第六十七話 農村悲哀物語

 帝国歴二六二年、藍玉月(三月)


 俺がステファンに出した草案は細かい修正が加えられものの、大筋で認められ、魔王陛下からも勅許を得て動き出している。


 アレクサ王国継承戦争。


 俺が仕掛けた謀略によって起きた戦争は、後にそう呼ばれることになるんだけど、今はただの農民反乱。


 ってことで、香油商人マルジェと名を変え、ビキニアーマーを着た魅惑の女剣士カルアやリュミナスたちゴシュート族を率いてザーツバルム地方に入っていた。


 途中、山賊っぽい人たちに襲われかけたけど、バインバインのプリンプリンな女剣士の『ファイナルドラゴンストリーム』で、全員の首が飛んでた。


 マリーダのお墨付きがあるから、スゲエ腕前だとは思ったが、竜人カルアの腕は鬼人族たちに引けを取らない。


 どうも寡黙な女剣士だと思ってたカルアは、脳筋たちの影響を受け技名を付けるのがマイブームらしい。


 というか、その厨二技ネーム。漢字で当て文字してないよね。『最終怒羅魂颱風』とか。


 やだー、地味に俺も厨二臭い。


 てな感じで竜人カルアの厨二病が発覚し、山賊さんが物言わぬ死体になったところで、その山賊さんによって困ってた農村で一夜の宿をとることにした。


 今はその村長さんの家にいる。


「いやぁ、お付きの護衛の方は女性なのに強いですなぁ。これほどまで強い剣士様は見たことがない」


「彼女は特別ですよ。幼き時から、特別らしかったそうで。大層、護衛料も高いのですよ。ちょっと変わった格好をしてますが、あれが彼女の正装でしてね。そっとしておいてもらえるとありがたい」


 村長はカルアの露出度の高い鎧を見て、目のやり場に困った顔を見せている。


 カルアの格好、男なら困っちゃうよね。


 分かるよ、その気持ち。


 俺も困っちゃうもん。


 でも、カルアの恥じらう顔を見るのは、色んな意味で美味しい。


「そうなのですか。承知しました」


「それにしても父からはこの辺りの治安はいいと聞いていたのですが……。この村に着くまでに四度も山賊たちに襲われました」


 山の民の香油商人マルジェとして隊商を組み、ステファン領から農民反乱軍の首脳が集まっている街に向かっているのだが。


 マジで道中、山賊だらけだった。


 そのほとんどが農民反乱軍ではなく、彼らに打ち負かされて逃げ散った元領主の兵隊たちが徒党を組んだ数十名規模の山賊たちだ。


 彼らは防備の弱い農村を襲い、略奪をしていく。


 ザーツバルム地方はこの世の地獄みたいな場所になっていた。 


「治安がよかったのは、もう何年も前の話です。今は誰も治める者がいない無法地帯です」


「無法地帯?」


「山賊も農民反乱軍もイナゴのようにやってきて食糧を食い散らかすと、また別の土地に移っていくだけですよ。誰も荒廃したこの土地の統治なんて考えてない」


 いやぁー。かなり追い込まれてますなぁ。


 まぁ、追い込んだ原因の半分は俺なんだけどね。


 ワリドからの報告で農村の荒廃がかなり進んでいると聞いていたが、これほどまでとは想像していなかった。


 エルウィン領の農村とは比較にならないほどの窮乏ぐあいだ。


「毎年の戦、租税の値上げ、男子を兵役に取られ、農作業も進まず……。村は荒廃は限界に近い状態だったのですが。そこにきて今回の農民たちの反乱。村の男のたちは反乱に参加し、もはやこの村は女子供とジジババしかおらぬ。これでは農作業などできぬ。おお、これは愚痴になりますな」


 確かに村に入る際、働き盛りの男たちは見かけなかったな。


 それに、エルウィン領より温暖なこのザーツバルム地方で、冬畑が作られていないのは深刻な労働力不足が発生していると見た方いい。


「農民反乱軍はどうなんです?」


「勢いはあるように見えますが、実態は規模の大きい山賊と同じですよ。領主の城館を襲って倉の食糧や金を奪っていく」


「規模の大きい山賊ですか」


 村長は痩せた顔でため息をついた。


 農民反乱軍は、ワリドの情報以上に統制がなく、暴徒の集まりであるようだ。


 指導層の村長で腕っぷしの強いやつが、勝手に領主を襲い略奪をしているらしい。


 最悪だ。


 反乱軍の連中の合議制だと聞いていたから、もう少し統制が取れているかと思ったが、どうやら本当にただの暴徒集団だった。


 このままでは、アレクサ王国軍の討伐隊に討たれるのも時間の問題な気がする。


 早急に農民反乱軍の掌握をしないとマズい。


 兵糧支援という形の餌で釣って、勝手に暴れてる連中の首を飛ばすことで主導権を握るか。


 飯を与えて主導権を握ったら、食糧自給に向けて屯田させるとしよう。


「すみませんが、どこに行ったら反乱軍のリーダーたちに会えますかね?」


「本当に会われるのか? 下手したら物資を奪われるかもしれませんぞ?」


「商売には、時に全財産を賭けて勝負にでなければならないこともあるのです」


「そうなのですか……。リーダーの大半はここから東に行ったティラナをねぐらにしております。お気をつけなされ」


 ティラナが一応の拠点か。


 ザーツバルム地方の一番デカイ都市だから順当なところか。


 まずは、ティラナに行って農民反乱軍のリーダーたちに金と食糧の提供の話を打診して、方々に散らばってるのを集結させるとしよう。


 統制のないヒャッハー集団のままでは、こちらが困るのだよ。


 あくまで俺の与えられたミッションは、内乱の長期化だからね。


 強すぎる勢力は作ったらダメだけど、かといってアレクサ王国の脅威にならない勢力では意味がなくなる。


「ありがとうございます。こちらは今宵の宿代です」


 村長にそっと銀の粒が入った袋を手渡す。


 農村では金よりも銀の方が重宝される。


 なぜなら、一般人は銀や銅での取引が主流だからだ。


「助けていただいたうえ、このようなものまで頂いて」


 銀の粒の入った袋を受け取った村長が、俺の手を握ってきた。


 別にそういう趣味はないんだが……。


「マルジェ殿は山の民だとのこと。む、村を捨てて山の民になるのは厳しいでしょうか?」


「山の民は自活が基本ですからね。多少なりとも援助はしてもらえるでしょうが、男手がないと厳しいかと」


 この村は滅亡フラグを回収して、ほぼ詰んでる状態だしな。


 再生できる目がないことは、俺でも理解ができる。


「やはり、そうですか。お恥ずかしい話ですが、蓄えの尽きたこの村ではジジババと女子供だけでは今年の冬は乗り越えられません」


 だろうね。


 金なし、食糧なし、人手なし、周辺の治安最低の村を復興させろなんて超級高難度ミッションは俺でも無理。


 逃げずに頑張った村長は地味にすごいと思う。


「村を捨てるつもりですか?」


「ええ、山に逃げ込んで山の民になるか、縁者の一人が先年エランシア帝国のエルウィン家に作った村に頼るか話し合ってたところですが……。エルウィン家まではなにぶん、距離がありますし、途中で山賊に襲われて死ぬ確率の方が高いのではと二の足を踏んでいるところです」


 フリンたちの開拓村の話が、ここまで広がってたか。


 開拓村の連中にアレクサ王国から縁者を呼び集めていいぞって許可をしてたからな。


 噂が噂を呼んだのだろう。


 うちは『働かざる者、食うべからず』だけど、『働いたら、確実に飯は食える』を実践してる家。


 傷病兵からジジババ、女子供でも仕事はいくらでもあるし、働いてくれたら飯をケチるなんてことはしない。


 うちの領民になる気があるなら、山の民を介して引越しの手伝いくらいはしてもいいか。


「エルウィン領ですか……。たしかにあそこは流民を狩り集めてまで、人を欲してますからね。移住をされる気があるなら、私の父の伝手を使ってお手伝いさせてもらいますが」


「ほ、本当ですか! ここでマルジェ殿と出会ったのはユーテル神のお導きですな!」


「すぐに書状をしたためます、明日には山の民が先導してくれると思うので、皆でエルウィン領を目指してくだされ」


 ご縁があったこの村は、うちとの国境に近い農村であるため、ゴシュート族の集落経由でアシュレイ近郊の開拓村へ移住してもらう。


 アレクサ王国から逃げ出そうと決意した人は、積極的にうちに受け入れるつもりだ。


 前の治世が悪いほど、うちが天国に見えるだろうからね。


 アレクサ王国の内乱が長期化すれば、村を捨て逃散する農民も増えていく。


 平野の多いエルウィン領は、耕すべき耕作地にできる場所が、多数残っている。


 港湾整備にも人手がいるし、鉱山開発も順調に進めばもっと人手が必要となる予定だ。


 つまりうちは人を欲している!


 急募! エルウィン領で衣食住付きのお仕事しませんか! やりがいのあるアットホームな職場です!


 なんだが、ブラック求人みたいな文言だけど、それ以上に超ブラック職場がアレクサ側に転がりすぎてる。


 翌朝、俺たちの出立とともに村の人たちは山の民の先導で着の身着のままエルウィン領に向けて出発した。

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