第十三話 度量衡

 城内の倉庫の整理が終わり、各種管理台帳の作成という地獄の行進デスマーチにミレビスを投入した。


 まぁ、後の話にはなるんだが、結論から言えば彼はこの地獄の行進デスマーチを耐え抜き、エルウィン家に管理帳簿を導入した実績により『帳簿の魔術師ミレビス』と呼ばれ、財務全般を請け負う筆頭内政官として活躍するのだ。


 要は俺の右腕として財政を把握するお仕事係として有能さを示した男であるが、今はまだただのマリーダの私的従者という立場でしかない。


 そんなミレビスに帳簿作りのお仕事を任せた俺は次なる案件を解決するべく、城下の商人組合の建物に顔を出していた。


「まさか、ご当主様のご使者が来られるとは思ってもいなかったので、すぐにお迎えの準備を致します。今しばらくのお時間の猶予を」


 嘆願書を送った商人組合の組合長をしているラインベールという初老の男が、周囲の部下たちに指示を出して会見の場を大急ぎで整えさせていた。


 アポなし突撃ではあったとはいえ、嘆願書を出している者がこうも狼狽えているのを見ると、長年の鬼人族当主の放置政治の酷さが垣間見えた気もする。


「いえ、お気になされずに。こたびはラインベール殿の嘆願書に興味を持ち、詳しい話を聞きに来ただけですので」


「な、なんとっ! エルウィン家に内政に詳しい入り婿殿が来られたとの噂でしたが貴殿がその入り婿殿か?」


「ええ、アルベルトと申します。一応、身分としては当主マリーダ様の家臣という形です。祝言は上げておりませんので、まだ家臣とだけ思っていただければ」


 当主マリーダ直結の家臣と聞いたラインベールの眼が輝く。


「回りくどい話は嫌いなので単刀直入にお伺いしますが、アルベルト殿がエルウィン家の舵取りを任されていると見てよろしいですかな?」


「そう思ってもらって結構です。エルウィン家の領地の内政は私が全権委任をお受けいたしておりますゆえに」


 俺が内政の全権委任を受けていると聞いて、更にラインベールの眼の輝きが増していた。


「ならば、先だって出した取引上のトラブルの件、是非ともアルベルト殿のお力をお借りしたい。他の地域とこの地域で重さの測り方、長さの測り方が統一されておらず、取引でトラブルになりこの商人組合に駆け込んでくる者たちが激増して困っているのです」


 ようやく自分たちの話を聞いてくれる者がエルウィン家に現れた期待感からか、ラインベールはすぐに嘆願書でも取り上げていた商取引におけるトラブルの解消をお願いしてきた。


 ラインベールの困っている問題は、簡単に言えば買った場所で一キロの重さだった物が、売る場所では九〇〇グラムになっていたとか、買った所で一メートル反物が、売る場所では九〇センチだったという話しである。


 え? よくわからん。


 別に運んでいる途中で品物が干からびて軽くなったとか、反物が湿気に反応して縮んだとかいう話ではないことは理解してくれ。


 ざっくりと言うと買った場所と売った場所で使っている重さを測る天秤や長さを測る尺が違っているんだわ。それが、このアシュレイ城下で起きている取引のトラブルの大元。


 簡単に調べただけでも領内で二〇種類ほどの分銅や尺や容器が流通しているし、他国まで含めれば数万ほどの分銅や尺や容器が流通していると思われる。


 それらを当地で買った商人からすれば、一キロ分買ったつもりなのに、さて売るべき場所に着いて量ったら九〇〇グラムだと言われたら、そりゃあトラブルにもなるだろう。


 要は重さや長さを測る基準が統一されていないのである。


 ならばどうすればいいか? 


 それは簡単である領主が強権を発動して公的に認めた分銅と尺と容器でしか商取引を認めないと宣言をすればいい。公的な印を押した分銅と尺と容器以外を使用すれば罰金刑に処するとすれば、正規の商取引を願う者たちはこぞって公的な物を使うはずだ。


「その件であれば、すでに動くつもりでいます。ラインベール殿の助力をお借りして城下の鍛冶職人たちをここに集めてもらえますかな」


「こ、これはすごい。すでに手を打つ準備をされていたとは……。早急に鍛冶職人たちを呼び集めますので、しばしお待ちくだされ。イレーナっ! アルベルト殿にお茶をお出ししろ」


 ラインベールが部下たちと鍛冶職人を呼びに飛び出すと、入れ替わりに金髪碧眼のロングヘア―をしているグラマラス美女が給仕盆にお茶を載せて奥から現れた。


「父上はお客様をほったらかしにして飛び出して行かれてしまったのですね」


 目の前の金髪美女に目を奪われる。楚々とした立ち振る舞いをする可愛らしい様子とは裏腹に身体の方はグラマラスなワガママボディをしているのだ。


 マリーダもリシェールも大きいがこの子もデカイ。動くと揺れるとなると眼が釘付けになるな。


「お気になさらず。私がお父上にお願いをしたのですから。ところで貴方のお名前は何と申されます?」


「はっ! これは失礼を致しましたわたくし先ほど会われたラインベールの娘でイレーナと申します。アルベルト様におかれましては以後お見知りおきをくださいませ」


 恭しく頭を下げたイレーナの胸の谷間が目に飛び込む。


 素敵おっぱいが刺激的だな……。こういう子を秘書として隣で仕事をしてもらえると色々と捗りそうな気もする。しばらくイレーナと雑談をしていたが、彼女がまだ二〇歳で独身と聞き、秘書役の要求熱が俄然高まっていた。


 その後、父親であるラインベールが城下街の鍛冶職人たちを連れて戻ってきた。


 そして、俺は鍛冶職人たちの視線が集まるテーブルに一本の鉄の棒を置く。


「これと同じ長さの物を三〇〇〇本ほど作ってくれ」


「へぇ、同じ長さですか?」


「ああ、ぴったりと同じ長さのものだ。材質は鉄で作る。簡単に曲がらないし、材料もすぐに手に入る」


 テーブルに置かれた鉄の棒は印をつけた場所をマリーダにぶった斬ってもらった物だ。俺が目視でおおよそ一メートルと感じた長さで棒を切ってもらっている。


 完全に目分量であるがこれが、エルウィン家の領内における一メートルだ。


 俺が決めた。本来なら領主が決めることだが、マリーダに説明する前に出た返答は『よきにはからえ』だった。


 なので、よきにはからっている。


 鉄だと温度で伸長するし、錆びる。が、今の統一されていない尺で測られるよりは、断然マシで正確な長さが測れる。


「なるべく誤差なく頼むぞ」


「へえ、心得ました」


 鍛冶職人の中には武具を作る職人たちも混じっているので、鉄尺は早々に集まるだろう。これを領内の公的な尺として普及させ、これ以外での尺での商取引に罰金を科すつもりだ。


「さて、次はこれだ」


 コロンと小さな鉄の塊を机の上に置いた。


 アシュレイ城の倉庫に転がっていた小さな鉄の塊を拾ってきたものだ。


「これは?」


「ああ、これが天秤用の重りだ。これを重さの最低基準とする。これを元に五倍、一〇倍、五〇倍、一〇〇倍の分銅を作らせる。数字の管理はラインベール殿に任せる」


「承知いたしました」


 天秤は領内に重さを計る道具としてあまねく行き渡り、人々が日常的に使っているが、秤に使う分銅の統一がされていないのだ。


 例の如く、よきにはからえなので、この際俺が統一させてもらう。


「この公的な重りと尺を使わぬ商取引は来年より全て正規取引とは認めぬ。ラインベール殿には商人組合にてこの正規品となるエルウィン家の意匠入り分銅と尺を販売してもらう。その際単位名称も変更を布告するので、以降はその単位での商取引以外は違法とみなすことにします」


 ついでなんで、センチメートル法とキログラム法を領内基準として採用することにしている。どうせ、切り替えにあたり新しい単位が必要となるので俺に馴染んだ物を利用しようと思う。


 単位の変更は多くの反発が予想されるが、これについては当主マリーダの直裁で公布してもらい、この単位以外の使用を禁ずることにする予定だ。


「来年ですと……。これは早急に制作進めねばなりませんなぁ。だが、できない訳ではない」


「ラインベール殿には頑張ってもらいますぞ」


 重さと長さと容積だけでも統一できれば、取引偽装のもめごとが減るのはもちろんのこと、徴税業務における計量の負担低減も狙えるため早急に導入するつもりである。


 最初は色々と混乱するだろうが、人間は慣れる生物だ。


 十年も経てば、慣れれば普及すると思う。苦労は最初だけ、受けるメリットは莫大。


 エルウィン家の身代が大きくなれば、なるほどメリットが大きくなる。そのための先行投資だ。


 商人組合の一室に集まっていた職人たちに鉄尺と分銅の制作を依頼して送り出す。


 残ったラインベールとイレーナが神妙そうな顔でこちらを見ていた。


「どうかされましたか?」


「不躾な質問ですが、アルベルト殿は身辺がお寂しいことはありませんでしょうか?」


 ラインベールがチラリと俺の顔色を窺っている。身辺が寂しくはないかとの問いかけを精査していく。


 これは、娘を差し出すというフラグであろうか。


「私の身辺は寂しくはないが、マリーダ様が身の回りの世話をする女官を探していますよ。どうです、お嬢様を行儀見習いとしてお城に上げられては?」


 巧みに相手の意図を躱した答えを返しておいた。


 きっと、ラインベールは俺にイレーナを近侍させてエルウィン家への影響力を増大させたいのだろうが、行政を牛耳る予定の俺が一商人と結託するのは外聞が悪い。


 外聞よくするためにはマリーダ付きの女官として城に上がってもらい、マリーダの情婦として可愛がってもらいつつ、俺の秘書業務もしてもらうのがベストだと思われる。


「なんと、マリーダ様付きの女官の枠に我が娘を……。それは本当ですか」


 ラインベールはマリーダの本性を知らないようで、本当に普通の女官として当主に近侍できると喜んでいるようだ。


 入り婿の俺の近侍より、当主付きの女官の方がラインベールとしても影響力を発揮できそうで嬉しいのだろう。


 だが、アレは両刀使いの性獣である。イレーナは憐れマリーダの餌食となって数日後には悦楽堕ちしてるはずだ。そうなれば、リシェールと同じように夜のお仕事仲間としてイレーナも仲間入りしてくれるはず。


「本当です。私の方から推薦の書状を書きますので、是非ともイレーナお嬢さんをお城の方に遣わしてください」


「そ、それはありがたい。イレーナ、すぐに城に上がる準備をしなさい。今後はマリーダ様の側仕えとして一生懸命に奉仕するように」


「は、はい。お父様」


 イレーナが慌てて部屋から出て登城する準備をしにいった。きっと父親の言った奉仕とは違う意味の奉仕が待ち受けていると思うが、悪いようにはしないので、頑張ってもらうことにしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る