第十八話 出陣

 税制の改正に向けて色々と私案練っていた矢先の帝国歴二五九年 紅玉月(七月)


 マリーダが帰参の手土産に献上した国境の三城に進駐した義兄ステファン率いるエランシア帝国軍に、ブチ切れたアレクサ王国軍を含む周辺領主たちがカチコミを掛けてきた。


 ちょうど麦の刈り入れを終え、手すきな農兵を動員できるため、『おんどりゃぁあ! うちの領土を掠め取りやがってきっちりとシメたる! ついでに倉庫の麦もパクったるわ!』的な勢いで攻めてきた。


 もう、封建時代ってめんどくさい。


 敵は総勢五〇〇〇の兵。って言っても領主たちが率いる常備兵は五〇〇くらい。


 多くは農閑期で暇を持て余した農兵だった。


 魔王陛下から、周辺領主に動員命令が下り、我がエルウィン家にも出陣の下知がきた。


 中庭には当主マリーダの非常呼集を受けて、当主マリーダ始め、家老のブレスト、その息子のラトールも含め鬼人族の全家臣が勢揃いしていた。


 戦の直前であるため、居並ぶ皆から緊張感が漂っている。


 俺はカツカツと歩み寄ると、全員を見据える。


「よく集まってくれた。まずはエルウィン家家訓の唱和からいこうか」


「『思慮深く、物事を考えて行動します』なのじゃ!」


「「「『思慮深く、物事を考えて行動します』」」」


 マリーダが率先して、俺が新たな家訓として授けた言葉を唱和すると、その場にいた者、全員が唱和する。

 

 戦闘種族である鬼人族を少しでも一般人に近づけようと、導入した家訓唱和であるが、効果のほどは未知数である。


 そもそも、脊髄反射で生き抜いてきた鬼人族に脳みそで考えるというワンクッションがあるのかというレベルなのだが、やらないよりはやった方がいいと思ったのでやらせていた。


「おっけー。よろしい。では、本題に入ろう。魔王陛下より、このエルウィン家にも国境で踏ん張るステファン殿を手助けせよと勅命が下った。つまり、参陣要請が来ているということです」


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! ついに戦かっ!! 腕が鳴るぜ!! オレもついに初陣かぁああ!!」


「妾も久しぶりの実戦なのじゃぁあああっ!! 最近は、印章押し係にされてストレスが溜まっておるからのぅ!! この大剣に敵の血を吸わせてやらねばならんのじゃああぁ!!」


 マリーダもラトールもはぁはぁと荒い息をして、目が血走っている。いや、訂正。マリーダとブレストだけじゃなく、鬼人族全員が目を血走らせて血に飢えていたのだ。


 もう、戦闘種族って戦うこと以外にストレス発散できることないのかな。


「馬鹿者ぉおおおおおっ!! この戦ワシが指揮を執るんじゃぁあああっ!!」


 もう一人、めんどくさい人がいた。


 家老のブレストだ。こっちも、テンションが高い。


「はぁはぁ、身体が疼くのじゃ。妾の身体が熱い。はぁはぁ」


 参陣の下知が下って以降、マリーダの夜の営みも激しさも増している。元々、野生児であったが、いくさが近づくと野獣さながらの色欲を見せてもいる。

 

 俺も腰がもたないかもと思ったほど、激しい。


「マリーダ様が夜に激しすぎて、みんなお疲れ気味ですね。いくさ場で血抜きしてもらった方がいいかも」


 おかげで調教係のリシェールも、お相手役のイレーナもお疲れ気味だった。鬼人族の体力はぱねぇっす。


 中庭に集まったいくさを前にした鬼人族の一族の者を見てドッと疲れが増す。


 それにしても、脳筋一族のお祭り会場かココは。


 一方、人族の文官たちは戦には動員しないので、粛々と帳簿仕事に励んでいる。


 彼らの戦場はこの城の中だ。数字と戦い、正確無比な帳簿を作り上げ、税を取り立て、エルウィン領の発展の道筋を作り出すのが仕事である。


「さて、いい加減、お祭り騒ぎをやめさせて、今回の作戦を授けないといけないな。マリーダ様、ブレスト様、今から作戦の指示をしますんで、以後騒いだら留守居役ですよー」


「鎮まれ! アルベルトが策を話す。皆、鎮まるのだ!」


 すでに露出度が高めの真紅の革鎧に身を包み、フル装備で戦仕度を整えたマリーダが、中庭に設置された腰掛けに腰を下ろし、家臣たちを黙らせていた。


 居並ぶ家臣たちの声が小さくなると、視線が俺に集中してきた。


「さぁ、鎮まったのじゃ」


「助かります。では、改めて今回の作戦を。ステファン殿からの情報によれば敵はアレクサ王国軍。総数五〇〇〇程度。時期を考えれば、マリーダ様が奪い取った国境の三城への報復行動だと思われる。なので、敵の戦意はまばらだと思われます」


「ほぅ、妾の行ったことへの報復か。この鮮血鬼も舐められたものじゃ。たかが五〇〇〇程度で妾とステファンを打ち払えると思っておるとはな」


 アシュレイ城はアレクサ王国との最前線に近く、動員した兵がステファンの率いる進駐軍の側背を狙いつつ、こちらの方へなだれ込んでくるかもしれない。


 ただ、情報ではステファンの駐留しているズラ、ザイザン、べニア方面に主力が集まり、側面支援の動きを見せる軍も存在が確認されていた。


「国境警備中のステファン殿が主力を引き付けてくれるそうですし、援軍には周辺領主も動員されているため、うちはやる気のないアレクサ王国に動員された周辺国境領主軍の撃破を最優先事項にします」


 存在が確認された側面支援の軍はアレクサ側に付いている国境領主たちが寄せ集まった軍で戦意はかなり低いと見られた。


「むむ、弱卒を襲うか」


「ブレスト殿、損害は少なく、武功は大きくです。やる気のない周辺国境領主軍を崩せば、アレクサ王国軍もそれ以上の攻勢は無理と判断し撤退するでしょう。そうすれば、武功第一間違いなしですよ」


「武功第一!!」


 になるかどうかは魔王陛下次第だが。少なくとも、損害少なく敵を撃退させることができるはずだ。


 敵の弱いところを徹底的に突く。戦いの基本だ。


 そこに、この脳筋一族の戦闘力が加われば、更に勝つための確率が上昇する。


「おっしっ! アルベルトの策通り、妾らは周辺国境領主の軍を狙うぞ。ならば、身軽な方がいいな。農兵は出さないぞ。家臣団のみでいくさに行くのじゃ」


「はい、その方が良いかと。今回は兵数より身軽さが必要ですな」


「分かった。一番隊一〇〇名は妾が率いる。二番隊七五名は叔父上、後詰二五名はラトールが率いてアルベルトを護衛するのじゃ。皆の者、出陣いたす」


「「「おぉ!!」」」


 マリーダの号令で家臣たちが中庭から出ていく。


 ついに、脳筋たちが野に放たれる時が来たのだ。


 後詰はラトールが初陣として指揮をとるため、俺は輜重隊の責任者でしかない。俺が直接戦う時はエルウィン家が敗走している時だ。そんな事態になれば、まず終了エンドだと思うしかない。


 そうならないように、現地でも手が打てることがあれば、打つつもりだ。


 俺もリシェールに着せてもらった革鎧を鳴らし、腰掛けを立ち、戦場に向かうことにした。

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