短編集
息
習作 春と死
まさに5月さなかの早朝、母親はだいだいの光に包まれて、赤んぼうを撫でていました。
ただただゆっくりと、あたたかな永遠が流れていました。
「おかあさん、ボクはどこからきたの?」
赤んぼうはたずねます。
花の甘い匂いをたずさえたそよ風がやってきました。まるで祝福でもするかのように。
母親は半ば涙を流しながらも、微笑みつつこたえます。
ナノハナやチューリップが、風に合わせて首を揺らしていました。
「あなたはわたしたちのゆめ。わたしたちのきぼう。
あなたはわたしの若葉のように碧くみずみずしいときから、小さきこころのなかに身を潜めていました。
つぼみが咲き開いたとき、あなたは甘い香りとなって花弁からただよい、そしてわたしを包みこんでくれていたのです。
あなたは、いのちの大きく柔らかい流れのなかにいました。とうとう流れ着いたそのとき、どんな歓びがわたしを夢へとおくりこんだのでしょう。
今でもあなたの顔をみつめる度に、生命の素晴らしき神秘に感動を覚えます。
けれども、いずれあなたの輝かしい未来に影が射し、あの大海原へと還ってしまうときのことを考えると、昏く深い哀しみに襲われるのです」
そう言って、母親は動かし続けていたその手を休めました。
もしかしたら、赤んぼうは質問などしていなかったのかもしれません。なにせこんな幼いのですから。
それでも、母親は良かったのです。
そよ風によって散ったハナミズキの花弁が、何処か遠くへ舞い、流されていきました。
母親は涙を拭きませんでした。
失くさないようにと、どこにもいかないようにと、しっかりと抱きしめます。
そのまま、ずっと、ずっと、動きませんでした。
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