【書籍化記念SS】異世界転移、地雷付き。
いつきみずほ/DRAGON NOVELS
【書籍化記念 書き下ろし短編掲載!】
A few days ago...
高校時代、一番のイベントが何か、という問いの答えは、人によって様々だろう。
だが、ほぼ確実に上位に入るイベントの一つが、修学旅行である。
“修学”とは半ば名ばかりの、同級生との観光旅行。
多くの人にとって楽しいイベントであるが、一部の人にとっては試練でもある。
班別行動という名のグループ分け。
仲の良い数人で固まって班を作るのが普通の人。
複数の班で一緒になって行動したりするのが、コミュ力・ブルジョワジー。
どこの班にも入れず、教師によって適当な班に押し込まれるのがボッチ。
そして、ボッチを迎え入れた上で、そのボッチも含めて楽しい思い出を作り上げるのが、マスター・オブ・コミュ力。
「……俺たちを分類するなら、“普通”だな」
「――? 何のこと?」
「いや、
「そうね。班の人数が四人から八人までと幅があったから、ちょうど良かったわね。他の子が入ると、ちょっと気を使うし」
「行き先とか、決めるのにな」
喩えそれが一人でも、無視するわけにもいかず、色々と微妙な感じになってしまう。
「幸い、俺たちのクラスはボッチになった奴がいなかったからなぁ」
「男女の割合とか、自由だったものね」
教師の『男女で差を付けるのは間違っている!』とかいう主張の元、男子だけ、女子だけの班も問題なく認められたので、女子に人気の無い男子なども一安心である。
……うん、いるんだよ、そういう男子も。
普通に付き合うには、別に悪い奴じゃないんだが……さすがにアニメキャラがプリントされたTシャツを、堂々と学校に着てくるのはどうかと思う。
TPOってあるよな?
まぁ、そんな彼にも、同志はいるので特に問題は起こってない。彼ほどに個性的では無いが。
「それよりも、
「バッグは準備したぞ。ほら」
俺が指さした部屋の隅には、きちんと修学旅行用のバッグが準備されている。
――中身はまだ入れていないけどな。
「基本、着替えがあれば十分だろ? 今夜にでも準備するさ」
そう言った俺に、
「余裕を持って準備しておきなさいよ……。ほら、準備しましょ」
「あ、おい……」
『しましょ』とか、促すような事を言っておきながら、悠は勝手に俺のタンスを開け、中を物色し始めた。
別に悠に見られて困る物は入っていないが……少なくともそのタンスには。
「下着は綺麗なのにしないとね。人に見られるんだから、恥ずかしいでしょ? これは……ちょっと色褪せてるわね。他のは無いの?」
「……上の段に新しいのが入ってるぞ」
「じゃ、それにしましょ」
そう言いながらテキパキと、日数分の下着を準備してバッグの中に詰め込んでいく悠。
俺としては、悠に見られるのも少しは恥ずかしいんだが……。
だが、そんな俺の心情も何のその。
悠は気にした様子も無く俺のシャツなども準備して、バッグの中へ。
俺がやるのと違って、丁寧に畳まれて、なかなかにコンパクト。
用意したのは少し小さめのバッグだったのだが、悠のおかげで、バッグの空きスペースには十分な余裕がありそうだ。
親には、お土産は不要と言われているが、これなら少しぐらいは買って帰れるか……?
「よし。着替えはこれでオッケー。今日の夜はこれを履いてね」
「お前は俺のオカンか!」
ポンとベッドの上に置かれた下着に、俺は思わずツッコんでしまう。
「履かないの?」
「――履くけどさ」
男同士でも、
「でも、本当にこれだけで良いの? 最低限の着替えしか無いけど」
「寝る時以外、制服だろ? 俺たち、別に私服に着替えて遊びに行ったりはしないし」
クラスメイトの中には、自由行動の時間に『私服に着替えて遊びに行く』とか言っていた奴らもいたのだが、俺たちのグループは真面目に――いや、決まりを守るだけだから、真面目というのも違うか?
ま、普通に、予定通りに行動するつもりなので、私服なども必要ないのだ。
「寒かったり、暑かったりしたときのために、調整できる物があっても良いと思うけど……?」
「問題ない。我慢する」
「我慢って……まぁ、尚がそれで良いなら、良いんだけど。他の物ならともかく、服は貸してあげられないからね?」
「むしろ、貸されても困る」
ユニセックスな服もあるだろうが、そもそも体格が違う。
それに、もし体格に問題が無かったとしても、そんな事をすれば修学旅行中のクラスメイトに、格好の話のネタを提供する事になる。
寝る前の話題として最適。絶対に大盛り上がりだろう。
話題になる事をそこまで気にするわけじゃないが、付随するあれやこれやが色々と面倒くさそうなので、避けるに越した事はない。
「それじゃ、これで閉めるからね? ――よし、後はお財布を忘れなければ大丈夫ね」
「あぁ、サンキュ。さすがに財布を忘れる事はない」
とか言いつつ、俺は財布を取り出す。
中に母さんからもらった小遣いが、しっかりと入っている事を確認。
それをバッグの上に置く。
さすがにこれで忘れる事はあるまい。
うん、と頷いた俺に、悠が妙に微笑ましげな視線を向けてきて――。
「コホン。ところで、悠は、何しに来たんだ? まさか俺の荷物のチェックに来たわけじゃないだろ?」
「それもあったけど。せっかくだから、自由行動で行く場所について、一緒に調べようかな、って」
俺がベッドの上に放り投げていたタブレットを手に取り、悠が俺の隣に腰を下ろす。
「調べるって、一応、資料はもらっただろ、学校から」
「それはそれ。これはこれ。自分で色々調べてみるのも重要よ?」
「……さりげなく真面目だよな、悠って」
一応、クラス委員など務めたりしているので、傾向としては間違っていないのだが。
「真面目というか……こういう機会でもないと、名所・旧跡の歴史、由来なんて調べないでしょ?」
「それは解らないでもないが……別にウチに来なくても、スマホでも何でも――」
と、言いかけた俺に、悠から刺すような視線が。
おまけに悠の肘がグリグリと俺の脇腹に……。
「あぁ、いや、うん。一緒に調べるのも良いよな?」
「でしょ? これも思い出よ。事前準備も含めて“旅行”というイベントなんだから!」
ニッコリと嬉しそうに微笑まれては、俺としては『別に適当に見て回れば……』なんて言葉は口にできるはずもない。
「わざわざ印刷して持っていくほどじゃないけど、一通り調べて頭に入れておけば、見る時にも興味が持てるし、注目すべき場所とかも判るでしょ?」
「うん。それは悠にお願いしよう。俺の頭には入らないから」
サラッと読んで頭に入るほど、俺の頭の出来はよろしくない。
「もう……。あ、ここって和紙の産地でもあったんだ。和紙作り体験とかもあるわね。ほら!」
少し困ったような表情をした悠だったが、すぐに気を取り直したようにタブレットを操作。
その画面を俺に差し出す。
「やりたいのか? でも、今から変更は厳しいぞ? 那月たちの希望もあるし」
「解ってるわよ。陶芸体験だけでも結構時間を使うしね」
「あぁ、那月が希望したヤツ。……たぶん、俺が作った物なんて、良くて花瓶、高い確率で埃を被って、数年後、粗大ゴミの日に出される運命だと思うんだけどな」
見るだけなら簡単そうだが、初心者ができるほど、
きっと、ぐにょってなる。
「まぁまぁの出来だったら、私がペン立てとして使ってあげるわよ? ペン立てなら多少歪でも使えるしね」
「それは……お礼を言えば良いのか? 俺は」
「不出来な作品を使って上げる私。優しいわよね? ――あ、ここ、美味しそう! うーん、ここなら、ちょっと時間を調整すれば寄れるかも?」
「メッチャ、カロリー高そうだけどな」
「そんな事言わない! 禁句よ、禁句!」
「でもお前、カロリーを気にするような体型か……?」
「その体型を維持するために努力してるの! 女の子は大変なの!」
「そうなのか? どれどれ、努力の結果は――」
「お腹を触ろうとするな!?」
――そんな、有意義なのか、無駄なのか、良く判らない時間。
でも、それなりに楽しい時間。
そんな時間を、日が落ちて外が少し暗くなるまで。
俺と悠はのんびりと、共に過ごしたのだった。
◇ ◇ ◇
「おはようございます、おばさん」
「おはよう、悠ちゃん。いつもありがとうね」
「いえいえ~。尚、行くわよ」
翌日の早朝。
いつも学校に行く時間よりも、少し早い時間帯。
それでもいつもの様に俺の事を迎えに来た悠は、これまたいつもの様に俺の母さんと挨拶を交わす。
「おう、今行く。それじゃ、行ってきます」
「はい。尚くん、気を付けるのよ?」
「はいは~い。解ってるよ」
代わり映えしない事を言う母さんに、俺は軽く返事をして、バッグを手に立ち上がった。
「もう……。悠ちゃん、お願いね?」
「はい、おばさん。尚の事は、私がしっかり見てますから」
「さすが、悠ちゃんは頼りになるわねぇ。尚くん、こういう子は貴重なのよ? 大事にしないと――」
母さんはニッコリと笑う悠を見て、次に俺を見ると、何か含みがあるかの様にため息をつく。
「はいはいはい! 本当にお土産は買ってこないからな!」
「別に要らないわよ。最近は、何でもネット通販で買えるしねぇ」
「身も蓋もない! 風情という物があるだろ!」
平然と応える母さんに、思わず抗議。
事実だけど!
「でも、その“風情”って、メイド・イン・チャイナだったりするんじゃないの?」
「……否定できないな」
お土産のお饅頭、その生産地がお隣の県とか、ありがちな話だが、その他のお土産、ぬいぐるみやらキーホルダーなどの物品は、日本製ですらない事は十分に考えられる。
「尚くんが無事に帰ってきてくるのが一番のお土産よ。楽しい思い出でも作って、話を聞かせてくれればそれで良いから、お小遣いは自由に使いなさい」
「はいはい。ありがと。それじゃ」
いつも通りの何気ない返答。
そして俺は、軽く手を振って家を出る。
「はい、行ってらっしゃい。悠ちゃんも、行ってらっしゃい。よろしくね?」
「はい。任せてください。行ってきます」
母さんにわざわざ挨拶をして出てきた悠を待ち、俺は学校へ向けて歩き出した。
まさか、その“お土産”を渡す事ができなくなるとは、思いもせず――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます