第16話 女

(また……夢か)


 いつも出てくる女性ひとがいる。


(……え? 裁判?)


 どうやら彼女は今、尋問席で泣きながら何かを訴え掛けているようだ。

 そして前回までとは違って、そのお腹がふっくらとしているのが見て取れた。


(あれ? あの裁判官って、確か……)


 そこで、目が覚めた。


(……動かない)


 目を開けると、体中、包帯が巻かれていた。


(サーシャ……泣いてる)


 薄ぼんやりするとする頭で状況を確認すると、左側には俺の手を握り、涙ながらに懸命に語り掛けるサーシャの姿があるのだが、今の俺には何を言っているのか、全く分からなかった。


(悪い、サーシャ。今すごく、眠たいんだ……)


 そうして俺はまた、目を閉じる――


 □


(夜……だな)


 俺の横たわるベットに上体を預けて、床にへたり込むようにしてサーシャが寝息を立てていた。


(……)

 

 どうやら俺の体は、先ほどよりは、幾分かは動くみたいだ。


「サーシャ……」


 途中の記憶が欠けてはいるものの、何があったのかを思い出した。

 

「……」


 裁判官として、有るまじき行為が頭を過った。

 己の感情に身を任せて、完全に何かに呑み込まれそうになっていた。

 否。もしかすると、呑み込まれたのではないだろうか。

 それに寧ろ、この身を敢て預けたというべきだ。

 とても禍々しい、強大な力に……。

 間違いなく感じ取ったあの力ならば、獣人を容易く無残に断罪できると瞬時に確信してしまった。それは途轍もない愚行であり蛮行。

 何の為に裁判官として、この世界にやって来たのか分からなくなる解決方法。


「ごめんな……」


 サーシャや皆に申し訳ない気持ちで一杯になり、そして、自分の不甲斐無さに助けを乞うようにして、可憐なその細い腕に触れようと手を伸ばした、その時、


「!?」


 異様な気配が、瞬く間に部屋中に広がった――。


(痛っ!!)


 事の重大さを感じ取り、激痛に耐えながら俺は上体を起こす。


「誰だ!?」


 見ると窓際に、赤茶けたローブのフードを頭から深々と被り、顔を隠すようにして立っている、一人の女がいた。


「フッ。異質な力を感じて来てみれば……裁判官だったとはのう」


 艶のある、紅い唇だけが顔を覗かせている。


「……あんた、何者だよ?」


 すると女は、「確かに……何者なんじゃろうのう」と、そう言って、口元だけで笑った。


(……こいつは、ヤバイ――)


 経験と直感が綯い交ぜとなり、激しい警鐘を俺に伝え鳴り響かせている。

 けれど何故だか、望郷とも思える感情が微かに心の苔のようにして生えてきて、尚一層、俺のことを動揺させる。


「……おや」

 

 女は何かに気が付いたようにして、窓越しへと顔を向けて、「要らぬ珍客まで来よったか」と、鼻先で笑った。

 そして、「また会うこともあろう……達者でな」と、そう言うと、暗闇と同化するようにして、消え去っていった……。


「……」


 俺は女がいた場所が気になり、無理矢理にベットから体を引き剥がすようにして起き上がると、痛苦に体を歪めながらも歩いた。そしてその場所へと辿り着くと、自分が震えていることに気が付く。


(極刑……)


 そう、まだ『農耕民族』というふうに、はっきりと区別される以前、三人を殺害した男の裁判を行ったことがある。

 その時の男と、あの女の徒ならぬ雰囲気がよく似ていた。

 その男は世の中の全てのことに対して恨みを抱いており、死刑判決が言い渡されると、生き残ったならば、必ずや復讐を遂げてみせるという、悍ましい憎悪の牙を俺らに向けていた。

 そしてその様子と、先ほどの女が、酷似していた。

 否、あの女の方が嬉々としたものを噛み締めていて、黒い炎を滾らせながら、冷静にその手段を長考しているかのようだ……。


(ぁ……)


 戦慄を覚えてその恐怖から逃れようと、俺は視線を窓の外へ移し下げてみた。すると歩道には、いつものようにコーンシルクの法服のようなものを纏っている、あの男神おがみ様が、ポツン、と、こちらを見上げて佇んでいた――。



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