第六十一話 西への道

「これは、これはエルウィン家のアルベルト殿が自らお見えになるとは……。その出で立ちは噂通り派手でございますな」


「悪いがそっちは私の影武者だ。本物はこっちね」


 ヴァンドラの市議会で実力者だったジームスが俺の影武者に挨拶をしていたので、相手が違うと訂正してやる。


「ああっ! これは失礼をしました。皆様同じような仮面と出で立ちでしたので……つい、相手を間違えました。お許しください」


「まぁ、しょうがない。こちらも顔を隠しているからな。間違えるのも仕方あるまい」


 ちょっと有名になり過ぎたせいで、外で素顔を晒していると暗殺されかねないので、見知った顔以外と面会する時は仮面を付けさせてもらっている。


 これも肉体的なチートを持たない俺が、異世界で安全に過ごすための策の一つだ。


「寛大な御言葉ありがとうございます。こたびはエルウィン家がこのヴァンドラの街を乗っ取った『鉄の腕輪傭兵団』を駆逐してくれるそうで……」


「ああ、そのために来た。近隣の街が困っていれば、手を差し伸べよと我が主君マリーダ様がおっしゃられたのでな。兵を率いて討ちにきた」


 実際のところは用心棒代+みかじめ料をカツアゲにきたというのが正解である。


 あと、綺麗な女の子いないかなって下心はキチンと持って来てるので安心してくれたまえ。


 というのは仮面の下に隠れているため、相手にバレることはない。


 ナイス仮面! いい仕事した。


「それはありがたい話です。『鉄の腕輪傭兵団』のやつらはろくに仕事もしないのに毎年、契約料の更新をするたびに上乗せ要求を重ねてきていて、断ったら実力行使とばかりに街の衛兵を追い払い、市議会を脅しやりたい放題するようになっていたのです。おかげで街の住民も迷惑していたし、私ら市議会員も仕事に支障がでてしまっているのですよ」


 要は相手の要求額がデカすぎて、チェンジって言ったらブチ切れられて、居座られて仕事もできずにいるということか。


 ヴァンドラは比較的裕福な街なはずだが、それでも支払いに困るほどの契約料っていったいいくら要求指定のだろう。


「ちなみに『鉄の腕輪傭兵団』の契約料はいくらです?」


 俺からの質問にジームスの顔色がサッと変わるのが見えた。


 こちらが救援に来た意図を察したようにも見える。


 利に聡い商人でもあるジームスの頭の回転は速いようだ。


「私に契約料を尋ねるということは、つまりエルウィン家が『鉄の腕輪傭兵団』の代わりを務めると?」


「察しがいいな。『鬼のエルウィン』の用心棒代をいくら出せる? うちはいくさをしたい馬鹿がたくさんいるからな。いくさとなれば速攻で河を下って救援にくるぞ。強さは先ほど見てもらったと思うが」


 ゴクリとジームスの喉が鳴るのが聞こえた。


 ジームスが緊張しているのは、『鉄の腕輪傭兵団』の連中を、草を刈るように倒していくエルウィンの鬼たちの強さを間近で見ていたからだろう。


「ですが、我がヴァンドラはヴェーザー自由都市同盟に加盟した独立した都市国家ですぞ。それをエランシア帝国の庇護下に入れと申されるか……」


「何も私はそのような大仰なことを言っておるのではない。近隣国としてエルウィン家とヴァンドラ市議会が個人的な通商条約と相互防衛条約を結ぼうという話しだ。うちの方は国の許可ももらっている。今回の話はエランシア帝国は無関係だ」


 ヴァンドラに関してはマリーダが魔王陛下から自由にしろという内諾を得ているため、うちのお財布代わりを務めてもらうつもりである。


「ヴァンドラ市議会は都市防衛を担ってくれる自衛組織を外部委託している。その仕事にエルウィン家が食いこみたいという話しだ」


 俺の話を聞くジームスの顔色が様々に変化しているのが見ていて笑いを誘うが、当人からしてみれば利益の計算を必死でしているのであろう。


「その話だとエルウィン家が兵を常駐させるので?」


 ジームスはうちに護衛を任せて街ごと乗っ取られる可能性もやはり考えていた。


「いや、うちの兵はアシュレイ城に詰めている。最速で半日あればヴァンドラに救援に駆け付けられる。それに『鬼のエルウィン』が守ると言えば周辺の山賊や野盗、傭兵団などは近づいてこないだろう。誰も『鉄の腕輪傭兵団』のようになりたくないだろうし」


「なるほど……エルウィン家の威名を借りるということですか……。万が一、うちに手を出した者がいたらエルウィン家は動いてくれますか?」


「ああ、エルウィンは馬鹿が付くほど正直者だからな。守ると言った相手に手を出した奴らを地の果てまで追い詰めて必ず仕留めるぞ。それは私が保証しよう。それに追加料金次第ではヴァンドラに不利益をもたらすモノを駆逐するのもやぶさかではない」


 口には出さなかったが、自由都市同盟間で邪魔になりそうな都市国家くらいなら暇な時に襲うことくらいはしてやれる。


 途端にジームスの顔色が変化していた。


「で、お値段はいかほどで?」


「追加料金の方は時価。用心棒代の方は『鉄の腕輪傭兵団』の値段を聞いてから決める」


「これは手厳しい。アルベルト様は商売にも精通されておるようですな。よろしいでしょう。『鉄の腕輪傭兵団』には年間契約料として金貨三万枚を支払い提示しましたがこのありさまです。で、エルウィン家にはいかほどお支払いすれば?」


 ジームスはすでにうちに乗り換える気のようなので、少し吹っかけておくことにする。


 お金はいくらあっても困らないのだ。


 マリーダとの間に嫡男も産まれうちも色々と物入りなので、取れるところからは取っておく。


「年間金貨三万五〇〇〇枚。兵の常駐は無しのため都市内の治安維持は自警組織で行うように。あと、うちが用心棒をしていると周囲に知らしめるため市議会旗の下にエルウィン家の真紅の旗をたなびかせることを要求する。ヴァンドラに対し宣戦布告を行った者、また略奪等を働いた者、ヴァンドラ船籍の船を攻撃した者に対しては必ず報復をすることを神に誓うだろう」


「金貨三万五〇〇〇枚……吹っかけ過ぎでは……。この場合うちは自警組織も整備せねばなりませんし……大赤字になってしまいます」


「他の都市国家に喧嘩を買わせて、うちに相手の都市国家を攻撃させておこぼれに預かるという魅惑の金稼ぎもあるぞ」


 俺はジームスに対し、エルウィン家を使った金稼ぎの提案をしていた。


 ヴェーザー自由都市同盟は都市国家の連合体であるため軍事は各都市国家がそれぞれ自分たちで行うことになっている。


 そのため、他の国に比べれば軍事力としては大したことはないのだ。


 エルウィン家の狂犬たちが襲い掛かれば数日で陥落するような都市も幾つかある。


 それらを攻撃してヴァンドラの領土として併合してはと持ち掛けておいた。


 うちが併合すると色々と問題があるが自由都市同盟間の諍いなら強く抗議もされないはずだ。


「滅相もないうちは真面目に商売で稼ぐ都市国家ですから!」


「そうか、残念だな。ならおまけとしてヴァンドラ商人のみエルウィン領との入市税を無くしてやろう。そうすれば、うちの領内で安く仕入れた農作物をヴェーザー自由都市同盟内で高く売れるだろう?」


 入市税撤廃にジームスの頬がピクリと動いた。


 今のところうちとヴァンドラを行き来する商人は街や港を通過する度にそれなりの額の入市税を支払っているため、それらが物の値段に転嫁されていたのだ。


「ほ、本当ですか!?」


「ああ、できればうちの領内の商人にもヴァンドラ側の入市税を撤廃してもらいたい。アシュレイ城下には各地からの産物が集まってきているが、それらがヴァンドラ側に流れて行けばまた新たな富を産み出すぞ」


「ちょ、ちょっとお待ちください!」


 そう言ったジームスの目がキョロキョロとし始め、猛烈に損得を計算しているように見えた。


 今は河を下ってヴェーザー自由都市同盟に行く商人はまばらであるが、入市税を撤廃すれば商人たちの流れも変わり、ヴァンドラとエルウィンに新たな富をもたらせてくれるはずだった。


「で、年間金貨三万五〇〇〇枚でいかがかな?」


「買います! 買った! エルウィン家の用心棒代と入市税撤廃含めて年間金貨三万五〇〇〇枚でヴァンドラ市議会が買いますぞ」


 ジームスの計算で大幅な利益が見込めると算定されたようだ。


 一市議会議員ではあるが、ジームスの徒党はほぼ市議会を制圧している。


 彼が買うと言えば、ヴァンドラが買ったのと同意義となるのだ。


「では、売りましょう。よい商談をできました。ああ、そうだ。うちはヴェーザー河の支流の水利工事をしてましてね。アシュレイ城下に近い場所に開拓村を作ってまして、そこを大型船も入れる荷揚げ場として整備しようと考えてます。着工はしばらく先ですがその地にヴァンドラ側の専用区画も作ろうかと思いますのでその時はまたお力添えのほどを」


 俺はフリンの居た開拓村の近くまで水路を延伸して船着き場を作り、荷揚げ場として整備するつもりである。


 フリンの村は流民たちが作った村で農業以外の産業が育ちにくいため、新たな産業として港を整備することに決めていたのだ。


「港の整備まで準備されて……。アルベルト殿の慧眼感服いたしました。ヴァンドラはエルウィンと手を携えて共に栄えると致しましょう」


 ジームスは俺の握手に応じながら感心したように頷いていた。

 

 そして、商談を終えると外で鬼人族たちの鬨の声が上がるのが聞こえてきた。


 どうやら、『鉄の腕輪傭兵団』の掃討が完了したようだ。


「終わったようですな」


「ええ、うちの兵士はいくさに関しては優秀ですから。残党処理もしっかりと行ってから帰りますのでご安心を」


「ですがその前にヴァンドラ市議会からの歓待を受けてもらうとしましょう。すぐに準備をさせます」


 こうして、ヴェーザー自由都市同盟に所属するヴァンドラに対し、我がエルウィン家は用心棒代と通商条約を結ぶことに成功した。


 これにより西側への物流の流れが増えることが予想され、西側からの産物もアシュレイ城下に雪崩こむことが予見される。


 物が集まれば自然と人も集まるので、アシュレイ城下は更ににぎやかになることであろう。

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