短編BL横丁

加藤よしき

1.静電気

 ぱちん。

 音と共に、指先に鋭い痛みが走った。静電気だ。

 痛みが走った指先を見つめ、川上 亮(かわかみ りょう)は思った。指の腹が切れている。血も流れ落ちている。痛い、痛いが、よりにもよって、このタイミングか。学ランの下に着こんだセーターのせいか、首にまいたマフラーのせいか。この乾燥し切った冬の冷たい空気のせいか。高校三年生の大事な時期に、恋人を作った天罰か。それとも――。

 「スゲー、今の何? 亮、お前もバチってなったろ? 指の先っぽ」

 その相手が、このバカづらだからか。この冬空の下で、マフラーもセーターも身に着けず、白のTシャツに学ランだけ着ているようなバカだからか。

 そのバカこと、たった今できた亮の恋人、高崎 圭吾(たかさき けいご)は、目を真ん丸にして、自分の指先を見つめている。やがて

 「おっ! スゲーぞ! 血が出てきた!」

 そう言って圭吾は亮に人差し指を見せつける。剃刀で切ったように、真一文字の傷ができていた。深くはないが、血が滴り落ちている。

 「……痛くないか?」

 亮が効くと、圭吾は笑った。

 「痛い。けっこうシッカリ切れてる。つーか亮、お前の指は?」

 亮の人差し指も切れていた。しかし――。

 「僕は……いや、痛くない」

 亮は嘘をついた。痛い。人差し指の腹が、パックリと切れているのだから。これから全てが始まろうと言う時に、こんなことが起きたのだから。流血は止まらない。血は雫となって地面に落ちた。

 亮は思った。

 幸先が悪い。この季節なら珍しくない自然現象だが、まるで誰かに意地悪されたようだ。生まれて初めて他人に告白して、初めて手を握ろうとした時だったのに。

 「血が止まんねぇんだけ……亮さ、ティッシュとか絆創膏とか持ってない?」

 「持ってない」

 当たり前だ。普段から持ち歩いていないし、まして今ここにいるのは告白をする為だ。身一つ――正確には金属フレームのメガネと防寒具――で来るのが普通だろう。

 「適当に押さえてろ。勝手に止まる」

 「雑っ! お前さ、化学部だろ? なんかこうい時の為に備えとかしてないわけ」

 「化学部を何だと思ってるんだ。それを言うなら空手部のお前こそ、絆創膏の一つくらい持ってないのか」

 「ねーよ。部活中じゃないし。はぁ、お前ってホントそう。ガキの頃から、繊細そうな見た目のわりにホント雑だよな」

 「見た目の話をするなら、お前だってそうだろ。普段は空手でガツガツ殴り合っているくせに、このくらいの傷でアタフタするな」

 「あー、またそういうこと言う。謎の上から目線で、いつも偉そう。親から礼儀を習ってねーのかよ」

 「うるさいな」

 「つーかさ、今から付き合おうってとこだぞ? お前、恋人の指がパックリいってんだから、もうちょい心配しろよ」

 恋人……そうか、そうだった。こいつと自分は今から恋人だった。

 苦労しそうだ。やっぱりこの静電気は、天からの警告なのかもしれない。たしかにこいつと一緒にいるのは苦にならない。どんなふうに文句を言っても、凹まずに反論してくる。だから会話が成立する。自分でもビックリするくらい饒舌になる。そういうとき、本当に幸せだ。だけど……やっぱり良くないのかもしれない。友だちとして付き合うことと、恋人として付き合うことは決定的に異なるのだから――。

 「ま、ともかくだ。幸先いいよな、俺ら」

 「は?」

 亮は間の抜けた声を上げた。

 「ケガしたのに、何で幸先がいいんだ?」

 「ん? だってよ、ビリって来たんだぞ。手を繋いだ瞬間に。しかも指がパックリだ。血まで流れて、珍しいじゃん。なんか特別な感じしない?」

 しない――という亮の言葉を遮り、饒舌な恋人は続ける。

 「ほら、よく言うじゃんか。惚れた瞬間に電気が流れたみたいな感じがしたって。でも俺らの場合は、本当に電気が流れたんだぞ。これ、偶然とは思えねぇよ。相性バッチシってことじゃない?」

 亮は思った。

 バカらしくなるほど楽観的なヤツだ。しかし……ああ、そうだった。僕はこいつの、こういうところが好きだったんだ。幼稚園の頃から、小学生の頃から、中学生の頃から、高校生の今……僕はずっと、こういうところが好きだった。「……お前が好きだ。一緒にいると楽しいし、他の人に取られたくない。ずっと前から、好きで、それでーー」そんなふうに言ったとき、「なんだよ〜。だったら早く言えよな。俺も好きだよ。普通に」そう軽く答えたお前が――。

 「違うと思うぞ。普通の静電気で、むしろ嫌な予感がするくらいだ」

 亮は本音を言った。

 「だから、そういう態度を直せよ。ネガティブすぎるんだよ、お前は。直さないと速攻で別れる。いいな?」

 「嫌だ。態度は生まれつきだ。もちろん別れるのも嫌だ。お前が好きだからな」

 「だったら態度で示せってーの」

 「……そうしよう」

 そう言って亮は、手を差し出した。

 「よろしい。そんじゃ、さっきのやつの仕切り直しな。」

 圭吾がその手を握り返す。

 「これからよろしく、圭吾。ところで、そのボサボサの髪を切れ。彼氏として、お願いだ。もうちょっと身なりに気を使え」

 「こっちこそ、亮。それで、お前はそのチャラついた髪型をやめろ。似合ってないぞ。あと、この冬にそんな薄着はやめろ。風邪をひく」

 軽口を叩き合う。その頃には血が止まり、痛みも消えていた。

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