僕が英雄呼ばわりされた理由。

@hatomikado

学園テロリズム

プロローグ

 


  魔導帝国エルドラドにて。

  陽気と平和の気配に満ち溢れたエルソレイユ城下町の外れにある、小さな教会の内部。その入り口に入った瞬間、人々の心に感動を与えてやまない神秘的なステンドグラスの前で、一人の神父が生臭にも紅茶を嗜んでいた。

  わざわざ持ち出してきたのだろうか、素朴な木製の机にティーセットと茶請けの山、同じような素朴な椅子に座り、神父は実に億劫そうに呟いた。


「何の用かな、わざわざ隠密用の魔導通信鳩を使ってまで連絡するなんてさ」


  その声音には「面倒事はお断りだ」という意思がはっきりと表れていた。


『いやぁちいっとばかしヤベェ事態だから、暇してるお前に頼もうと思ってさ?』


  実に馴れ馴れしく砕け切った口調で鳩が喋った。魔術によるリアルタイムの通信である。


  「受ける気はさらさらない、じゃあね」

  『あ、待ってごめんごめん受けて下さいお願いしますホントヤバいんすよこれ以上面倒な事態に発展したらボクちゃんのお腹ストレスで張ち切れちゃうんすよお願いしますお願いしますから助けてプリーズゥッ!!』

  「なんとモグぁムグァまゴクリ様モガァ、ムシャリむぐ?」

『菓子貪ってんじゃねぇ、せめて人語で喋れや』

「………ごくん。なんとも無様な有様だなぁ王様?」

『はんっ、プライドで国は動かねぇよ。つべこべ言わずに働け暇人。ほら言ってみ? イエスユアハイネスってさぁ、ほーらほら』

「そこまでして僕の機嫌を悪くしたいらしいね、よくわかったよアイザック』

『ウソウソごめんって、冗談だから待って』


 なんとも情け無いこの通話相手、まさかの王様である。

 正しくは帝王。魔導帝国エルドラドを統べる魔術の覇者アイザック=レイン=エルソレイユの名を知らぬ者など、少なくともこの世界にはいない。威厳に満ち満ちたその一挙一動は国民の信頼を掴んで離さない……が、今のこの通信では、威厳のいの字すら無い、文字通りの無様であった。これが素である。

 帝王はやはり砕けた口調で神父に頼み込む。


『かなりヤバい代物がミステリス魔術学園に紛れ込んでるって情報が入ってきたんだよ、勿論、王家直属ウチ諜報部隊連中からな』


 その不可解な言い回しに神父ははて、と聞き返す。


「紛れ込む? 物が? 付喪神でも入学したのかい?」

『それならどんだけ楽だったのかねぇ————紛れ込んだのは【魔装】だ』


 魔装。魔術強化武装の略で、所謂魔法使いの杖にあたる物だ。物によっては特殊な効果が存在するものもある。

 それを踏まえて、神父は自らの予想を提示した。


「人の皮を被った【精神自律人形型魔装オートマタ】ってことかい?」


 自身の姿を魔術で擬装した魔装人形が学園で問題を起こす前に接触しろ、そういう依頼なのだろうかと肯定前提に思考を進めていると、その思考を根本から無に帰す唸りが返ってきた。


『んん……分かんねぇ』

「………君のとこの諜報部隊は結構使える面子が揃ってたはずだけど、それでもってことは」

『ああ』

「職務怠慢か」『非常事態アンノウンだ』



 暫しの沈黙が流れた。



「職務た……」

『———違えよ? 違うからな? そんなんあり得るわけねぇだろが?! てかなんで今やり直そうとしたのお前!?』

「人使いの荒い君のことだからね、僕が部下ならそうすると思ったまでさ。相手の立場になって考えろって子供の頃習わなかったかい?」

『俺の立場になって考えようとは思わなかったのかい? 俺のプリンハートがズタズタのぐっちょぐちょなのがわからないのか?』

「君の立場? ……………部下に嫌われる上司って辛いんですね、ご愁傷様です」

『まぁまぁ本格的に考えやがったな、おかげで俺は今部下にストライキ起こされるんじゃねぇかと冷や汗かいてるぜ』

「プリン食べたくなってきた」

『話がどんどん脱線してくゥッ! あのさぁほんとマジな話をしようや? 本当にヤバい代物なんだからな? 優秀って言葉に輪をかけた様なウチの連中が分からない・・・・・って言ってんだぜ? 下手すりゃあの学園の人間に危害が及ぶ可能性だってあるんだ』

「ふむ、それを言われては仕方ない———断るよ」


 多くの人が危害を被るというのなら、その前に元凶を排除しようと思うのが当然だ。

 しかし、この神父にとってそんなことは甘言以外の何でもなく、ましてや他人の事などそもそも知ったことではない興味が無いのである。

 故に神父の発言は、国民を愛する帝王の逆鱗に触れた。



『………は真剣に話をすると言った筈だが、ふざけているのか? 断ると聞こえたが』

 


 鳩越しだというのにもかかわらず、強烈な威圧が伝わってくる。

 ビシリと机に亀裂が入り、鳩の目から血涙が音も無く流れ出す。込められた魔力に魔術で強化された鳩の体が決壊しかけている。

 アイザックの帝王の所以たるその重圧に、今頃王城はパニックだろうと神父は他人事の様に考え、そして。



「調子に乗るなよ、人間」



 ———その重圧を軽く塗り潰す様な凶悪な言霊を放った。

 心臓を握りつぶす様な、戦慄さえ感じさせる平坦な声。一般市民が聞けば確実に発狂する。

 されど流石は一国の主、特に堪えた様子も無くドスの効いた声で聞き返す。

 

『何だと?』

「調子に乗るなと言ったんだよ、アイザック。君は多分、僕があの娘・・・の呪いを受けて弱くなったから、首輪を付けられるようになったとでも思ってるのかもしれないけれど……もしそうなら、馬鹿も休み休み言いなよ、僕は君が友人だから君の願いを聞き届けて、今この国のおどしになってあげてるんだよ? 」


 神父の言うことは正しい。

 魔術の覇者たる帝王アイザックでも、この神父に本気を出されては、確実に敗北する。


 この帝国には最強の魔術士が四人存在する。

 それぞれが同格の実力者であり、一人でも国一つを容易に破滅させられる怪物達。

 『四導ルインズ)』と呼ばれる四人の怪物は、それぞれが牽制し合うことで均衡を保っている。

 この神父はその一人にして、国攻めをさせれば瞬きをしたその瞬間に国を更地に変えられる、強力無比な超即効性の広域攻撃魔術を唯一操れる存在だ。


 平たく言えば、怒らせればエルドラドこの国が滅ぶ。


 そうなれば他の三人が黙ってはいないだろうが、幸か不幸か、この神父は他の三人とも仲が良い。牽制していると言っても「互いにちょっかいかけない様にしようね」くらいの軽いモノであり、他の三人諸共他国に寝返るなんてことがあれば、それだけでエルドラドはお終いだ。


「君は依頼すると言った。その時点でこれはもう『ビジネス』だ。今から『お願い』に切り替えても意味は無いよ、まぁお願いだったとしても聞くつもりは一切無いけど………それとも、王命とでも言って無理矢理言うことを聞かせるのかい? それでも僕は構わないよ、この国に明日が来なくなるだけだから」


 立場は神父が上であり、アイザックが下だ。

 しかも国そのものが人質なのでは、もう、アイザックは両手を挙げるしかないのだ。

 しかし。


『当然、それくらい弁えている。無論の事、貴殿が満足する報酬を用意している』

「へぇ、それは凄い。で、何なのかな、それは。巨万の富強大な権力か、はたまた絶世の美女ゴミか…………せいぜい期待させてね」


  興味が欠片ほども感じられない無機質な声で、神父は言った。


『……………ああ、良いとも』


 鳩の向こうの玉座で、帝王がニタリと勝ち誇った気がした神父は怪訝そうに眉を顰める。

 果たして、帝王は切り札を切った。



『—————————————』







 




『そっ、それでは新任の先生から挨拶を、お願いします……』


 音響の魔術で増幅された声で、司会は一人の青年を促した。引き攣った声が講堂に響き、やがてそれは騒めきを呼び起こす。

 静かに壇上へと上るその背後には浮遊する菓子の山が追従している。

 そして珍妙な青年は、魔術で声を増幅して、静かに言った。



『クルス=ディバーツ。別に覚えてくれなくて構わないよ…………あぁ、担当は一年A組の教科全般だよ』



 教師の証たる、紅の龍が刺繍された手袋をした神父服の青年は、その手で背後の菓子山から一枚クッキーを抜き取り。

 さくり、と咀嚼した。

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