ある意味、戦です
思った以上に固く結ばれている紐。
確かにこれなら山道で少し揺れたとしても落ちることは無いだろう。
これだけ固いと、帰宅後に外すのが
切ろうにも身動き取りにくいので、上手く切れれば……いいのだが……なにせ結んだのが
力加減が上手くできないのだから、むしろ不安しかない。
結び直そうと、山吹や郁麻が奮闘するも虚しく帰宅後に切るという選択肢しか得られなかった。
男性でも取れないのだから相当固く結んであるのだろう。
結果紐の結び直しは諦めた。
お店の扉に付いている飾りが鳴らないようにと、手で飾りを抑えながらゆっくりと扉を開き、外を確認する
彼女が顔を路地にだし、人影がないのを確認してくれている。
「……うむ。今はこの通りには人がおらぬぞ。今のうちだ」
「助かる。……また改めて日程伝えに来る。その時は、郁磨麻達にも伝えてくれ。ほんとないから何まですまないな」
「よいよい。気にするな。鈴音のためだ」
「では、お二人共お気を付けてください。大通りは避けた方がよろしいかと思います」
「ああ、そうする」
「お二人も巻き込まれないよう、気をつけてくださいね」
入口で見送る二人に手を振り、山の方へ--
「あんた、鈴音……?なんで、なんでこんなとこにいんのよ!!死んだんじゃないの!?」
こちらを指さす女。
その隣にいる、少しふくよかな黒髪の男性にその手を無理やり下ろされている。
『人様に対して指差すのは駄目』と言っているのが微かに聞こた。気がする。
「……あー、郁麻。あいつか?」
「そうですね、あの女ですね」
「ふーむ、確かに似ておるなあ」
「え、そんなにそっくりなんですか?……………………
「…………山吹、鏡は買うてやれ。鈴音は
「そういえば、そうか。家になかったな……今度買い出しの時に買ってやるからな?」
「いいんですか?」
「もし、お古とかで良ければ僕の家に沢山ありますが……。すぐそこなので、今取ってきましょうか?」
「あ、それい」
「ちょっとちょっとちょっとちょっと!!!私を無視しないで、雑談を進めないでくれるかしら!?」
三人から舌打ちが聞こえた。
わざと無視して、あわよくばそのまま帰宅しようとしたのだろう。
……それは流石に無理があると思う。
「……で?何の用だ」
「だから!さっきも聞いたけどなんでそいつ生きてんの!?」
「俺の嫁だからだ」
「山吹。せめてもっとわかり易く答えてやらんか。事実を簡潔にまとめて答えてやれば良かろう。……そうすればこんな馬鹿みたいな事、早く終わるだろうに」
「馬鹿みたいなって何よ!?」
「大声出さずとも聞こえとるわ、喚くな小娘」
……ある意味ここが戦場です。
「小娘って何よ!私も、もう18よ!?……ってこんな話じゃなくて!!!生贄になったくせに、なんで生きてるのかってことよ!!」
「……煩いと言うただろうに。貴様、その口二度と開けぬようにしてやろうか?」
「
「そうだよ、しろ。大人しくね」
突然割り込んだ柔らかい声。
大通りの方から歩いてきた貴継は、手前で騒いでいる二人--いや、この場合は琴音だけか--の間をするりと抜け、
「貴継!帰ってきたのか!」
「うん、ただいま。……とりあえず、しろは当事者じゃないから大人しく、ね?」
「うむ!」
切り替えがとても早い。
既に貴継の隣にいき、べったりと腕に抱きついている。
これで、一人は大人しくなった。
「そうよ、部外者の貴女は引っ込んでなさいよ!!!鈴音、あんた早く答えなさい!!なんで、生きてるの!?生贄になったんじゃなかったの!?」
傍観しているだけという噂は間違いだったのか。今、彼は琴音に『声小さく』と注意したようだ。
が、声がかなり小さいのであまり聞こえてないらしい。こちらも微かに聞き取れた程度なので、本当に注意しているのかは定かではない。
「……ええっと、ですね。山吹さんに拾われてお嫁さんになりました」
「…………は!?あんたそれだけ?意味わからないんだけど!?」
この回答では不服なようだ。
だが、これ以上簡潔に事実を伝えられる言葉が見つからなかった。
「鈴音様……確かに簡潔ですが、そこの女が知りたいのはそこではないと思いますよ」
「え?うーん……。山吹さん、どうしましょう?私からはこれしか言うことないんですけれど」
「……あー、まあ簡潔にしたらそうなるな。と言っても、俺から説明出来るのは、泉に落ちた鈴音に一目惚れして、連れ帰って。そのまま生活して、今度正式に夫婦になるって事くらいか」
最初から夫婦と言っていた件は省いたようだ。……まあ結果的に今度夫婦になるのだから問題ないか。
「泉で溺れて救われたと思ったら、今度は愛に溺れそうなのか!鈴音、お主面白いのう」
「……
「しろ、笑いすぎ。……でも、確かに泉で溺れかけた後に愛に溺れそうってのは言い得て妙だね」
こちらとしては泉で溺れ死にそうだったのも、救われた相手に一目惚れされたのも意図した訳では無いので、面白い事をしているつもりは全くない。
が、どうやら余程面白かったのか店前の路地に
「……なあ鈴音。俺、重いのか?」
今度は、嫌われてないよな?と顔色を伺うようにこちらに尋ねてきた。
固く縛られている事でかなりの至近距離に山吹の顔があるのだが、小動物のようなその瞳と視線が絡んだ。解っててやってるとしたら、狡い。
「え、あの、そんなこと、ないと思います。……むしろ、心地いいです」
「鈴音が構わないなら、いい。……もし嫌な事とかあったらすぐ言ってくれ」
「わ、わかりました。あ、あの……顔近すぎます」
「そうですね。人通り少なくても公共の場ですよ、一応」
「郁麻……なんか、すまんかった」
「別に何も言ってないじゃないですか」
口調こそ丁寧だが、その顔にはお前らいい加減にしろという雰囲気が滲み出えている。
その後ろでもう一組の夫婦がベタベタしているのが見えるが、言わないでおこう。
「はあ!?何よそれ!生贄になったあんたの方が幸せになれたの!?狡いわ、鈴音。そんなに素敵な男性が旦那なんて!!羨ましい!私と代わりなさいよ!」
隣にいる旦那が衝撃を受け、気配が鬱蒼としている。本人の前でその言いようはあんまりだ。
いや、そんな事よりも。
「山吹さん、山吹さん。『素敵な男性』ですって!『羨ましい』ですって!やっぱり山吹さんは素敵な旦那様って事ですね!……まだ夫婦じゃないですけど、私嬉しいです!!」
「そういう事じゃないと思うぞ、鈴音。……そう思ってくれたのは凄く嬉しい。が、論点はそこじゃない」
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