第2話:女社会・男社会

「しょうがねえだろ、お前が減点されても入れるだけの点数取ってりゃ良かっただけの話」


 受験生の頃は、僕より模試の成績も偏差値もずっと悪かったくせに。


 ぐっと拳を握りしめる僕に、現役私立医大生のお姉ちゃんは塾講師のアルバイト帰りのスーツを着たままの胸を突き出して続ける。


「一律減点を跳ね返せるくらいじゃないと男医だんいは務まらないって学校の先輩男子たちも言ってたぞ」


 スーツのジャケットを脱ぎ捨ててネクタイを緩めるとリビングのソファにどかりと腰を下ろす。


 皺になる。


 毎度のことでうんざりしつつ、僕はお姉ちゃんが放ったコートとジャケットを拾い上げる。


 すぐ近くにコートハンガーがあるのに、どうして自分で自分の服を掛けるくらいの、そんな家事とも言えないレベルの家事が出来ないのだろう。


 それとも、脱ぎ捨てて置けばお父さんや僕が見かねて片付けるからいいと思ってるのか。


 お母さんもお姉ちゃんも女性としては身綺麗な方だけど、家では洗濯やアイロン掛けはもちろん、自分の脱いだ服をまともに片付けることすらしない。


「男医や男子医大生ってきっついのばっかりなんだよな」


 カチャリとハンガーにコートとジャケットを僕が掛けて吊るしたところでソファのお姉ちゃんのぼやく声が響いた。


 日本の医師は女性が八割、男性が二割の圧倒的な女社会おんなしゃかいだ。


 一般に「医師」と言えば女性医師と解され、男性医師は「男医」とわざわざ性別を頭に付けた呼び方をされやすい。


 一方、看護師は昔は「看護夫かんごふ」と称するほど男性が多く、「看護師」と言えば男性看護師と捉えられる。


 未だに一割未満の女性看護師はやはり「女性看護師」とか「ナースウーマン」とか性別を強調されやすい。


 更に言えば、看護師は医師より給与も現場での地位も格段に低く、メディアでも「看護師の世界は男性ばかりだから陰湿でコワイ」といった冷笑的な取り上げ方をされやすい。


 病院が舞台のドラマでは「エリート女性医師の夫や愛人の地位を狙う男性看護師」というキャラクターがお約束のように登場するし、現実にもそんな話はよく聞く。


「お母さんお父さんも私に病院を継がせるつもりなんだから、男のお前は無理に医者目指さなくていいんだぞ」


 そう嘯くと、お姉ちゃんはペットボトルのミネラルウォーターの残りをぐいと飲み干した。


 医者は娘を必ず医者にさせるが息子は医者の婿にすれば御の字というのが医師家庭に未だに根強く残る空気だ。

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