第8話 痛み
店の中はランチタイムでごった返していた。
「ユーリス。どの
昨日と同様、三人のメイドさんがセッセと働いている。
(あ~、たぶんあの
「えぇっと~……」
目を凝らすユーリスは何を想ったのか、急に目を閉じ鼻をヒクヒクとさせる。
「あ~この匂い達……全員で~す」
塩を撒いてやった。
「ちょっと!? そんなとこで塩なんか撒くんじゃないよ!」
厨房から顔を覗かせる女将さんに叱られてしまった。
「スイマセン! ……あの~女将さん。彼が死んだ時にナンパしたメイドさんに少し話を聞きたいんですけど」と、お願いをしてみると、「今は忙しいから後にしとくれ!」との事だったので、俺らもランチを頂き待つことにした――。
そうしてランチタイムが終わり、猫のシルエットが描かれた準備中の看板を涼ちゃんぐらいの身長の、一番小さなメイドさんが入り口に掲げる。
「ちょいとあんた達、こっち来な!」
肝っ玉母さんという言葉がピッタリなフクヨカな女将さんは、萌黄色の髪を後ろで一つにして縛り、マルーンのシャツから生えるようにして伸びているゴツイ腕で腰に巻いている白エプロンを外しながら厨房から姿を現すと、黙々と後片付けをするメイドさん達を呼び付けた。
すると、何を思ったのか女将さんは、ユーリスを視界に収めると視線を行ったり来たりさせて、「あんた、一時しょっちゅう顔だしてたよね?」と、嫌なことを思い出したようにして眉根を寄せた――。
「この幽霊が死んだ日にちょっかいを出されたのは、誰だい?」
「はぁい」
「ハイ」
「……はい」
一斉にユーリスへ冷たい視線が注がれ場が固まる。
女将さんはその光景に、「やれやれ……」と、溜息を吐く。
「では、この方が決闘をした
「ハイ」
やはりカルムさんの記憶で見た
三人の中を年でいくと真ん中といったところの、今の俺ぐらいの年齢であろう一番気の強そうなメイドさんだ。身長はサーシャよりも少し低いだろうか。グレイのボーイッシュな髪とクリンとした長いまつ毛が印象的な娘だ。
「その時の事を、お話し頂けますか?」
彼女はコクリと頷き、思い出すようにして大きな瞳を斜め上へと持ち上げて、語り始めた――。
話を一通り聞き終え、俺は念の為に【法の書 《サーシャ》】へ手を翳してもらい、その経緯を確認させてもらった。
確かに話の上でも、流れ込んで来たものからも、状況的にユーリスが言うように強引という事はなかった。けれどこのメイドさんがどう感じたのか、それが一番大事だ。
何故ならば彼女の心情によっては、話の向きは大きく変化するからだ。
その場を穏便に済ませようという気持ちがあると、仮に嫌だったとしても必ずしも表情や態度が思っていることと一致するもではない。また照れや恥ずかしさがあったりした場合も、然りだろう。
「それで、もし騎士の方が現れなかったら、どうなっていたと思いますか?」
どんな些細な誤魔化しも見逃さないつもりで俺は聞いてみたのだが、「あんまりしつこかったから、ボコボコニしてやろうと思ってました」という、あっけらかんとしたその娘の答えに全員が笑い、ユーリスはというと、「下手したら殺されていたかもしれませんね~」と、どう捉えていいのか分からんコメントをして胸を撫で下していた――。
「状況的には、手籠めにしようとしていたということはなさそうですね」と、サーシャ。
「しかし、カルム殿の見解も筋が通っているように見えますが」と、シーレさん。
「
確認を終えた俺らはカルムさん宅に使いを頼んで、今は皆で俺の部屋……というか、今日から皆の部屋に集まり(溜息吐きたい)、ベットに腰掛け話の整理をしていた。
「本人が受け入れてさえくれれば、
「失礼いたします~。シュバイツ家から、伝言を頼まれましたので、お伝えさせて頂きまね~」と、落ち着いたマリーゴールドのロングヘアーに優しさの塊のような垂れ目と笑窪を添えて、俺らに要件を伝えてくれる。
なんとその内容は、話しの
ぁ……立場上いいのかなぁ……まーでも、ユーリスともこうして行動を共にしている訳だし、アッチの世界でも法曹に携わる者同士、ゴルフやったりして親睦深めたりするし、何より異世界なんだから、オッケーでしょ!
―――ということで、適当な頃合いを見計らい、俺らはカルムさんの邸宅へとお邪魔させてもらった。
少し背中を丸くする老齢男性の使用人さんが門の前まで出迎えてくれて、そのまま、ゆっっっっーーーーくりと、食卓へ案内してくれていたのだが、辿り着くまでにあった数々のインテリア達が優しい温もりを醸し出していて、その一つ一つについて、その人が説明をしてくれた。
そして、「何代にも亘っての物ですが、大切にするという精神が受け継がれていることが、最も素晴らしいことです」と、歴代の主達を誇らしげにして語っていた。
「――ようこそ、お越しくださいました!」
食卓には既にカルムさんの姿があって、俺らに席に着くよう促してくれる。
俺らはその言葉に従い、腰を落ち着け本日の礼を伝えていると、カルムさんはこっそり、「
そしてその後、「皆さんのお口に合うとよいのですが……」と、カルム様の有り難いお気遣いの言葉を拝聴して、俺の隣にいるユーリス以外、全員が目の色を変えて縦長のテーブルに所狭しと並べられた色とりどりの
俺らの圧倒的なスピードに使用人の皆さんは唖然としていたのだが、そんなことにはお構いなく、タダヒタスラガッツイタ――。
「……ふむ。ということは、私は出過ぎた真似をしてしまったということになるな」と、テーブルの
「騎士なら、当然……」
俺の目の前に座る女子三人のうち、涼ちゃんが紅茶によく似たパフューという飲み物をメガネを曇らせながら口にし述べる。するとカルムさんは、それに微笑みで返して言葉を続けた。
「だからと言って、私は決闘を申し込んだことについては、何ら落ち度はないと思っております」
「はい。そこについては、ユーリスも争点にするつもりはないようです。問題なのは……」
「名誉棄損ですね?」
「はい。それで私に提案があるのですが……」
「?」
果汁溢れる甘酸っぱい黄色い果物を頬張りながら、俺はその提案、いわゆる妥協点について説明をする。
「調書に、『被告は原告の請求の一部を認め、被告以外の位置から視認した場合には、ナンパが上手くいったらどこかの宿にでも入って熱~い決闘をしよう♪ としていたと見受けられる余地があった。』という記載をしますので、和解は如何でしょうか?」
カルムさんは片手を顎に当てて、少しのあいだ思案する……そして、「なるほど。それならば私の認識も認められているというわけですね?」と、理解を示してくれた。そして、「その条件に応じる代わりと言ってはなんですが」と、この件が片付いたらお願いしたいことがあると伝えられたので、内容は分からなかったが、目の前の事が片付くならばと思い了承した。
夕食後、応接間へと場所を移し、早速和解の為の術式展開に掛かる。
「絶対に抗わないで!」と、聖騎士であるカルムさんならば間違いなく
「……」
全員が起立する中、目の前に浮かぶ
(――見つけた!)
以前よりも何処だか分からない其処へ辿り着くスピードは格段に上がっているし、自分を見失いそうになることも減っていた。
そしてそうなり掛けた時には、この世界に『戻る』ということを強く思うことで何とか事なきを得ていた。だからなのか、あの声を聞くことはことは、あれきりなかった。
それでも光輝くあの場所は、溶け出すように甘美で神秘的だ。
いずれ冒険してみたいという想いはある。
「……」
すると【流射芽直正様@Sāsha-Kōraru】と表紙に記されている担当本は、慎重にも手際よく二人に送り届けてくれる。
燃えるような事務官は正確な術式で其れに応えて、不安要素を減らしてくれる。
幼い書記官も人差し指でタイプすることの出来るミニサイズの文書作成編集機を形成し、集中力を切らすことなく精度の高いタイピングを続けてくれていた。
(順調……)
そうして目の前に和解調書が浮かび上がり、俺は手を走らせていく――。
(……)
本則とする当初の力を僅かずつでも取り戻していることに、充足感が附則されている、と――
「!?」
突然、胸の奥、サーシャに署名した時と同じ所がチクリとして、それが傷口のようにして広がっていった……。
「流射芽さん?」
サーシャが心配の声を掛けてくれる。
「大丈夫だ。なんでもない……」
ドス黒く穢れたような、後味の悪い感触が体全体に染み渡るようにしていった……。けれどそれは直ぐに収まったので、気を取り直して、急いで調書を作り上げ其れを二人へ飛ばして、なんとか和解成立まで漕ぎ着けた――。
□
「――流射芽さん。お体は大丈夫ですか?」
帰り道、サーシャが心配そうにして声を掛けてくれた。
「ん? ああ、何ともない。少し疲れが出たんじゃないかな?」
あの後、「明日にでもガウス家に赴く」とカルムさんは言ってくれて、それを聞いたユーリスが「これでお化け生活エンジョイできます~」と、成仏する気が更々ないことを安堵の表情で口にし場を和ませていた。
(……)
実際は、小さな傷のようなものを感じていて、ほんの少しだけ痛いのだけれど、あれだけ皆が頑張ってくれていたのに、俺だけ弱音を吐くというのも何だか情けない気がして黙っておくことにした。
「……そうですね。そろそろ休暇を取った方がよさそうですね!」
「なら、行きたいとこある……」
「じゃあ、カルムさんのお願いが片付いたら、涼ちゃんの行きたいところでも皆でいきますか!」
「でも流射芽さん。本当によかったんですか? 事情も聞かずにあんな安請け合いをしてしまって……」
「大丈夫でしょ? そう心配しなさんな」
サーシャの不安そうな顔の方が痛くて、思わず苦笑してしまった。
「マイマスター。心労が重なる時は……いえ、重ならずとも是非、この
シーレさんの熱い語り掛けは非常に痛々しくて、冷笑してしまう。
そしてそうこうしていたら、「ぉ兄ぃちゃん。眠い……」と、涼ちゃんが俺の袖口を掴んで身体を寄せてきたので、『これはどう痛いんだ?』と、そう思って見てみたら、涼ちゃんは目を擦り本当に睡魔に耐えていた。
俺はその様子に、胸の奥の小さな痛みのことなどは忘れてしゃがみ込み、涼ちゃんに背中を見せておぶさるように伝えた。すると涼ちゃんは倒れ込むようにして抱きつき、直ぐに寝息を立てはじめてしまった。
俺は「おやすみ」と、その軽い重さに一声かけて立ち上がると、また歩き出した。
「涼ちゃん、なんなら僕がおぶりますよ~……すり抜けちゃうけど」
「いつまで付いてくるんですか? 穢れが
「未だ私の鼻の中に指一本入れられぬのに物申すとは、片腹痛い!」
会話のキャッチボールが成立しているのか些か疑問ではあるが、サーシャとシーレさんは、ユーリスに塩を撒きながら成仏を催促する。
そうして「ヒェ~ッ!?」という、ホラーならば逆のはずであろう悲鳴をお供にして、俺らは意気揚々と宿屋へと帰って行ったのであった。
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