命の時計
nobuotto
第1話
「ヘルメス、ヘルメス、原因は分かったのか」
ポセイドンの怒鳴り声が宮殿中に響いた。
半裸で身体も声も大きくがさつなポセイドンに、ヘルメスは嫌悪しか感じなかった。ヘルメスは神として1000年を超えて生きている。しかし、その数倍も生きてきた天上界の支配者、古代神の最高幹部であるポセイドンには逆らえない。
ヘルメスはポセイドンの前にひざまずいて答えた。
「部下が地上界で調査中です。もう少しお待ち下さい」
「遅い遅い。何をぐずぐずしておる。一刻を争う事態だというのがわからんのか」
ヘルメスはポセイドンの怒りから逃げるように、柱時計の状況を確認するため神殿の地下に降りて行った。
そこには命を司る時計が置かれた大広間がある。無数の柱時計が置かれている広間がどこまで続いているのか、ヘルメスも分からないほど広大な広間であった。
昔は寿命の管理にローソクを使っていた。しかし、防災上問題があるということで柱時計に変更されたのだった。それからずっと柱時計のままである。
一人の寿命が尽きれば柱時計の持ち主の名前が変わる。その新しい持ち主がこれから生まれてくる人間であり、その人間の寿命になるのであった。
人間の数が増えた分だけ柱時計も増え、減った分だけ柱時計も減る。柱時計が増え過ぎもせず、減り過ぎもせず、また一人の寿命が長くなりすぎないように、古代から神々は命を管理していたのであった。
この柱時計で管理していたのは人間の寿命だけではなかった。神々の寿命もクリスタルで作られた特別の広間で管理されていた。
天上界における柱時計管理局のトップがポセイドンであり、技術部門責任者がヘルメスだった。天上界最強のポセイドンが睨みをきかせていれば、誰も不正を働くことはないだろうという、たったそれだけの理由で、ポセイドンがトップとして君臨していた。
この大広間に来るたびにヘルメスは気持ちが荒んでくる。ヘルメスはポセイドン同様に、この古臭い柱時計も堪らなく嫌いであった。
不正に動いている柱時計がないかを確認するためには、盤面に表示される総回転数に現在の時刻を足し、本来の寿命と比較しなくてはいけない。それを途方もない回数やらなくてはいけない。デジタル時計でひと目でわかるようにすれば楽だし、電子化しておけば問題が発生した時点でアラームを出すことだってできる。その程度のシステムなら半日で作れる自信がヘルメスにはあった。
しかし、ヘルメスのデジタル移行案は長老会議で却下され続けている。
古代神に理由を聞いても、柱時計が見やすいから変えない、としか言わない。
自分の仕事が面倒だから嫌だというのではなく、面倒な仕事を面倒と思うことができない古代神の知的レベルの低さにヘルメスは嫌気がさしていたのであった。
この寿命を司る柱時計の時間が戻るようになった。
地上界の誰かが、寿命を不正に伸ばしているのであった。本来寿命がつきて止まるはずの時計が動き続け、寿命が無制限に伸びる時計がどんどん増えて来たのであった。
神が定めた寿命を人間が不正に操作しているのかもしれない。これは宇宙の摂理に逆らうことであり、人間の寿命を司る神の威信さえも揺るがすものである。
ということは実はどうでもよかった。
宇宙全体の生命の量は一定であり、誰かの寿命が増えれば誰かの寿命が減る。人間同士の増減はどうでもいいが、それが神の柱時計にまで影響してきた。人間のせいで神の寿命、自分の寿命が縮まるかもしれない。それで天上界も大騒ぎになり、特別調査委員会が設置されたのであった。
数日後、ヘルメスは調査結果をポセイドンに報告した。
「ポセイドン様、原因が分かりました」
ヘルメスはポセイドンにスマフォのアプリを見せた。
しかし、ポセイドンはじっと見ているだけで何も話さない。想定内の反応である。ヘルメスは話しを続けた。
「これは地上界の誰もが持っているスマフォという機械です。このスマフォにアプリと呼ばれるものが入っており、そのアプリが原因と分かりました」
ポセイドンは黙っている。彼の理解を完全に超えているらしい。古代神は人間世界に興味もなければ、人間世界の科学技術を学ぼうという姿勢さえ全くない。
「この時計アプリと呼ばれるものが何故か柱時計と共鳴しているらしいのです」
「こいつのせいで、神の柱時計も狂い始めたのか。こいつを作った人間は分かったか」
「はい、アプリを開発した会社は分かっております」
「まさに神をも恐れぬ奴らだ。すぐに寿命を消せ」
「いや、この者達に悪意はないのです。人間のアプリと柱時計が共鳴した原因をまだ調査中です。あともう少しで完全に解明できると…」
「もういい。神の怒りを見せねばならぬ。とにかくこいつらの寿命を消せ」
ポセイドンは自分が理解できないことを聞かされるとイライラして、早く話を終わらせようとする。
開発者の寿命を無くしたところで、それが神からの仕打ちだと分かる者などいない。そもそも、時計アプリが柱時計に影響する根本原因が判明していないのだから事態は何も変わらない。そうヘルメスは思いつつ、開発会社の社員の柱時計の寿命をゼロにした。
すると、地上界にある開発会社のビルに火災が起こり、不幸なことに社員全員死んでしまった、ということなった。そして、不吉な時計アプリと評判が立って、誰もがアプリを入れ替えた。
これで柱時計の異常は止まった。しかし、それは束の間だった。
今度は他のアプリで共鳴し始めたのであった。
ヘルメスはポセイドンに呼ばれた。
「どうなっているんだ。また神の寿命が人間に奪われているぞ」
「前と同じようにアプリと柱時計が共鳴しているようです」
「そのアプリを作った人間は分かったか」
「それは分かっていますが」
「どうにかしろ」
反論する気も失せているヘルメスはポイセドンの言うがままに寿命を消した。
その会社の社員は集団食中毒で死んだ、ということになった。
時計アプリを開発すると死ぬという都市伝説が生まれ、地上界で時計アプリを開発する者はいなくなった。
こうして時計アプリが消え、柱時計も正常に動くようになった。
ポセイドンは、自分の的確な判断で事態が収束したと思っている。自分は体力だけなく知力も備えた神なのだと言いまわっていた。
都市伝説などはすぐに忘れ去られる。誰かが時計アプリを開発すれば、また同じ事が起こる。ヘルメスは分かっていた。
ヘルメス、そして仲間の若い神々は自分達の柱時計の内部をデジタルに変更し、再発防止のための調査を行うという理由で地上界に降りた。
地上界に降りたヘルメス達は時計アプリの開発会社を起業した。久しぶりに現れた時計アプリだった。その上、これまでのおまけの無料アプリと違った斬新でおしゃれなデザイン、親切なTODOリコメンド機能など多機能な時計アプリを発売したのだった。
ヘルメス達のアプリは有料版にも関わらず世界中で売れに売れた。
ヘルメス達はマンハッタンど真ん中の高層ビルのワンフロワーを貸し切った盛大なパーティー会場にいた。世界的なアプリのヒットを祝って国内外の有名人を招待したパーティーである。
ヘルメスは乾杯の音頭をとるため、会場前方の舞台に立っていた。
後ろには仲間たちの若い神々が並んでいる。
パーティー司会者がヘルメスにマイクを向ける。
「機能といい、デザインといい、人間を超えた神アプリとまで称賛され大ヒットしました。ご感想を一言お願いします」
ヘルメスは心の中では「だって、本物の神が作ったんだもの」と思いつつ答えるのだった。
「全ては、皆様の応援のおかげです」
フロアから拍手が湧き起こった。
「それでは、ヘルメス様。乾杯の音頭をお願い致します」
ヘルメスはグラスを頭の上に掲げると、後ろを振り向いて微笑んだ。それに答えるように若い神々も満面の笑みでグラスを掲げた。
地上界に降りたヘルメス達は、すぐに共鳴の原因を突き止めた。そして、神の柱時計だけに共鳴する機能をアプリに搭載したのだった。そのアプリが世界中に売れ、一斉に動いているのである。今頃は恐ろしい勢いで共鳴し、古代神の寿命を食い尽くしているに違いない。
「新しい時代の到来に乾杯!!」
ヘルメスの言った意味が分からず一瞬フロアーは静かになったが、誰かが「そうだ、新しいアプリ、新しい時代に乾杯!!」と言うと、会場中の誰もが「新しい時代に乾杯!!」「新しい時代に乾杯!!」と何度も繰り返し叫ぶのだった。
命の時計 nobuotto @nobuotto
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