花火と紫陽花

@inaba8910

第1話


 嫌に降る雨が今日も煩わしい。夏の暑い日の気温を冷やそうとかそんな訳でもなく、梅雨だから降るだけの雨が私は嫌いだった。

 

 さて、雨を嫌いになり始めたのは何時の事だろうか。そんなことをふと考えてみる。恐らく子供の時は誰しも雨が降れば今日はいつもの日とは違う特別な一日になると思っていた筈だ。しかし中学生になってからは部活が出来ない、雨だからといってトランプ等をすることも無くなり、登校するのが面倒臭いジメジメして腹が立つ程度の一日に変わり果てるだろう。それは高校生になってもだ。

 

 私は四限目のチャイム終了間際にそんなことを考えていた。退屈な授業、退屈な日常、退屈な毎日、退屈でつまらないーー私

そしてチャイムが鳴り響き生徒達は疎らに教室から出ていく。勿論私も出ていき隣の誰も使ってない教室へ移動する。私は雨について無駄と分かりながらも無意味に考えつつ私はリュックサックからお弁当を取り出す。空き教室に移動することでなにか私が行動を起こす度に反応するクラスメイトと顔を合わせず一人で誰にも思考の邪魔をされないこの時間はとても気楽で、お弁当の時間だけは何も考えずに食べることが出来る。

 

 そんな私の至福の時間は唐突に遮られる。

 

 「ねぇ、君いつも一人で食べてるけど友達とかいないのかな。」

唐突に掛けられた声に私は驚いてあわやお弁当を落としかける。彼女、いや、彼は確か一ヶ月前に転校してきた佐々木さん――、佐々木 花火という女性だ。まず彼は性同一性障がいであり女性なのに男性の心を持っているということを転校してきた初日に皆に言った。

「好きで独りなわけじゃないけどね、色々あったから私とは誰も居たくないだけさ。貴方もクラスの和から消えたく無いのなら私と関わらない方がいい。」

 

好きで独りになる人など果たして本当に居るのかどうかとか思い始めたが今の私は食事を欲していた。目の前の佐々木さんをほったらかしてお弁当に手をつける。

 

「そうなんだ、ごめんね。なんか同じ感じがしたから声掛けただけなんだけど……。」

 

彼はそう言い教室から出ていった。

無視だ無視、私の目の前にあるカニクリームコロッケと先程の性同一性障がいで私と同じとか言い出す奴よりカニクリームコロッケの方が大事なのだ。

 

 さて、お弁当でも食べながら私の話でも軽くしよう。私は元男だった。男だったのだ。だが私は二ヶ月程前に交通事故により急死に一生を得た……というよりも脳以外が死んだ。喋る事は出来ず、無論体を動かすことも出来ない。そんな私を家族は最初の一週間は看病や治る余地はあるのか、等と救おうとしていたが突然、本当に突然なのだが、

 

 家族は私を殺そうとした

 

さて、何故家族は私を殺そうとしたのか、それは大きく分けて三つの要因がある。

 

 まず第一に私は勉強や運動等の秀でた物が何一つ存在せず生かしておく理由がなかった

 

 第二に金銭的な理由、このまま入院で私を生かしておくとなると莫大なお金がかかるだろう。普通の六人家族でその出費は非常に多いからという理由

 

 第三の理由が恐らく一番の理由なのだろうが、私は人と感性が非常にズレていた。話す事も家族とはズレており趣味も到底誰にも理解されるようなことではなかった

 

つまり私は出来の悪い息子だったので植物状態に近い息子を生かすくらいならば保険金などで最後の親孝行をさせようという自分本位な勝手で殺されかけたのだ。

 

 しかし殺す、と言っても直接手を出してはいけないということで単純に、本当に単純にだが私が安楽死を望んでいることにした。平常の私の考えとしては脳死ならドナーや安楽死を望むだろうが私はまだ意識があったのだ。拒否しようにも拒否を発言することも出来ず、拒否を示す行動もできない。だが医師は私が脳は生きている、安楽死は脳が死んでいないならばすることは出来ない。ということを言われたようだ。

 

 

 

 そしてその二日後、私は女になった。

 

 

 

 本当にいきなりなのだが男である私と同じように事故があり脳死になった女の子の脳を入れ替えるという実験の素体にされたのだ。今考えるととんでもない実験だし何故男性の身体では無く女性の身体なのか、等と色々文句はあるが然し生きているなら私は良いとした。

 

 そんなことがあったので今ではその研究所から毎月三十万のお金が振り込まれつつ一人暮らしの団地住まいだ。

 

家族はどうしたか、というと女になった後、一切の連絡が着いていない。私を売ったことを後悔しているのか知らないけれどあの親のことだ、後悔なんてしてないだろう――

 

 そして自分語りを心の中でし終わると同時にお弁当を食べ終わる。カニクリームコロッケは毎日食べても飽きない気がする

 

 お弁当を食べ終わり教室に戻ると教室が一瞬静かになる。それもそうだろう、つい先月までは男だった同級生が女になっているのだから。私が学校に復学してから一ヶ月は経つのだが未だ慣れないようだ。

 

あぁ、本当に憂鬱だ。

 

 そして退屈な学校も六限の終わりをチャイムの鐘が告げる。私はそそくさとリュックサックを背負い下足室に向かう。そして下足室で靴を履き替えていると何人かの男から声がかかる。

 

「おい、お前が女になったっていう貫寺か?」

 

私はこの男に見覚え自体はないが知識はある、学年は私の一つ上の三年で欲に言う不良というやつだ。

 

「そうですよ。私が女になってしまった憐れな貫寺ですが先輩方はそんな私になんの御用ですか?」

 

一々相手の琴線に触れるようにうざったらしく発言する。そうすることで相手が私と関わると面倒臭いということで関わらないようにしてもらう作戦だ。

 

「いやぁ、お前も元男なら分かるだろ?溜まってんだよ、女は男の三倍くらい気持ちがいいらしいぜ?」

 

汚い笑顔で私の方をみてきたこのクズはどうやら私と性行為をやりたがっていたらしい。まぁ私も男の時そういうことは常日頃から考えてはいたりはしたが――

 

申し訳ないないが女となった今そんなことは考えたことも無い。

 

「先輩には申し訳ないが私はまだ男でありたい。だからからそういうのは受け付けていないし、そういったことは先輩の彼女にでも頼めばいい。それが無理なら風俗や女を買えばいいじゃないか。私は帰りたいので帰らせてもらうよ。」

 

先輩がこちらに何か話しかけてきているが、手を出さないならこちらは無視で我が愛しの家へ帰る為に足早に下足室を抜け駐輪場へ向かい、止めてある自転車に跨り家へと帰るのであった。

 

 そして我が愛しの家である団地へと向かう。研究所の補助で光熱費家賃無料でトイレと風呂別、家具もそこそこ揃っているという高待遇でなんの不満もない団地は、最強の団地に見える。私は家に帰る途中に晩御飯の買い出しに行き荷物を持って家に帰る。

 

 恐らく突然日常が変わるとしたら今日みたいなことを言うのだろう。団地の駐輪場に自転車をとめ、自分の棟に向かっている途中に佐々木 花火を見つけた。普段なら気にもとめずそそくさと自分の家に帰るのだが、今日は色んなことがありすぎたせいで気にとめてしまった。そして彼の動向を少し見てみると私の団地の棟向かっていっているではないか。誰かに私の家を言った覚えはない、というよりも話さない。だが何故佐々木さんがこちらの方面に……、等と考えながら歩いていると我ながら不注意なのだが躓き転んでしまった。誰かが後ろで転んだとしたら少なくとも私は振り返る。まぁ人であれば恐らく後ろで音がすれば振り返るだろう。つまりは佐々木さんに見つかってしまった。

 

「あ、えっと……貫寺さんだっけ、大丈夫?」

 

いや、コケてるから大丈夫な訳がないだろう……。

 

「あぁ、大丈夫だ。佐々木さんはどうしてここに?」

 

私はスカートの裾についた砂を叩きながら、極普通に佐々木さんにここに居るのか聞く。

 

「ん、僕はここら辺が家なんだが……、君もここら辺なのか?僕は四十八棟なんだけど――。」

 

「佐々木さんも団地住みなのか。私も佐々木さんと同じく四十八棟でね、にしても私と同じ団地に住んでるとは驚きだな。」

 

と、たわいのない会話をしながら私は本当に話したい話題に切りこめずにいた。

 

 さて、私と同じ感じと言った佐々木さんの考え方は実は的を射ている。私は女であり男である、というのは昼の自分語りでも話したが正直な話自分の思考自体が女であることを受け入れており女性として振る舞わなければならないという理念の元私は一人称から生活自体も女性と同じようにしている。だが違和感というものは拭えはしないようで、未だに男であった自分がたまに出てくることもある。

 

「今日の昼はすまない。やっぱり気になったんだが……、もし違ってたらすまない、君は心の奥底には、『男』としての意識があるんじゃないかと思ったんだ。無論隠していたなら申し訳ない、だが私と同じような――、いやなんと言ったらいいんだろうか。すまない特にこれといった理由もないし直感だったんだが。」

 

女性の勘というのは恐ろしい。彼は女性ではないがそういったものも兼ね備えてるのだろうか?などと無駄に考えつつも私は彼に打ち明けてしまってもいいかと思った。どうせバレたとしても頭のおかしい女としか思われない程度だ、研究所から言ってしまっても構わないとの旨も聞いている。

 

「鋭いね佐々木さん。単純にいうと君の思っている事と相違はないのだけれど、それについて話したいから今からどうだい、家に来るかい?」

 

断られることも無く二階まで行き家の鍵を開け、佐々木さんを家に招き入れる。

 

 最初は取り留めもない会話を一言二言交わす。なにせお互い顔や名前は知っていても人物像はあまり知らないからだ。

 

「先に僕から、僕の名前は佐々木 花火。知っての通り性同一性障がい――。まぁ『男』の心を持っているだけだよ」

 

私は彼の前に珈琲を置く。砂糖とミルクは居るか、程度の会話だ。

「私は貫寺 紫陽。まぁ君とは似て非なるようなものを持っていると思って欲しい。」

 

私は前置きとして名前と君とは少し違うということを伝えておく。

「さて、何から話したものか……。まぁとりあえず今から私は荒唐無稽な話をする事になるが信じてもらわなくていい。さっきも軽く言ったが私は君の思っているようなものでは無い――、とはいっても今の私は君と同じようなものだ。あぁ、君の推測通り私には『男』というものがある。理由は簡潔に言うが事故を起こしてこの身体の女性と脳を交換しただけさ」

 

非常に簡潔に、だが重要な点だけを話す。さて、常人が聞けばこいつ何言ってんだ、頭がおかしいのではないか、等と思うだろうが……

「そんなこと……あるのか。」

 

彼は心底驚いたような顔で、しかし納得もしているような表情でこちらを見てきた。

 

「信じるのかい、こんな荒唐無稽な話を?」

 

本当に荒唐無稽だ。自分で言っていて嫌になる……。雨のせいで頭痛も起こるしこんなことを説明したり……。

 

「信じる信じないは置いといて、僕はそんな話があるとは受け入れられない。」

 

まぁ受け入れられれば本当に驚くが「だが」

 

「僕は君が嘘を言っているようには見えない。僕はほら、こんな傍から聞けば本当かどうか分からないことを言ってる訳だから人の目を見れば嘘をついてるかついていないかなど分かる。分かってしまう。僕は頭が悪いから君がどういう仕組みでなったとかはわからないけど――、信じるよ。」

 

こいつ……、あの荒唐無稽な話を受け入れた。まぁ話も終わったことだしとりあえず彼に淹れた珈琲は飲み終えていたので私はカップに珈琲を注ぎながら次の話題へ適当に変えようとした。

 

「でも凄いな、男が女に……か。僕としては羨ましいよ、何をする訳でもなくいきなり異性に変わるとはやはり僕みたいなのからしたら羨ましい。」

 

私は女性であることを受け入れている、というよりも無理やり飲み込んでいる、というのが正しいのだ。無論男に戻れるなら戻りたいし、私は『普通』に戻りたいのだ。

 

 だからその言葉は―――私の数少ない逆鱗に触れるようなものだった

 

 「君は……、そうだな君は羨ましいだろうな、俺が、女になった俺が!お前はどれだけ頑張ろうと、どれだけ手を尽くそうが完全な男にはなれないし、お前は一生女のままだ!お前にはわかるか、頭の中で男である『俺』と女である『私』が脳の中で二人いて行動のズレが起きて気持ちが悪いかとかそんなこともお前には理解出来ないだろう!当然だ、お前は何処までいこうと女なのだから!」

 

感情に任せて私は喚く、彼女に失礼な事を沢山言っているのは分かる。だが私としては言わなければならない、言わなければ――。

 

 

  『俺』が『俺』で無くなるから―――

 

 

「気に触ったならすまない。僕だって悪気があったわけじゃないんだ、許してくれ」

 

厚顔無恥――、という言葉はこいつのためにあるのではないのかと考える、だが……一度言ってしまえば言葉というのは不思議で止まってくれはしない。普段抑えていた言葉まで出てくるしまつだ。

 

「お前は女だから自分が男だと勘違いしててもちやほやされるからいいよな!俺は誰にも信じてもらえず頭のおかしい女として生きていくしか出来ないようになったからな!出ていけ、俺の視界から居なくなってくれ!俺の事を何一つわからないくせに!」

 

まるで何一つ理論として通っていない、稚拙な慟哭。自分から誘っておきながら自分が言われたら帰ってくれなど今どきの小学生の方が冷静だ。

 

 「君……、言わせておけば!僕だってちやほやされたくて言ってる訳では無い!自分だってそう言っておけばちやほやされると思ってるんじゃないか!そもそも理解して欲しいなら君は理解をさせるために何かしたのかい、何もしてないだろう!ズレも僕にだってある!そして――僕だって好きでこんなことになった訳じゃ……ない!」

 

好きでなった訳ではない、私はそれに少し怯んだ。彼だって私と同じなんだ……それも私より長い期間悩んだのだろう。

 

「ごめん、今私冷静じゃないから帰ってくれないかな……。自分から招待していて悪い。だけどこれ以上喋ると何を言うかわからないんだ。」

 

 その後、一言二言交わしてから、彼には帰ってもらった。申し訳ないことをした事は分かっている。

 

だけど――私だって今に納得している訳では無い。そんなこんなで時間は七時半になっていた。お腹がすいた、今日はあんな事もあったから余計にお腹がすいた。

私は冷凍庫から冷凍うどんを取り出し、鍋にお湯を沸かしている間にお風呂を洗ってお湯を張り急いで鍋に向かい冷凍うどんを入れ、うどんをほぐしていく。ほぐしたらうどんをザルに入れ、冷水でしめる。そのうどんに麺つゆをぶっかけネギと卵をいれてぶっかけうどんの完成だ。うどんを私は食べ終わり湯船で今日の事を考える。今日は何時もとは違う一日だった。雨の日は今や特別でもなんでもないとおもっていたが……、私にとって今日は特別な雨の一日だったと思う。それくらいには今日は色々あったのだ。あとうどんに胡麻を入れればよかったとどうでもいいことを心の底から思った。

 

 夜――、布団に入りながら今日の事を考える。今日は本当に色々ありすぎたせいで疲れた。久々に大きい声を上げて男口調も出ていた。自分が女になって失った物は多い。友人や家族、今までの繋がりなど――、事故に合わなければこんなことはなってなかったとタラレバ論を考えながら床に就く。

 

 それから日は跨ぎ土曜日になる。何時もなら特に何かをする訳でもなくダラダラして終わるのだが今日は買いに行かなければならないものが少々あったのでダラダラと過ごす訳には行かないのだ。寝巻きから服を着替える。白いTシャツで、有名なネズミのロゴが入っているTシャツとジーパンというラフな格好に着替えを済ませる。

そして朝ご飯は昨日買っておいたたまごパンを食べて駐輪場にある愛車、ブケファラスに乗る。ブケファラスは黒色の自転車で私がこの体になってから、九千八百円で買った自転車だ。そんな愛車に乗って薬局に行き生活用品を買いに行く。その後近くのスーパーで鶏肉や無くなりかけていた調味料などを買い、その時点で十一時半なので、一度家に帰り昼ごはんにする。家にあった一昨日のひじきと食パンを食べ再度買い物に行く。どうでもいいがひじきと食パンは合わなかった。その後、服を買いにユニクロに向かう。ユニクロで清涼感がある白色のワンピースとシャツを買おうとしてると向かいに一年生の時の元クラスメイト二人を見つける。そこまで仲良くはなかったのだけど会うと話すくらいの仲だったが私は何故か隠れてしまった。

 

「そういや、貫寺って女になったんだよな、頼めばヤラしてもらえるか?」

 

「いやいや、どうせ金払わないとヤラしてもらえないだろう。」

 

嫌な会話が聞こえてくる。男というのは自分の性欲を満たすことしか考えていないのかと思うと元男として吐き気がする。

 

 いや、これも男としては普通なのだろうが今は『女』なのだとか嫌でも自覚してしまう。

 

そんなことを考えつつ私はその元クラスメイトの話に耳を傾ける。

 

「でもよ、急に女体化だぜ。どうせ家では女の体を楽しんでるに違いないって。」

 

「ありえるな。でもお前なんで貫寺と話さないようになったんだよ。」

 

「だってそりゃぁ見た目が女でも中身は男だろ、気持ち悪くて近寄りたくもねぇわ。」

 

「あー、分かるわ。女子も気味悪がって近寄りもしないし、元から人と関わりたくないみたいな根暗なやつだったしな」

 

 本人がいないから言えることなのだろうな、と私は思いながら、不思議なくらい落ち着いて手に持っていたワンピースとシャツを元に戻しそそくさと去る。

 

 家に帰り風呂に入ったあと直ぐに布団に入る。せっかくの休日が台無しだ。

 

 次の日曜日は買い出しもないので一日中家でギターを弾いたりゲームをしたりして過ごした。まるで嫌なことから逃れるように……。

 

 そして学校がある月曜日になる。私はもう着慣れたセーラーに袖を通し学校へ向かう。

 

 今日は雨は降らないようだ。

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