普通の人が英雄になるとき……「タクシー運転手 約束は海を越えて」
――民主化運動が勢いを増す1980年の韓国。軍のクーデターに反発するデモ隊を鎮圧するため、韓国の光州は閉鎖され軍の容赦ない鎮圧作戦と検閲が行われる。一方、首都のソウルでタクシー運転手として働く平凡な市民のマンソプはドイツ人ジャーナリスト、ピーターを光州へ送り届ける仕事を10万ウォン欲しさに引き受ける。だが、2人が向かった光州で待ち受けていたのは戦場と化した町だった――
1980年に韓国で起きた光州事件と、これを取材し世界へ知らせたドイツ人ジャーナリストと彼を送り届けたタクシー運転手の実話を基にした韓国映画である。
光州事件とは何ぞや?という人に説明すると、韓国での軍事クーデターに抗議した光州の市民と鎮圧のために派遣された軍隊が衝突した事件である。100人を超える市民が死亡し、千人に及ぶ市民が負傷した大事件であった。映画では描写されていないが、市民が軍の兵器庫を襲撃し武装し、軍との間で戦闘を繰り広げるなど実質、内戦のような状態にあった程の大事件だった。
事件は当初、軍と政府により検閲されていたが、前述のジャーナリストの報道により白日の下に晒される事になった。この事件が切欠で、韓国の民主化運動が進んでいく事になる。
凄惨な事件を世に報道する手助けをした男の話だろうから、さぞ勇敢な男の話だろうと思うのだが、主人公のマンソプは正直言ってめちゃくちゃ頼りないただのオッサンである。妻を亡くし、男手ひとつで娘を育て、家賃の支払いすら満足に行えないほど困窮している、むしろ社会の下層にいるような男である。案の定、軍隊に威圧的に接せられてすごすご退散したり、デモ隊と軍隊が衝突する光景を屋上で眺めながら「下には行くな、あぶねえぞ」と諭しておにぎりを食うような小心者だし、自分の生活を邪魔する世間の民主化運動をうっとおしく思っている程の小市民だった。
対して、マンソプが高額に釣られて運ぶ事になったドイツ人ジャーナリストのピーターは極めて芯の通ったジャーナリストだ。光州で何か事件があると知るや、真っ先に韓国へ飛び込み、軍により閉鎖されていると言われても臆する事なく飛び込む。
この2人のでこぼこなやり取りが何とも見ていて面白くはあるし、光州市民との触れ合いで互いに仕事を超えた関係が育まれていくのも微笑ましいが、状況が悪化していくに連れて見ているこっちが心配したくなる状態に突入する。
主人公マンソプを演じるのはソン・ガンホ。韓国でもトップクラスの演技派俳優で、カタコトの英語でピーターとやり取りするシーンや感情に揺れ動く姿を見事に演じていたし、ドイツ人記者ピーターを演じるのはドイツきってのドイツ軍人俳優ことトーマス・クレッチマン。相変わらずカッコいい男だが、ジャーナリズムに燃える生粋の記者を好演している。
脇役も光っており、バリバリの死亡フラグを立てる歌手志望の大学生や、光州のタクシー運転手の頼れるおっちゃんたち、そして光州の義理人情あふれる市民の皆様方、悪役の貫禄たっぷりな軍の私服軍人部隊などキャラが立ってる連中が多く、物語を盛り上げてくれていたのも好感たっぷりだ。
軍隊の鎮圧がエスカレートし、私服軍人が秘密警察のように市民たちを拘束し暴力を加えていく中、マンソプは一人タクシーを走らせてソウルへと逆戻りする。しかし、報道のために光州に残り奮闘するピーターの姿や、虐げられる光州の人々の事を思った彼は、娘の元へ戻るという選択肢を捨てて再び光州への道を走る。
平凡な、それこそダメな奴だった一市民が勇気を振り絞り光州へと戻るシーンは思わずグッと来たし、映画に散りばめられた彼を奮い立たせる要素のひとつひとつが積み重なる良シーンだろう。
何の変哲も無い人が英雄になる時、それをこの映画は力強く描いている。
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