第三十四話 開拓村視察

 帝国歴二六〇年 紫水晶月(二月)。


 年末に確保した流民たちが急ピッチで開拓している開拓村を視察にきていた。


 すでに事前に集めておいた建材を使って急造の掘っ立て長屋が軒を連ね、村としての体裁は整いつつある。


 彼らにはこれから畑の開墾という大事業が待っているため、ガンガン働いてもらうため、エルウィン領に余っている食料を惜しみなく投じていた。


 おかげで痩せて骨だらけであった流民たちの栄養状態は改善し、一部はふくよかな体型を取り戻している者も散見されていた。


 みんな、きちんと飯は食えているようである。


 人が貴重な資源であるこの世界は『飯』と『金』を握った者が勢力を伸ばせるのだ。


 幸いエルウィン領も新たに属領化したアルコー領も標準以上の開墾地を備えており、人を増やせばいくらでも食糧が増産できる場所であるため、戦乱が続く荒廃した場所からの人狩りは引き続き続けていくつもりであった。


「アルベルト、どこぞにカワイイ子はおらぬかのぅ。アルベルトがリゼたんもイレーナも独占するから、妾の身辺が寂しくてかなわぬのじゃ」


「マリーダお姉様、オレは別にアルベルト殿にべったりじゃないぞ。お姉様もす、好きだし」


「リゼたん!? そうか、妾のことは好きなのか。ん~、妾も好きじゃぞ。ちゅ、ちゅう」


 視察に同行していたリゼに対してマリーダがキスの雨を降らせていた。


 朝からお熱いことである。


「マリーダ様には私がいるではありませんか。私では役不足ですか?」


「そういう意味ではない。夜は妾も大満足じゃ。そうではなくてなぁ、妾は癒しを癒しを求めておるのじゃ。お昼間はリシェールが厳しいのじゃ。夜もじゃが……」


「ほほぅ、それは政務をマリーダ様がサボるからではないのですかな? リシェールには私からマリーダ様がサボらぬようにしっかりと監督しておいてくれと言ってありますしね」


「むむむ、やはりアルベルトは妾の困る顔を部屋の隅から見ておるのではないのか」


「そのようなことはいたしておりませんぞ」


 マリーダが俺のことをどういうイメージで思っているのかが垣間見えた言葉であった。


 俺はただ、脳筋極振りの君主であっても最低限のお仕事をこなしてもらうために政務をさせているのであって、マリーダの困り顔を見たい訳でもない。


 マリーダの性格は短い間の付き合いでもよく理解できていると思うし、人に向き不向きがあることも知っている。


 ただ、当主の仕事は代行できる者がいないので、マリーダが政務から離れるには俺との間に子をもうけて、その子に当主を譲り、当主幼年を理由に当主代行者として俺を指名するしか道はないのだ。


「政務から離れたければ、私との子作りに励んでもらうしか……」


「そう思って励んでおるのじゃ。今宵も励むのじゃぞ。妾は当主などさらさら御免なのじゃ」


「承知しました。鋭意奮闘努力いたします」


「アルベルト殿はオレも孕ませないといけないから、大いに頑張って欲しい」


 女当主二人からの積極的なアプローチには、俺も全力を持って当たっていく所存である。


 そんな感じでワイワイと騒いでいたら、俺たちの姿を見つけた開拓村の村人たちがわらわらと集まってきた。


「これはマリーダ様にアルベルト様、お越しになられていたのですね。あれから二か月、提供して頂いた物資で村らしくなってきました。寝る場所ができたことで、村人たちはすでに畑を作るための開墾作業に勤しんでおります。それもこれも三年間の租税免除と開墾地を開墾した者に与えるというアルベルト様の書き付けを頂いたおかげです」


 開拓村のまとめ役の男が地面に正座して頭を擦り付けていた。


「そんなにかしこまらずともよい。近くにきたので様子を見にきたのだ。どうだ、困っていることはないか? 足りぬ物があれば申し出るがよい」


「ははっ! 十分に物資は頂いております。これ以上は頂く物はありませぬ」


 これからエルウィン領の民として税をたくさん納めてもらわねばならぬため、彼らが疲弊してまた流民に戻らぬように手厚く遇している。


 ちなみに、手厚く遇していると言っているが、エルウィン領内の農村は平均以上に豊かな村が多いため、開拓村への手厚い資金援助もあまり不満は出ていない。


 普通の領地であれば、外から来た者を手厚く遇すればイザコザが起きるのが常だが、必要以上に裕福なエルウィン領民は外部から流入した者が自らの権益を犯さない限り鷹揚であるらしいのだ。


 なので、開拓地はまだたくさん残っているため、外部の民をじゃんじゃん引き入れて人口増加を促進していきたいと思う。


 そんなことを考えていたら、後ろに控えるマリーダが俺の袖を引っ張っていた。


『アルベルト……妾はカワイイ子を見つけたのじゃ……。城の女官として出仕させてよいかのぅ』


 マリーダが目をキラキラさせて、自分好みの女性を見つけたと申し出ていた。


『誰ですか?』


『あの娘じゃ、ほら後ろの隅の……アルベルトも好みそうな娘じゃろ』


 マリーダと俺の女性の趣味はほぼ似通っているため、マリーダが指差した女性を凝視する。


 エルウィン家から支給された衣服を着ているが、ほっそりとした体とはアンバランスなほど胸元は大きく膨らんでおり、短く切り揃えられたショートカットの髪色は日の光を反射して白く輝いている。


 しかも、頭髪からは長細く突きでた兎の耳が見え隠れしている。


 気になったので、その娘の前に行くと声をかけた。


「君の名を聞いてもよいか?」


 名を問われるとは思ってなかった女性は平伏したままビクリと身体を震わせた。


 明らかに俺に対して怯えた様子を見せている。


「別にとってくったりはするつもりはない。名を聞き、容貌を見せて欲しいだけだ」


 とって食う気があるのはマリーダなので、俺は嘘は吐いていないはず。


 ただ、ご相伴には預かるつもりでいる。


「フリン……フリンと言います」


 見上げた顔は流民とは思えぬほど整った顔立ちをしており、真っ赤な目には怯えの色が灯っていた。


 彼女は獣人の中でも兎人族と言われる種族の子であるようだ。


 これは、掘り出し物を見つけた気がする。


 さすが、俺の嫁。可愛い子に関する探知能力は野生の獣のようなレベルを発揮してくれるぜ。


 兎人族は男性がモフモフな獣顔なのに対して、女性は人の顔に兎耳という変わった種族で、その容姿から愛玩目的の奴隷化により数を減らしている種族であった。


 これは是非とも我が家で保護するべき人物である。


 希少な兎人族の女性を保護し、子作りに励んで混血種とはいえ兎人族の種の維持をしていかねばならぬ。


 俺はすぐに彼女の保護を決めた。


「フリンとやら、両親や親族はいるのかね?」


「いえ、家族は疫病ですべて亡くなってしまい、今は私しかいませんが……。開拓村の皆さんにはよくしてもらっていますので、家族みたいなものです」


「ならば、これよりマリーダ様の女官として城に上がりなさい。住む場所は私が全て手配するので身一つでくるがよい。君がお城にあがればマリーダ様の覚えもめでたくなるし、開拓村への支援もより一層手厚くなると確約しよう」


 孤児であったフリンを城に女官としてあげれば、マリーダの覚えがめでたくなる以上に、内政を司る俺の覚えがめでたくなるとは言わないでおいた。


 獣っ子にご執心なのはマリーダだけではないのだよ。


「わ、私が女官に?」


「ああ、是非とも承諾してもらえるとありがたい。外からきた者が集う開拓村とマリーダ様を結ぶ懸け橋となってもらえるとありがたい」


 女官ということでフリンも真剣に考えを巡らせている様子である。


 その様子を見るに頭の働きの方は悪くないように思えた。


 自らが城に上がって当主であるマリーダに仕えれば、村に色々と便宜を図ってもらえると考えているのだろう。


「フリンちゃん、お城に上がって女官にしてもらえるなら、上手くすればいい相手との結婚もできるかもしれないよ」


 隣に居たおばちゃんがフリンの女官出仕を後押しする。


 いいぞ、おばちゃん。もっとやれ、フリンはきっと俺の嫁に収まる予定だからバッチコイだ。


「そ、そうですよね。これは良い話ですよね。私がお城に上がってマリーダ様の身の回りの世話をすれば、皆さんの暮らしが良くなるんですよね」


 フリンはおばちゃんと喋りながらも自分自身に言い聞かせている様子であった。


 便宜はいくらでも図ってやるので、女官出仕を承諾して欲しい。


「それで返事は?」


「はい、私でよければマリーダ様の女官としてお城に上がらせてもらいます」


 フリンが女官出仕を承諾すると、待ち切れなかったマリーダが早速、彼女を抱えてその場を立ち去り、乗ってきた馬車の中に消えていった。


 そして、遠くに見える馬車がギシギシと揺れると、フリンのくぐもった声が風にのってこちらまで届いていた。


「あー、大丈夫だ。フリンは大事にするし、里帰りした時は労わってやってくれると助かる。それにこの村への援助は惜しまない。うちの当主は身内になった者を見捨てることはしないから安心せよ」


 フリンを掻っ攫って馬車にしけこんだマリーダの様子を見ていた村人たちが呆気に取られていた。


 まぁ、言ったことに間違いはない。


 マリーダは好悪の感情の起伏が激しいが、身内となった者に対しては激甘なので、この開拓村に対してもフリンの出身地として特典を付与しまくるに違いなかった。


「いえ、流民だった我々の村からですら、身辺に侍る女官を募られるマリーダ様の剛毅さに感銘を受けました。我らはこの地で生涯エルウィン領の民となります」


 村人たちは外から来た者という劣等感を抱えていたらしく、その劣等感をマリーダの行動で振り払われたようで、民としてこの地に腰を据える気になったようだ。


 マリーダの行動は色欲に従っただけなのだがとは言いだし辛かったので、黙っておくことにした。


 それから、俺とリゼは村の中を視察し、今後の計画を村人たちと話し合いを終え、開拓村を後にすると、数戦やり終えぐったりしていたフリンを加え堤防工事の現場へ向かうことにした。


 ちなみにマリーダはフリンとリゼを両脇に抱えて終始ご満悦であった。

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