第19話 別れの時

 その後、クリルさんに二人の容体も診てもらい、異常はないものの本調子に戻るまでには、もう少し時間が掛かるだろうということを話していた。


「城への報告を済ませるだけですので、のんびりセントーリアへと戻れば、英気も養われることでしょう!」と、シーレさん。


「ぉ兄ぃちゃんの方が、時間かかる……」と、尤もなご意見の涼ちゃん。


 そして俺らは報告をすべく謁見を求めて、午後一番にビヨンド王がその時間を取ってくださるということになったので、書類の整理なんかをしながら身支度を整えていると、カルムさんが馬車で迎えに来てくれた――。


「……申し訳ありませんでした」


 開口一番、俺らにそう謝罪する。


「私の落ち度です。護衛を付けておくべきでした……」


 聖騎士は悔しさを滲ませて、そう語る。


「いえいえ、俺らも予想できませんでしたし、それに……」


 これは俺自身の落ち度なんです、と、付け足した。

 けれど返って俺のその言葉が、カルムさんにとっては辛いものとなったようで、「この借りは、いつか必ず……」と、唇を噛み締め出会った時と同じようにして、頭を下げてくれていた。


 □


 カルムさんに道すがら、ローシラ宰相がどうなったのかを聞いてみた。

 獣人の証言により、首謀者が宰相だと判明したので、身柄を拘束しようと聖騎士の人達が館へ直ぐに向かったらしいのだが、既にもぬけの空だったそうだ。そして獣人の話では、アイシャム・ローシラという名前は没落貴族から買った名だそうで、本名は彼も知らないとのことだった。それから半数程の地位ある人達が、宰相に弱みを握られていたそうだ――。


 謁見の間では、皆が温かい眼差しと労りの表情で俺らのことを迎えてくれた。けれど玉座の左右に居並ぶ人達の数は、随分と減っていた。


「流射芽殿。此度はこのファーランドの為、本当に良くしてくださった。礼を申しまするぞ」


 ビヨンド王は俺らの無事を確認して、安堵の表情を浮かべる。


「ありがとうございます。それでは早速、ご報告させて頂きます――」


 俺らは第三者委員会の立場として、ローシラ宰相に背信の意があったことを断定した。

 国費の横領についてのカラクリ自体は、蓋を開けてみれば然程難しい話ではなかった。

 只、それを暴くことは、この国の人では難しかっただろうということは間違いない。 

 金額のズレ等を誰かが仮に発見したとしても、それは恐らく断片的なものに過ぎないだろうし、只のミスとして修正されてしまうのが落ちだっただろう。

 それに、事の真相に迫る為には、全貌が見えなければならない訳だが、王の元へ報告が上がる頃には、改竄は既に済んでいただろうし、金額的なものが大胆すぎて夢にも思わなかったことだろう。

 そして何より、深追いすれば、消されてしまう可能性が大きかっただろう……。

 

「今後、確認方法などを検討せねばならんな……」と、王は溜息混じりに口にする。

 けれどそんな中、嬉しいニュースもあって、新たな薬師を就けたことによって、王妃は回復の兆しを見せているという話しだった。


「して、報酬についてですが、契約書通りというのでは余りにも不釣り合い。何かご所望のものは、おありでしょうかな?」


 ビヨンド王が、優しく俺らに問う。


「……いえ。書面通りの額さえ頂ければ、それで結構です」


 場がどよめいた。


「しかしファーランドとしても、そのような扱いを皆様方にしたとなると、国の恥となりまする。どうか、なんなりと申して頂きたい。もし、決め兼ねるということであれば、不躾ぶしつけではありますが……」


 王はそこまで言うと、隅に控える侍従に合図を送った。

 すると侍従は恭しく頭を下げて、俺の前へ音も立てずにやってきて、ずっしりとした革の袋を丁寧に差し出してくれた。


「……」


 俺は、ビヨンド王に告げた。


「我々は、セントーリア最高裁判所の者として、契約に則り調査をさせて頂きました。今回の一連の出来事は契約内の出来事です。けれど、もしこの一件で、ファーランド王国と我々セントーリア最高裁判所とが、互いにより一層、強く法を尊ぶ精神が培われるならば、我々にとって其れが一番の褒美となりましょう」


 そう言って、頭を下げた。


「……流射芽殿。ファーランドの王であるこのビヨンドが、世界の要、セントーリア最高裁判所の法の下、今の申し出についてお誓い致そう。そして、必要な時は、いつでも馳せ参じることを、ここにお約束致しましょう」


 ビヨンド王は優しさの中に力強さを備えて、俺らにそう語ってくれた。

 すると聖騎士の最前列にいたカルムさんが一つ前に進み出て、腰の物を抜くと高々とそれを掲げて、「セントーリアの為に!」と、高らかに宣言した。

 次いで聖騎士や騎士の方々が同じようにしてそれを煌めかせて、「セントーリアの為に!」と、声を揃えて誓い合い、その大合唱が暫くの間、続いていた――。


「クゥーーッ! それにしても、あの革袋、持ってみたかったな~!」


 城門まで見送ってくれたカルムさんとシュライバスさんに別れを告げて、借りた馬車に揺られて宿屋まで戻っている最中なのだが、俺は心底、悔しがった。そしてそんな俺に、「前もってきつく言い含めておいて良かったです」と、サーシャは安堵の色を浮かべている。


「……」


 そうなのだ! 「絶対に報酬以外のものは、受け取ってはいけません!」と、サーシャから唇だけを3倍サイズにデカくされて、城に着くまで永遠と言い聞かされていたのだ……ハァ~。


 途中で助け舟を出そうとしたカルムさんに、「ウ・チ・の・問題です!」と、司法(?)への干渉を許さなかった。


「でも、あれだけあれば裁判官なんか辞めて、可愛い女の子に囲まれて悠々自適に……」


「流射芽さん!」


 鬼の形相のサーシャ。


「そこに、家畜小屋はありますか!?」


 リストラ手前のような、切羽詰まった表情のシーレさんからの問い合わせ。


「来る女殺す、去る女追いかけてコロス……」


 脅迫罪成立の涼ちゃんのお言葉。


(……弾劾裁判、自分で起こせないかしら)と、これからもよろしく☆ と言った下の根も乾かないうちから、自ら求めてみたくなるような心境だった――。


 俺らは部屋へと戻り荷物をまとめて、宿の皆に挨拶を済ませて表へと足を伸ばす。すると女将さんとメイドさん達が、わざわざ外まで見送りに出てきてくれた。


「なかなか騒々しい客だったねー。出てってくれて、清々するよ」


 女将さんはそう言いながらも、「なんかあったら、いつでもおいで。体に気を付けるんだよ」と、自分の子供を送り出すかのようにして、そう声を掛けてくれた。


「まだ治っていませんので、ご無理はなさいませんようにしてくださぁい」と、クリルさん。


「楽しかったよ! またいつでも力になるからね!」と、メルティナ。


「……お達者で」と、楓ちゃん。


「本当に皆、ありがとう!」


 俺らは見えなくなるまで、振り返り、振り返り、何度も手を振った――。


 その後、若干太った馬並乃如意棒チンポンウンを引き取りに行き、先日の話しの通り、「行きたいとこある……」という、涼ちゃんの希望を叶えるべく、向かう場所を確認してみると、「買い物してから……」ということで、城下町を出る前にアッチコッチと買い物に付き合い、ファーランド王国を後にした。



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