にした。

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