第六十二話 謎の戦士


 前回のおさらい。


 脳筋たちの血抜きため、ヴェーザー河で繋がるヴェーザー自由同盟の都市であるヴァンドラの市議会からカツアゲ(用心棒代)とジャイアン行為(お前の物は俺の物、俺の物は俺の物)に成功した。


 いや、ジャイアン行為は通商条約に訂正。


 どっちも物資の流れが増えてwinwinの関係になるはず。


 こっちも色々と金を払うからね。


 ヴァンドラ防衛に関しては自警組織を自分たちで運営してもらい、変なのに絡まれて困ったらうちがアシュレイ城から船で出動して鎮圧するという話で決着している。


 その約束の証としてヴァンドラの市議会庁舎にヴァンドラの旗とエルウィン家の旗を並べてたなびかせてもらっている。


 これで、周囲の賊や他の都市に対し、ヴァンドラに手を出したら『エルウィンの鬼』が来ると知らしめておいた。


 元々、脳筋種族である鬼人族のエルウィン家は近隣から恐れられているが、俺が加入してからは脳筋に知恵が付いたと周辺勢力から更に恐れられるようになっているのだ。


「アルベルト様! 大変です! ラトール殿が一騎打ちで負けましたっ!」


 鉄の腕輪傭兵団の掃討を終え、ヴァンドラの実質トップであるジームスとの交渉も終えてゆっくりと休息していた俺のもとに鬼人族の若者が驚きの報告を持って飛び込んできた。


「はっ!? ラトールが一騎打ちで負けただって? 意味が分からん。報告は正確に行ってくれ」


「は、はい! 残敵掃討を終えたラトール様に一人の戦士が勝負を挑んできて一騎打ちとなり、見事に負けました。お命は取られませんでしたが、完全な敗北です。そして、今ブレスト殿が一騎打ちを受けています!」


 若い鬼人族の報告を受けて、俺はサッと血の気が引いた。


 ラトールは若いとはいえ、そこら辺のクソ雑魚な戦士程度にやられる腕ではない。


 そのラトールを破る腕を持つ戦士が、今、将帥格のブレストと一騎打ちをしていて、万が一勝ってしまうとこちらの士気がガタ落ちになる。


 そうなってしまえば、うちが築いた『泣く子も黙るエルウィンの鬼』という脳筋看板に泥が付くことになってしまうのだ。


 それは困る。周囲に植え付けたイメージが一騎打ちというタイマン勝負の負けで掻き消えるのは非常に困る。


 それと、うちの嫁がーー


「い、いますぐやめさせろ! 万が一、ブレストが破れたら……」


「フハハハっ! これは良いことを聞いたのじゃ。ラトールを破るほどの戦士がおるのか! それは一度手合わせせねば! 馬を引け! すぐに妾が叩き斬ってくれる! ブレスト叔父に美味しいところを持っていかせるわけにはいかぬのじゃーー!!」


 残敵掃討が終わり、ジームスの館周辺も落ち着いたことで、船から降りて俺と一緒に休憩していたマリーダが大剣を手に目にも止まらぬ速さで駆け出した。


「マリーダ様!! 当主が一騎打ちなどーーー!!」


 マリーダは報告に来た若い鬼人族を拉致すると、俺の制止を振り切っていた。



 俺は護衛を引き連れると駆け出したマリーダの後を追って、ブレストの一騎打ちが行われている場所にきていた。


 ヴァンドラの広場になっている場所で、エルウィン家の者や捕虜となった鉄の腕輪傭兵団の者たちが輪になってはやし立ている。


「ブレスト様ーー! そのちょこまかと動く戦士を真っ二つにしてくださいよー」


「ブレスト様VS謎の重装戦士、さぁどっちだ張った、張った!」


「親父ーーー、負けろ! 親父が勝つとオレが弱いって思われるじゃねえかっ! ちっくしょう!」


 広場の中央では全身鎧を着た双剣使いの戦士が、目にも止まらぬスピードの斬撃を出して、大身の槍を振り回すブレストが防戦一方に追い込まれていた。


「ブレスト叔父上! そろそろ負けて妾にまで回すのじゃ! そやつ、相当の手練れなのじゃ!」


「ストップ! ストッーーーーープ!! この一騎打ちは認められない!! 双方、武器を納められよ!! すでにこのヴァンドラでの治安は回復された!!」


 俺は声の出る限り大きな声を出して、相争っている二人を制止する。


 だが、戦闘モードのブレストにも謎の重装戦士にも俺の声は届かなかった。


「ラトール、マリーダ!! ワシがこのような強敵を前にして燃えないわけがなかろうが!! フハハハッ!! その斬撃の速さ、正確さ、見てるこっちがゾクゾクとするぞ!!」


 強敵に会えたブレストがニヤリと笑って戦いを楽しんでいた。


 こうなったら、俺の制止は耳に入らない。


 再び、息を整えた謎の重装戦士が一段と鋭さを上げた斬撃で、防戦一方のブレストの槍を弾き飛ばしていた。


「「「「おおぉおお」」」」」


「ぐぬっ! 強い……!」


「マジか……あのブレストまで……何者だ、あいつ」


 エルウィン家でマリーダと同等の脳筋度合いを誇る、ブレストの得物を弾き飛ばす腕前は脅威であった。


 一騎当千を地で行く脳筋であるブレストはエランシア帝国でも屈指の戦士である。


 その男をラトールに続き、撃破する目の前の戦士の技量は相当なものであると思われた。


「ブレスト叔父上! 交代なのじゃ!」


 槍を飛ばされたことで、ブレストの負けと判断したマリーダが謎の重装戦士の前に踊り出た。


「マ、マリーダ様!!」


「アルベルト、大丈夫じゃ! 妾がこの戦士を倒して配下に加えてやるからのぅ。アルベルトはこやつの使い道でも考えておけ……はぁはぁ……」


 マリーダは散々船に待機で焦らされていたので、思わぬ強敵の登場にはぁはぁと荒い息をして、目をも血走っている様子が見えた。


 まるで、危ない変質者だ。


 謎の重装戦士が無言でマリーダを挑発するように双剣を重ね合わせて音を鳴らした。


「ムフフ、面白い奴じゃのぅ。ラトールだけじゃなく、ブレスト叔父上まで倒した戦士。堪能させてもらうとするか」


 マリーダが愛用の大剣を大上段に構えると、音もさせずに振り抜いた。


 その剣筋は俺には全く見えずにいたが、謎の重装戦士は見極めたらしく、マリーダの大剣は虚しく地面を叩き斬っていた。

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