さよならネバーランド
ひゐ(宵々屋)
さよならネバーランド(1)
――
私が中学二年生になった時、すでに学校ではそんな噂が広まっていた。いつも本を読んでいることは事実だし、読書が大好きなのも事実だから、別に嫌な気はしなかった。むしろ「文学少女」と呼ばれることは嬉しかった。憧れていたから。
いつからなのかは、わからない。気付けば読書が好きだった。何をするよりも、本の世界を旅するのが好き。現実では考えられないような出来事がそこにあって。両親によると、小さい頃から絵本を読むのが好きで、想像するのも好きだったらしい。
それが続いて現在まで至ったのだけれど、十歳くらいの時、本の中に出てきた「文学少女」に憧れたのである。様々な本を読むことができる、賢い女の子。私はまだ子供で、内容が難しくてさっぱり理解できない本が沢山あるのに「文学少女」は簡単に読んで理解して吸収できる……そんな人物になりたいと思うようになったのだ。
それからはより本を読むようになっただけではなく、メガネにおさげになって、小説に出てくるありがちな「文学少女」になった。見た目についてはそんなになりたいと思ってこうなったわけじゃない。暗いところで本を読んでいたら視力が落ちてメガネが必要になり、美容院に行くのを渋って読書をしていたら髪が腰まで伸びてしまった。だからふと鏡を見たときに「これ三つ編みおさげにしたら、文学少女っぽくなるかも」と思い付きでやってみたところ、こうなったわけだ。結構気に入っている、似合っていると思うし。
中学二年生になって迎えた春の中頃。クラス替えがあったけれども、相変わらず一年生の時みたいに読書ばかりの日々を過ごしていた。誰かと遊ぶことはほとんどなかったけど、いじめにあうこともなかった。小説だと、私みたいな暗い雰囲気の奴はいじめの対象になるか「空気」扱いであることが多いけれども、現実は違った。この学校に極悪人はいなかった。それに、私は勉強ができたから、「宿題写させてー」だの「この問題できない助けてー」だの、時々お願いがやってきて、それに応えていたからだと思う。確かに読書の邪魔になるときはあって、面倒だなぁと思うこともあったけど、私はそこまで意地悪な人間ではない。それにみんなは、私をいじめたり読書の邪魔をしたりするより、外で遊んだり恋愛話をする方が楽しいのだと思う。
そんなわけで、こんな私だけれども、無事クラスで安全な立場を確立していた。
しかし、私から他人に接することは少なく、はっきり「友達」といえる存在がいなかった。それでも別にいいと思っていた。私には本がある。
けれども、せめて本の感想を言い合える人がほしいなとは思っていて。
そんなときに、
* * *
夕方の図書室でのことだった。
もともと生徒で賑わうことのない図書室だけれども、この時間帯は特に人気がない。加えて司書の先生も職員室に行ってしまっていることが多く、私は図書室で一人になる。けれども問題はない、誰に邪魔されることなく本を選べるし、集中して読書できるし。
この放課後の図書室が、何よりも好きだった。一人で落ち着くことができる。本に囲まれて、物語の世界に熱中することができる。家にも本がたくさんあって読書することはできるけれども、図書室はまた違った雰囲気でこっちの方が好き。地域図書館の方が本の数が多いけれども、他の人もいるし、やっぱり図書室の方が落ち着く。
図書室は決して広くはない。本の数だって多くない。室内中央にテーブルが六つほどあって、それを取り囲むかのように背の低い本棚が設置されている。壁際にも本棚があるけれど、それと合わせてもやはり冊数は少ないと思う。けれども海外児童文学が多めにあるのが好きなところ。
図書室には大きな窓がいくつかあるけど、いつも薄いカーテンで閉ざされている。この時間帯、夕日は薄いカーテン越しに図書室に差し込む。だから図書室はオレンジ色。耳を澄ませば、放課後特有の音がわずかに聞こえる。吹奏楽部の練習。サッカー部の掛け声。それがまた好きだ。ここ図書室からだと、それらの音はフィルター越しに聞こえるような気がする。そのせいか、この図書室だけは別空間にある気がするのだ。
そう、ここは外の世界とは隔絶された場所!
ふっとそんなことを考えてしまい、さすがに笑ってしまった。でも素敵だと思う。そんな、現実世界とは違う場所があったなら。そこでは小説みたいな物語が展開されるのだろうか。
……しかしここはそんな場所じゃない。次々に借りる本を選ぶ。上限まであと一冊。最後はいつも迷う。今日も本棚に並んだ二冊のファンタジー小説を比べて迷っていた。内容は大きく異なる。どっちも魅力的だけれども、一体どっちが面白いのだろう。
「そっちの本がおすすめ」
不意に背後から声をかけられた。もちろん驚いた。だって図書室には私一人のはずだったから。
聞き覚えのない声だった。恐る恐る振り返ると、見覚えのない女の子がいた。結っていない長い髪と、切れ長の目が特徴的。顔は一見大人びているように思えたけれども、よく見るとまだ子供っぽい印象がある。身長は私と同じくらいで低め。ただ私より華奢な気がした。この中学校の制服を着ているから、ここの生徒だろう。そう思ってとっさに彼女の上履きを見ると、模様の色は私と同じ青――二年生の色だ。
一体いつからいたのだろう。それと、本のことで話しかけられたこと、いままでなかったから、びっくりしてしまった。
見ると、彼女は本を数冊抱えていた。
「あなたが篠原生成さん?」
薦められた本を手に取ると、彼女は微笑みながら尋ねてきた。だから私も聞き返す。
「あなたは?」
この中学校は人数が少ない。私の学年ですら三クラスしかない。だから同じ学年なら大抵の人は知っているのだ。しかし、この子は初めて見た。彼女は一体?
「望月文子、初めまして」
望月文子。聞いたことがある。そうだ、クラスで出席をとるときに聞いた。でもいつも返事はない。中学二年生になって以来、多分一度も姿を現していない子だ。
その子がこの子? でもどうしてここに?
「ねえ、あなたもおすすめの本を教えてよ。私もあと一冊借りられるの、何かない?」
驚きと謎で頭がいっぱいの私に、文子はそう頼んでくる。そう言われると、すぐにあの本がいいんじゃないかと思いつく。どうしてこの子がいるのかという疑問よりも、ちょっとでも本の話ができる相手が現れたことが嬉しかったのだ。
これが望月文子との出会いだった。
ずっと後に知ったのだが、彼女は小学校の頃、いじめにあって不登校になったらしい。そのため中学校は遠くにあって同じ小学校の子が進むことのないここを選んだらしいが、それでも学校に来るのが難しく、中学一年生の時も滅多に姿を現さなかったようだ。この学校でいじめにあっているという話は誰からも聞いたことがないから、いじめにあってはいなかったのだろう。けれども、多分、怖かったのだと思う。
しかしあの時あの場所に現れ、私に声をかけたのは、私と友達になるためだったのだと思う。
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