神様を怒らせては駄目です

「イチャイチャするんじゃないわよ!!鈴音、あんた私の身代わりでしょう?なら本来は私の居場所じゃない!!取らないで!」

「嫌です。……だって、ここは私の」

「はあ!?所詮身代わりなのよ!早くそこ降りなさいよ!!」

「いや、あの。どちらにせよ、今は降りれないです」

「何言ってんの!?その紐解けば降りれるでしょう!?意味解らない!」


 まさか紐が固く結ばれているなんて思ってないのだろう。

 こちらも全くの予想外ではあるが、結果的に固結びで良かったと言える。


「ええと……固く結ばれているので解けないんですよ。だから、無理ですね。……もし解けたとしても、誰にも譲れないですけど」

「鈴音が、自分の意見を言えてる……!」

「山吹、お主親ではないのだからそこで泣くな」

「……しろ、水差しちゃ駄目だよ。感動に浸らせてあげな」

「そうですね。しろがね様、黙って見守ってあげましょう?」

「え?え?」

「鈴音が、誰にも譲れないって言ってくれて嬉しい」


 両手が塞がっている山吹は余程嬉しいようで、頭をぐりぐりと首にすり寄せてくる。

 まるで大きい動物が甘えているかのよう。


「だから!無視してそっちの世界作らないでくれない!?……その紐切るなりして、そこから早く降りなさいよ!本来なら私のモノじゃない!あんたなんか所詮身代わり。要らない子なのよ!!!」


 金切り声で叫ぶ琴音。

 すぐ近くからプツンと何かが切れる音がした。


「さっきから聞いていれば喧しい女だな。……本当に姉妹なのか?鈴音の方がどうみたっていい女だろうに。俺は鈴音がいいんだ。お前なんか要らない。身代わり?だからどうした。生贄だからという理由で傍に置いているのではない。さっきも言ったろう?……俺は、鈴音に一目惚れ・・・・したんだ」

「私達、双子よ!?見た目は同じじゃないの!!だったら私でもいいでしょう!?それに、鈴音なんて胸とか身体付きが私よりも貧相じゃない!それなら、同じ顔でも私の方が」

「黙れ!貴様、それ以上言な!………………あー、くそ。今すぐにでも殺してやりたい」

「……っ、ひ」


 ざわりと肌が粟立つ。

 いつも優しい山吹から初めて感じる殺気が琴音に向かって飛び出している。

 ビリビリと周囲の空気が震え、店の窓も震えている。

 正面からまともに殺気を浴びた琴音は身体の震えが止まらないようだ。

 隣の旦那、栄太は立ったまま気を失ったようだ。白目を向いて、泡を吹いている。


「ちょうど妾も殺したいと思うとったとろこだ。山吹、殺るか?」

「っひ、や……やめ」


 そんな山吹に乗ったのはしろがね

 彼女からも殺気が琴音に向かって放たれている。

 二人分の殺気を受け、足腰に力が入らない琴音はその場で崩れ落ちた。

 ずりずりとそのまま距離を取ろうとしているが、力の入らない身体では上手く後ろに下がれないようだ。


「……人の一人や二人殺したところで解らんだろう。それに、そこの山に撒いてしまえば魔獣の餌になる」

「おお!それは良い案だのう!痕跡も消せて、嫌な奴も居なくなって、一石二鳥ではないか!!」


 だろう?

 と山吹は口角を吊り上げ悪い顔してわらう。

 そんな顔した山吹もまた、素敵だ。


「貴継様、鈴音様。そこの暴走気味な神様二人を止めないんですか?」

「別に人様の迷惑じゃなければいいんじゃない?まあ、しろに手を汚して欲しくないなとは思うけどね」

「貴方もなかなか肝が据わっているというか、無関心が過ぎるというか……。鈴音様?鈴音様は止めないんですか?」

「……え?なにをですか?」

「聞いてなかったんですか?」

「すみません、聞いてなかったです。……山吹さんがあの悪い顔してるのも素敵だなって見惚れてました」

「左様ですか……。お二人を止めないと本当に殺しそうですけれど宜しいんですか?きっと僕じゃ止められない、というか止まらないでしょうし」


 どうせなら試してみましょうか?

 とそのまま山吹としろがねへ、声を掛けている。


「あ??……邪魔するな」

「あっちいっておれ。邪魔だ」


 二人揃って、郁麻へ見向きもせず邪魔だと追い払った。


「ほら、ね?僕では駄目なんですよ。貴継様がしろがね様を、鈴音様が山吹様を止めない限り止まらないかと思いますが。……このままだと、本当の手を下すかと」

「……それは、確かに駄目ですね!お二人を止めないと」


 この会話の間にも『どうやって殺ろうか』という物騒な会話が進んでいる。

 ……今ちょうど殺し方が決まったようだ。


「ちょ!山吹さん、しろがねさん!人を殺すのは駄目です!」

「別に良いではないか」

「何故駄目なんだ?」

「何故?……何故?ええと……、私が早く帰って、日程決めたいから……ですかね」


 二人同時に止められる、いい説得方法が解らずにかなり的外れな事を言った気はする。

 が、神様の物騒な話し合いはピタリと止まったので良しとしよう。


「………………あ、そうか。日程決めないといけないな。腹も減ってきたし、帰るか」

「もうそんなに時間経っておるのか?……まあ確かに腹は減ったのう。貴継、妾達も帰って昼でも食おうか!」

「帰るって……家、目の前だけどね」

「……あの暴走気味な二人をそんな手段で止めるとは、流石ですね」


 あれ程までの濃い殺気が消え、先程の光景が嘘だったかのように二人共柔らかい空気を纏っている。

 殺気に粟立っていた肌も落ち着いてきた。


「というか、もう元凶と遭遇したのだからこのまま昼も食べていけばよかろう」

「これ、一旦外さないと駄目だろう。なら、このまま帰って昼を食べる方がいい。……どうせここで食べても、また固く結ぶだろう?」

「え、これしろが結んだの?…………ああ、なるほど。これは本当に固い」

「うぐっ。し、仕方ないだろう!力加減が出来ぬのだ」


 貴継も解けるか試したが、やはり解けない。

 余程強固に結んだのだろう。


「あの二人、どうします?…………て、いつの間にか琴音の方は居なくなってますが」

「旦那おいて逃げたか。……流石に旦那は介抱してやってくれないか?少し、彼が憐れに思えてきた」

「あの様子では、小娘を押し付けられたのではないか?彼奴声が小さいからのう。否定しても相手には聞こえなかったのではないか?……何となくだが、妾はそんな気がする」

「可能性はあるね。……もう少し調べてみるかな」

「確かに、こんな少しの時間対面しただけでも解ります。彼は例え嫌でも、断る事が出来なさそうですね」

「口が動いてはいたので、何か言ってたのかもしれないですが、途中何も聞こえませんでした。最初の方は小さくても微かに聞こえてたんですけれど」

「ああ、俺も聞こえていた。指差しては駄目、声大きいと注意しているようではあるな。……案外旦那の方なら話が通じるかもしれない」

「……じゃあ、彼は家で預かるよ。横に大きいから、運ぶの大変そうだし。目を覚ましたら事情聞くのも合わせて、話してみるよ。しろ、それでもいいかな?」

「まあ、仕方あるまい」


 栄太は背が高く無いようなのだが、如何せん横が大きい。運ぶのも一苦労だろう。という事でしろがね宅で介抱する事になった。

 多分彼は生贄の話を聞いてはいるのだろう。驚いた様子はなかった。

 彼が目を覚ましたらそのあたりの経緯を確認しておいてくれるようだ。

 もし何か解れば貴継が伝えに家に来る。という事で、一旦この騒動は幕を下ろした。


 ちなみに、等身大と小さめの鏡をそれぞれ一つずつ。

 山吹が今度、街に来た時に買ってくれることになった。

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