第3話「錠剤は違法ですらなかった」
久しぶりにスーパーで食材を買ってから、亜紀はアパートに帰ってきた。
「ふぅ」
買い物袋を一度、玄関先に置く。大して重くはないのだが、持っていると普段よりも疲れを感じる。
そんな亜紀は一人暮らしであるが、このアパートに待っている者がいない訳ではない。
「ほあ？」
高い声と共に、キッチンスペースの奥にある居室からやってくるのは、コーギーの仔犬だった。
「ただいま」
頭を撫でようと伸ばされた亜紀の手に、額をこすりつける仔犬。
「お利口様」
亜紀はグシグシと気持ち強く頭を撫でてから、買い物袋を持ち上げた。中身はマカロニグラタンの材料だ。
「よっし」
上着を脱いで手を洗い、エプロンを着けた所で亜紀は一度、気合いでも入れるかのように両頬を叩く。自炊は久しぶりだった。母親は料理が得意だったが、その技術を引き継げていない亜紀は苦手だ。数少ないレパートリーの中で人に食べさせられると思っているものが、マカロニグラタンである。
鶏肉やタマネギなどを炒めつつ、ホワイトソースも手作りするのだから、必要な時間は一時間超か。
頑張っても短縮できるのは材料を切る時間だけで、火が早く通る訳ではなく、必然的に待ち時間が発生し、その時間は考え事に適していた。
――薬物かぁ。
溜息を
――解決したとして、どれだけの事をいわれる事やら……。
気は重くなるが、今はベクターフィールドを待つしかない。
――上司との相談なんて無駄だぜ。俺が調べてくるしかねェ代物だ。
覚醒剤の方がマシだという
だから夕食の時間としては遅くなってしまうが、この場合は丁度いい。
オーブンに入れて仕上げようとした所で、インターフォンが鳴った。
「はーい」
室外まで聞こえるかどうかはさておき、亜紀が声を掛けつつ玄関のドアを開ければ、ベクターフィールドがいる。
「いい匂いだぜ。グラタンかい？」
ベクターフィールドはクンクンと鼻を鳴らして笑みを見せた。玄関から直で繋がっているキッチンであるから、オーブンで焼いているグラタンの匂いが感じ取れた。
「もう少しでできる」
料理の事は短く済ませ、亜紀は早速、気になる事を問いかける。
「それ、結局は何なの？」
居室へ通す亜紀に対し、ベクターフィールドは鷹揚に頷くのだが、
「飯、食ってから話した方がいいと思うぜ。それとも、エグい話、平気な方か？」
「度合いによるけど」
そう前置きするが、亜紀は「平気」と断言した。我慢できるできないではなく、刑事として当然だといっている。
「ＯＫ」
ベクターフィールドは軽くいうと、テーブルに薬を置いて顎で指し、
「悪魔の体液を固めた物だ」
それが薬の正体だった。
「体液？」
頬を引きつらせる亜紀。
「汗、小便、血、精液
確かに食事しながら話したい内容ではない。
必然的に沈黙が流れ、それをオーブンが焼き上がった事を知らせる「チン」という音だけが室内に聞こえた。
「食ったらいく？ アジトも
ただし腹に手を当てているベクターフィールドは空腹。
「……二人前、食べる気ある？」
亜紀の申し出は、どちらかといえばありがたい。
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