第六十八話 アレクサの脳筋部隊
帝国歴二六二年 金剛石月(四月)。
「これは、マルジェ殿。こたびもまた多くの兵糧を提供して下さるとか」
「ええ、二〇〇〇の兵が、三か月は十分に戦える量を準備しておりますぞ」
「助かりますな。このティラナに籠っておれば。アレクサ王国のやつらも簡単に我らを討伐できまい」
「おかげさまで、私も色々と稼がせてもらっております。反乱軍の方々には頑張ってもらわねば。こたびの兵糧もご随意にお使い下さい」
ティラナに入って一ヶ月、ヒャッハー集団であった農民反乱軍にスラト方面から運び込んだ兵糧で餌付けをして、周辺農村への略奪をやめさせていた。
元々、税が払えないか、食い物に困っていた連中。
なので、食糧援助を申し出たら反乱軍すべてに情報が伝播し、各地を略奪して食糧を漁っていた部隊はティラナに集結していた。
誰だってただ飯食えるなら、命を賭けて戦う気なんてないってことさ。
うちの脳筋たちとは違ってね。
農民反乱軍の総数は二〇〇〇名。
大半が従軍経験のある農兵経験者。
武装度は領主たちの屋敷にあった武具を引っ張り出していて、まちまちな恰好をしていた。
大きな山賊団と言い表したあの村長の例えは、合っていた気がする。
大盤振る舞いの餌付けしたことで、反乱軍のリーダーたちは俺に心を許してきている。
やっぱ、ご飯大事。
奢ってあげれば、色々ということを聞いてくれる。
まぁ、その陰でリーダー層と兵隊たちの切り離し工作は順調に進んでるんだけどね。
切り離し工作は何をしてるかだって?
ちょっとした待遇の差を出してるだけさ、リーダー層だけが得をしてるように見せてる。
あと、ゴシュート族を使って、命を賭けても得したのがリーダー層だけだったと、吹き込み回ってるくらい。
それだけでリーダー層と農兵の間に大きな溝ができてる。
リーダー連中は気付いてないけどね。
この時代いい人は長生きできない。
注意深く、慎重で、疑い深い奴が生き残るのだ。
俺が仕掛けた離間の策に野性的勘で気付いた男が、反乱軍に一人だけいた。
兵力的には一番小さい集団だが、こちらからの提供した兵糧こそ受け取るものの、このティラナに寄り付こうしないのだ。
受け取った食糧は、兵たちの前でキッチリと平等に分ける徹底ぶりをする堅物リーダー。
そいつ名はバルトラード。
リーダーをしているので、村長かと思ったが、調べてみたらただの農民だった。
年齢二五歳、身の丈二メートル、体重一二〇キロとかいうドデカイ男だ。
六〇キロ近い大槌を振り回し、敵をなぎ倒すとかいう剛力。
よく通る声と自信に満ちた指揮によって、二〇〇名という少数ながら、バルドラードが反乱軍で一番強いとも言われているのだ。
そんな武張った男がティラナ集結の指示に従わないで、ティラナ近郊にある占拠した貴族の居城から動かない。
動かないなら、放置でもいいか……。
すでにリーダーを処断して、反乱軍を俺が把握する時期が迫っている。
時間が無いが、放置するのはなんだかお尻がモゾモゾする。
いちど会いに行ってみるか。
ということで、バルトラードのいるヒックス城に来た。
元領主の館。
現、山賊団の根城。
と思ったが、兵たちは整然としていて、反乱軍に多くに見られた浮ついた気配が見られない。
どこかで似た空気を嗅いだ気がする。
どこだろうか。うーん。どこだろう。なんか、デジャビュ。
「誰だ!! この城がバルトラードが治める城と知っての狼藉か!!」
大男が大槌を持って、門の奥から出てくる。
うーん。どこかで似たような空気感を。
護衛で来ていたカルアが双剣を構えて、俺の前に飛び出す。
「こちらの方は反乱軍に食糧を提供しておられるマルジェ殿だ。食糧を受け取っておいて狼藉者とは心外である」
「マルジェ……ああ、胡散臭い商人か。護衛に露出度の高い鎧を着せた女を侍らせるような軟弱者に興味はない。帰れ」
「我が主を愚弄するのは許さん」
バルトラードさん、あんた死ぬよ。
カルアさんがガチギレしてるって。
あの鎧に触れるのまでは許されるけど、彼女の中で最上位者の地位にいる俺を愚弄したらマズいよ。
軟弱者なのは認めるけども、それでも固い部分はあるんだぜ。
どこだって? そりゃあ……。
大槌をドンと地面に置いたバルトラードに笑みが浮かぶ。
「女が抜かしたな。よかろう。かかってこい。俺より強かったらさっきの言葉は取り消してやる」
ああぁああ! この空気感! 懐かしい!
バルトラードの持つ空気が、何か似ていると思ったが、脳筋一族の空気感だ!
こちらを囲んでいた兵たちが、ザッと分かれ、大きな輪ができる。
この動き、鬼人族の戦士たちが、ブレストとラトールの喧嘩で賭けをする時の動きとそっくりであった。
「さぁさぁ、バルトラード親分とド派手な衣装の女剣士の対決だぁ! 掛け率は二対五でいくぞ!」
兵たちが賭け事を始めた。
同じだ。ああ、残念ながら同じ匂いだ。
うちの脳筋どもと同じ行動原理をもった人種の集まりだよ。
陽炎を揺らめかせたカルアが双剣を構える。
凶暴な笑みを浮かべた、バルトラードが大槌を担ぐ。
「女。骨の一本は覚悟しろよ」
「自分がいかに矮小な生物か知るがいい」
何、この脳筋臭。
この世界。こんなのばっかなの?
もしかして、脳筋バルトラードが集結要請に応じないのは、反乱軍に自分より強い者がいないためではないかとの思いが脳裏をよぎった。
これでも一級脳筋鑑定士の資格を持つ男。
脳筋は自分より強いやつにしか従わない奴が多い。
脳筋連中は、所詮筋肉でしか語り合えないのだ。
「ふっ! ブレイジングスラッシュっ!!」
「うぬぅう!! 女がぁああ! 舐めるなぁ!」
あー、はい。毎度おなじみの筋肉が弾ける脳筋の語り合いです。
大胸筋や僧帽筋がビクンビクンしてる。
カルアはおっぱいがバインバインしてお尻がプルンプルンしてるけども。
兵士たちはヤンヤの喝さいを上げて、二人の戦いを見守っていた。
戦いは実力が伯仲し、三〇分ほどは打ち合っている。
バルトラード、マジTUEEE。
まさか、こんないい人材が農民反乱軍に参加してたとか思わんかったわ。
竜人カルアとまともに打ち合える実力者を連れ帰ったら、マリーダとかブレストとか、ラトールを始めとした鬼人族がお祭り騒ぎだろうな。
防戦を続けるバルドラードは鎧を脱ぎ、上半身裸で汗をかきながら打ち合いを続けていた。
けど、男の裸など見ていて楽しくない。
見るなら、女性の裸がいい。
カルアのおっぱいでも見てよう。ふぅ。
「よく私の剣を受けたが、これで終わりだ。ファイナルドラゴンストリーム!」
「カルア、殺すな」
「承知!」
「うぉおおお!!」
カルアの厨二技が決まったぁああ!! バルトラード、たまらず大槌を取り落としたぁああ!
「うぉおお! バルドトラード親分が負けたぁあ! 大番狂わせだぁあ!!」
兵士たちから歓喜と歎息が漏れ出していた。
大方、バルトラードに賭けていた者が多かったのだろう。
俺は持ち金を全部カルアに賭けておいたから、ウハウハだが。
「リュミナス、金は兵たちに配ってやれ。手土産の酒も一緒にな」
リュミナスの指示で、護衛として付き従ってきたゴシュート族の男たちが酒を金を兵たちに配っていく。
規律が守られているようで、親分のバルトラードの許可がないと受け取らない者ばかりだった。
さすが脳筋親分。
部下の管理も完全か。
将として合格点だな。
大槌を取り落として、地面に膝を突いたバルトラードはそれまでの雰囲気を一変させていた。
「強い……。世の中は広いな。自分より強い女が存在するとは……約束通り、俺の身柄はお前に預ける」
「私と打ち合うことができたので、それなりに強いと思う。だが、世の中にはもっと強い者が存在するのだ」
「お前より強いだと……!? 会ってみたいな」
カルアは膝を突いたバルトラードに手を差し出し立ち上がらせていた。
脳筋の語り合いは、やはり強さが基準らしい。
さすが野生動物に近い存在の者たちだ。
ふむ、これでバルトラードは俺たちの話を聞いてくれるようにはなるか?
「バルトラード、俺の直属部隊にならないか?」
「俺は自分より強い奴しか従わないと決めたのだ。マルジェ、お前はカルア殿や俺より強いのか?」
返答が予想通りの脳筋でした。
鬼人族の面々が聞いたら、ヒャッハーとか歓喜して戦いを挑み始めるよ。
俺は絶対にしないけどね。
俺が持上げるのは女の子のおっぱいか、息子のアレウスたんだけだ。
武器を持つ気はさっぱりない。
「バルトラード、私より強いマルジェ殿に失礼な言葉を使うのではない」
「カルア殿よりも強い? このひょろ臭い男がか?」
脳筋は常に俺をひょろ臭いと言う。
今度からその言葉使ったやつは、うちの反省室送りにしてやろうか。
これでも成年男子相応の身体つきをしてるし、夜の方はすごいだからなっ!
「マルジェ殿は、私を破った凄腕の戦士を従えつつ、頭だけで何千、何万人も屠っておるのだ」
「なんと! 人は見かけによらぬな。カルア殿がそういうのであれば、間違いあるまい」
ふむ、脳筋は思考系統が単純で助かる。
上位者の発言は絶対。
下位の者の答えは『はい』と『イエス』と『承知』の三択で済む。
この時代、強い兵隊はどこも咽喉から手が出るほど欲しい。
もちろん、うちもだ。
マリーダの一族の強さは抜きんでているが、彼ら鬼人族は少数種族。
俺がマリーダと夜のお仕事に励んでも急激には増えないのだ。
だが、エルウィン領はこの数年で数倍に膨らんだ。
一族以外の兵も増やさねば、統治ができない事態になりつつある。
改めてバルトラードをうちの直属部隊に勧誘することにした。
「バルトラード。君はもっと強い奴と戦いたくないか? うちにくればエランシア帝国一。いや、この世界で一番強いかもしれん生物がいるぞ」
「なんと! このカルアやマルジュよりも強いのがいるのか?」
「ああ、マリーダ・フォン・エルウィン。通称『鬼のエルウィン』を束ねる当主だ。俺の正体はその婿でアルベルト・フォン・エルウィンというのが、本来の名だ」
「『鬼のエルウィン』!! まさか、エルウィン家の者とは……。アルベルト・フォン・エルウィンといえば、『金棒』と呼ばれる男。その名は聞いたことがある」
「どうだろうか、我が家に加わる――」
「行くぞ。強い奴がいる家に俺は仕える。マリーダ殿か、どんな強さか今からワクワクするぞ!」
返事が早い。脳筋の脊髄反射は標準仕様らしい。
もうーちょっとは考えて返事とかできないかなー。
いや、まぁ。護衛部隊として動いてくれるのは助かるんだけどね。
こうして、エルウィン家にまた一人脳筋戦士が加わることになった。
その夜、ヒックス城ではカルア対バルトラード戦が三試合行われ、三試合ともカルアが勝ち、兵たちが大いに盛り上がっていた。
もちろん、俺もカルアの揺れるおっぱいとお尻を見れて十分に満足したことは伝えておく。
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