第四十二話 山中の攻防戦

 俺が元いた世界の古代の兵法書には『兵は神速を貴ぶ』と書かれていた。


 意味としては『戦争では、何事も迅速に処理することが大切である』とのことだが、この世界では違ったようだ。


 正解は『脳筋は光速を貴ぶ』


 意味として『戦争では、いくさ関することを脊髄反射で即実行することが大切である』ということだと知らされた。


 っていうか、不眠不休の行軍とか兵の疲労度を考えてないただの馬鹿でしょ! 

 

 アシュレイ城から『勇者の剣』が立て籠もる山中の砦まで、通常五日かかる距離を、兵を率いて一日半で到着させるという強行軍をマリーダたちがやりやがった。


 これでは、肝心の兵が疲れて使い物にならない……って、思ったが俺は脳筋一族の身体の鍛え方を誤っていたようだ。


 飯を食って一時間ほど交代で睡眠をとれば、疲れがすっかりなくなったかのようにピンピンと動いている。


 むしろ、馬車で移動した俺の方が疲れているくらいであった。


 っていうか、みんな変な薬で『ヒャッハー』してないだろうな。真夜中に変な歌を大合唱してるし。怖いよ。怖い。


 軍中の麻薬汚染は指揮に関わるから、もし使ってたら厳罰に処さねばとおもったけど、どうみてもいくさが嬉しすぎてテンションが振り切っちゃった人たちなだけの気もする。


 いくさという麻薬に犯された人種が、鬼人族であるのかもしれない。


「はぁはぁ、アルベルト! まだか? まだ、攻めてはいかんのか? 妾は待ち切れぬぞ」


 抜き身の大剣を担いだマリーダが、息を荒げて攻撃開始を待ち続けている。


 砦に籠る相手方もこちらの歌う声と、鬨の声によって、到着を気付いていた。


 だが、予想外の到着の速さに山中の砦に籠っている敵方がビビっているようだ。


 すでに三〇〇名ほどと報告された者の内、ワリドの放った矢文の効果で一〇〇名ほどが砦を離れ、投降してきていたが、この時点で投降した奴を許す気はなく、再度叛乱の芽にならぬよう奴隷として遠くに売り飛ばすことが決定している。


 そいつらの情報によれば砦には食糧が乏しく、戦える男しか籠っていない。


 そのため、砦攻めには兵を出させなかったが、ワリドとワリハラ族長たちに指示を出し、敵対した山の民の部族の女子供たちも、同様に捕えさせ奴隷として遠くの地に売り飛ばすようにしてある。


 この地に強硬派だった部族を残せば叛乱の芽となるため、仕方ない処置だ。恨むなら『勇者の剣』に肩入れした自分のところの族長を恨むしかない。


 一族のかじ取りを誤れば明日は我が身であると、自戒しつつ、砦に立て籠もった敵へ引導を渡す最後の指示を出す。


「よろしいっ! 攻城戦開始!」


「おらぁあああああっ! 野郎ども! こんな掘っ立て小屋、ぶっ壊してやんぞ! 鬼のエルウィンの怖さ思い知らせてやれ!!!」


「馬鹿息子にばかりいいカッコさせるなよ! ワシらが一番乗りいたす! 続けぇええ!!!」



 はい、っというわけでここからは、実況、解説、アルベルト・フォン・エルウィンが担当いたします。


 いやぁ、ついに『勇者の剣』との戦も大詰めですねぇ。


 そうですね。謀略によって山の民に大きな勢力を誇った『勇者の剣』も残すは二〇〇名程度、しかも攻め手のエルウィン家の兵士たちのテンションにすでに腰が引けているようです。んーこれは厳しい。


 これが軍略というものですかね。謀略を使い、大きなまとまりを小さく砕いて、砕いて、小粒にして最強の武器でトドメを刺す。これには『勇者の剣』もたまったものじゃありませんねぇ。


 エルウィン家の謀略が冴え渡った結果とはいえ、『勇者の剣』もここまで追い込まれるとは思ってなかったでしょう。


 ああっと! ここで砦の兵からの矢をもろともせずにエルウィン家筆頭家老ブレスト選手が正門に到着したぁあああ!


 止められない、止められない! 暴走超特急のブレスト選手! 遮る敵を自らの大槍で撫で切りにして、先頭での正門到着ですぅうう!


 いやあ、危ないですねぇ。流れ矢でさっくりと死ぬ可能性とか考えてないんですかねー。実に危ない。戦は大将格が死んだら壊走一直線ですよ。


 あの選手、自分が大将って自覚あるんでしょうかねー。危ない。


 だがぁああ! こちらの心配をよそにブレスト選手が大槍を振りかぶる。


 うぉああああああ! 斬った! 斬りました! 大槍一閃! 砦の正門が横に分断したぁあああぁあ!! あり得ない! あり得ません!


 未だかつて、こんな馬鹿げた攻城戦があったでしょうか! 砦の正門が一人の槍によって打ち破られましたぁああ!


 あー、これは『鬼のエルウィン』の面目躍如ですかねー。また、変人伝説を一つ作りましたよ。砦の兵も茫然としています。


 おっと、ここで先に城門を打ち破られたラトール選手が激高しております。自らの兵を鼓舞し、正門前の敵を一掃していきますぅううう!!


 この連携、敵は追い付けないでしょうな。実に素晴らしい。普段の仲の悪さが嘘のような連携だ。


 すでに正門を破られ、慌てふためく砦の兵たちを侵入したエルウィン家の脳筋戦士たちが斬り伏せていく。まさに狂犬、血に飢えた狂犬たちですぅう!! これはたまらない! 敵側の交戦意欲が急激に低下している模様!!


 厳しいですねー。目の前で度肝を抜く城門破りをされて、『勇者の剣』の兵たちの心が折れてしまったかもしれませんね。いやあぁ、これはもう逆転は無理か。


 こちらの解説を無視するように、エルウィン家の狂犬たちの宴は進んでおります。


 おや? マリーダ選手、ただでさえ露出度の高い鎧を脱ぎ始めたぞ。そして、上半身下着姿になったかと思うと相手を挑発している。これは、相手が弱いとおちょくっているのかぁああーー!!


 馬鹿ですねー。戦の最中に鎧を脱ぐとか、もう馬鹿とかしか言えませんねー。


 挑発に怒った『勇者の剣』の兵士数名が一斉に斬りかかる。おおぉ、凄い、凄い、凄いぞマリーダ選手。


 敵の斬撃を紙一重で避け、返す刀で相手の首を飛ばしていくぅう!! あんた本当に人間かぁあああ!!


 素晴らしい剣技の冴えですね。戦の前に腕がなまったとの本人談はブラフだったと思いますよー。これは相手が一本取られましたねー。


 挑発で絡んできた兵士を斬り飛ばしたマリーダ選手、すでに砦の奥にまで攻め込んでいるぅう! ああっと、ついに『勇者の剣』のトップが出て来たぁああ!!


 神様から託宣を授かった聖戦のための勇者という肩書きですが、どう見てもでっぷりと肥った豚にしか見えません。


 詐欺師ですからねー。それにこれまでの怠惰な生活があの身体を産み出したと思われますよ。


 だが、着込んでいる鎧は金ぴかの光り輝く素晴らしい鎧ですねぇ。あれは勇者っぽい。厨二病を患った転生者が見たら『ゴールドクロス』だとか言ってキャッキャしちゃいますよ。


 ああっと、マリーダ選手、『ゴールドクロス』を纏った金ぴか豚勇者を一撃で首を飛ばすぁあああ!! 一撃死、一撃死ですっ!!


 おや、あれは何を……。首を失った豚勇者の身体をヒモで柱に縛り、外に見えるように吊るしたぁあああ!! いやぁ、ヒドイ! ヒドイ画だ。金ぴか勇者が屠殺された豚のように吊り下げられて揺れているうぅう!!


 あー、これで完全に相手は戦意喪失ですねー。頼みの綱の神託の勇者様があのような姿で吊るされては、交戦する意欲もないでしょうな。


 マリーダ選手、金ぴか勇者の首を持ち上げ、勝利の雄たけびをあげたぁああ!! これで勝負は決したようです。


 残った敵軍、武器を棄て投降しております。呆気ない、実に呆気ない攻城戦でした。


 いやぁー。エルウィン家の脳筋度合いは群を抜いておりますねー。私もこれほどまでとは思ってもみなかった。恐るべき脳筋集団ですねぇ。


 って具合に攻城戦は完了した。


 損害が出ると覚悟していたのに、終わってみれば、戦死者ゼロ、重傷者五人、軽傷者二〇名っていう大勝利だ。


 というか、うちの家の人たちは馬鹿なの?


 梯子とか、破城槌代わりの木材も持って来ていたのに、大槍で開けるとかどんだけ脳筋なのさ。


 あー、この家の人たちには疲れるわー。マジで。


 戦い足りないのか、エルウィン家の面々が砦の上で鬨の声を上げて騒いでいる。


 今日は疲れたので、怒る気力もない。自由にやらせてやろう。


 俺はさらなる戦いを求める脳筋たちとは別に、先導役として軍に従ったワリド率いる山の民数名とともに砦の宝物庫に足を運ぶ。


 情報によれば、『勇者の剣』が信徒たちから巻き上げた財貨をアレクサ王国から追放された際に、この砦にせっせと集めてくれていたそうだ。


 あの金ぴか豚勇者もどきも、ちったあ役に立ったということだ。


「ありましたな。本当に山分けでよいので?」


 砦の奥の部屋に作られた宝物庫を破ると、中には金貨、銀貨、宝石などが山と積まれ、『勇者の剣』の教団が必死になって集めた財宝で溢れていた。


 少なくも見積もっても、帝国金貨五万枚くらいの価値はありそうだ。


 坊主丸儲けと言われるが、この世界でも宗教界隈は色々と副収入があり、しかもエランシア帝国では政治に介入しない代わりに税免除を得られている特権階級であるのだ。


 『勇者の剣』も元はそういった宗教団体なので、アレクサ王国でも課税はされておらず、金が唸るほど余っていたと思われる。


 でなければ、あんな貯め込めないだろう。


「ああ、半分はワリドたちに『返還』する。残る半分はうちの取り分にしてもらう。ワリドはその金で山の民を掌握していけ」


「承知した。山の民はアルベルト・フォン・エルウィンを恐れている。力を貸せと言われれば、直ぐに手を貸すだろう」


「ああ、期待をしている。が、あまり表立ってうちの臣下になったと言わない方がいい。警戒されるからな。表向きは中立であることを装ってもらっていい。うちも深くは山の民の運営には関わらない。その方がお互いに得るものが多いからな」


「さすがは知恵者だな。わしが裏切るとは思わんのか?」


「リュミナスはいい子なんでな。その子の部族が裏切るとは思わん。っていう理由でいいか?」


「ふっ、アルベルトは変わった男だな。わしはお主とリュミナスの子を待ちわびるぞ。さぁ、ではこの大荷物を運び出すか」


 ワリドは笑みを浮かべると、宝物庫の財宝を運び出し始めた。


 金貨二五〇〇〇枚をワリドに渡しても、謀略、戦争に使った費用を十分にペイできて、プラス差益が出ている。


 これで、『勇者の剣』の後処理を終えれば、麦刈りが始まり、嫁とのイチャイチャタイムを満喫できるようになるはずだ。

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