第十七話 約束の場所で


 俺は文を広げたまま、固まってしまった。


『待ってるよ』


 この五文字が、頭の中を駆け巡る。


 これは誰からだ?


 もしかして、ちよちゃんから?


 いや、ちよちゃんしかいない。


 こんな事をする人間に心当たりもないし、こんな山奥までこんな事をしに来る馬鹿はいないだろう。


 だから、これはちよちゃんからで間違いないだろう。


 でも、何で俺がここに住んでるって知ってるんだろう?


 それに、どうして手紙なんだろう?


 ………

 ……

 …


 あれこれ考えても仕方ない。


 今は別に考える事がある。


 待ってるよ、か……一体何処で待ってるんだろう。


 心当たりはあの隠神神社しかない。


 俺とちよちゃんの大切な場所で、ちよちゃんと再会を約束をした場所。


 あそこ以外思いつかない。


 ……とにかく行ってみよう。


 ちよちゃんが待っていると信じて。


 俺は急いで着替え、神社に向かってバイクを走らせた。


 ………

 ……

 …


 神社に到着すると、賑やかな喧騒が聞こえてきた。


 その方向へ顔を向けると、広場が明るく、沢山の人が賑やかに騒いでいて、まるでちよちゃんと行った祭りのようだった。


 ……ん?


 祭り?


 俺は携帯で日付けを確認した。


 ……そうか、今日はちよちゃんと祭りにきた日だ。


 だから、結び文が置いてあったのか。


 じゃあ、何処かにちよちゃんがいるはずだ。


 ちよちゃんを探す為に広場へ近づくと、あの日のようにお面をつけた人達がお祭りを楽しんでいた。


「ちょっとそこのお兄さん」


 広場を進もうとすると、お面を被った女性に呼び止められた。


「お兄さん、何でさかいの面つけてないん?それじゃあお祭り参加できへんよ?」


 境の面?


 もしかして、昔ちよちゃんに貰ったあのお面か?


「もしかして忘れたん?」


「あ、はい。実はそうなんです」


「もう、おっちょこちょいやなあ。しょうがない、これあげるわ」


 女性はいつの間にか手に持っていた黒いお面をくれた。


「それ被れば大丈夫やで。じゃあ、お祭り楽しんでってな」


 そう言って、女性は人波に消えていった。


 貰ったお面を被り広場を回ると、あの日の記憶が蘇ってきた。


 あそこのお店で林檎飴を食べたり、あの店で射的をしたり、あの店で金魚掬いをしたり。


 あの日と変わらない光景に、涙が出そうになった。


 でも、ちよちゃんは広場にはいなかった。


 あとは本殿しかない。


 いや、最初から本殿へ行けばよかった。


 だって、再会を約束をしたのは本殿の前なのだから。


 俺は石段へ向かって、歩みを進めた。


 石段へとたどり着くと、先程までの喧騒は聞こえず、静寂に包まれていた。


 この先にちよちゃんがいるかもしれない。


 そう思うだけで、胸が高鳴る。


 石段を一段、また一段上っていく度に、どんどん胸の高鳴りが強くなっていく。


 最後の一段を上り本殿へたどり着くと、そこには黒い面を被った着物姿の女性が立っていた。


 黒地に金の蝶と赤い花の着物を纏い、射干玉ぬばたまのように黒いストレートの髪。


 その着物には見覚えがあった。


 あの日、ちよちゃんが着ていた着物と同じ物。


 間違いない、この人は……。


「ちよちゃん……」


 俺は面を外し、女性に呼び掛けた。


「おかえり、朝陽」


 面を外し、ゆっくりと振り向いた女性は、やはり俺の最愛の人だった。


「約束通り、迎えに来たよ……」


「うん、ずっとずっと待ってた……ずっと会いたかった……」


 ちよちゃんは大粒の涙を流しながら、一歩一歩近いて来る。


「俺もずっと会いたかったよ……」


 俺も一歩一歩ちよちゃんに近づいて行く。


「愛してるよ……朝陽……」


「愛してるよ……ちよちゃん……」


 俺達はぎゅっと抱きしめ合い、どちらともなく口づけを交わした。


 二度目の口づけはあの日と同じ、少ししょっぱくて、甘い香りがした。

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