言葉とは裏腹に

 一人でにやついて、リオートの手を凝視していると、突然彼がくるりと顔の向きを変え、物言いたげに俺を見上げてきた。

 俺は、しまった気付かれたか、と焦りつつ、なるべく冷静な声で、「……なんだ、何か言いたい事でもあるのか?」と煩わしげに聞いてみた。

 リオートは、何も悪い事をしていないのに、決まり悪そうに、ぱっと目を逸らした。

 そして、彼は自分の袖を引っ張って、隠すように手を被う。

 ……俺のいやらしい視線に気付かれてしまったらしい。


 落ち込んで反省しつつも、そのまま彼の行動を見守っていたのだが、どうにも様子が変だった。

 つい先ほどまでは、きりっとした顔をしていたのに、今は少し目蓋が落ちているからか、どこか儚げに見える。

 白い肌も、どちらかというと青白く見えるし、よくみたら、唇も震えて……


「おい」


 俺は慌てて、リオートの肩を掴んだ。

 剣舞に見紛う見事な戦いを見せてくれた力強さは、そこに無く、俺の非力な手で、彼の体がふらりと揺れる。


「お前、体調管理も出来ないのか」


 だから、違う! 何で俺はこんな事しか言えないんだ!

 俺の悪癖は、意思とは真逆に、勝手に辛辣な言葉を吐き出したが、手はしっかりとリオートの体を支えようとしていた。

 あいた方の手で、袖に埋もれた手を掴む。

 触れればすぐに分かった。彼の手は、小刻みに震えている。

 その指は驚くほど冷たかった。


 出会ってから、この短時間で何があった?

 彼の両手をまとめ、暖めるように俺の手で包み込む。

 凛々しかった騎士は、か弱い少女のように、縮こまっていた。


「申し訳、ありません……緊張して」


 リオートは急に言葉もたどたどしく弱音を吐いた。


「今更何を言っているんだ? さっきまでの威勢はどこへいった」

「はりつめていた気が、急に解けてしまって」

「……あれだけの人数を相手にしておいて、よく言う。お前は騎士だろう。そんな脆弱な精神で、これまでやってこられたのが不思議だな」

「……初めてなんです」

「は?」

「騎士の資格を得たのは、つい先日の事なのです。鍛錬以外での、ああいった戦闘は……実は初めてで」


 彼の言葉を聞き終えるや否や、気付けば腕の中には、細く、どこか芳しい体があった。

 迂闊である。

 本当に、思うよりも先に体が動いていたので、つい無意識に、としか言いようが無い。

 俺はリオートを思い切り抱きしめていた。


 や……やってしまった……。

 早く離れなければと思うのに、俺の体ときたら、感動の再会を果たした恋人をもう二度と誰にも奪わせまい、と言わんばかりに、がっちりと彼を抱きしめたままである。

 しかも片手は徐々にリオートの頭へと移動していき、抱え込むようにしながら、さらさらと指通る髪を撫で回していた。


 もう駄目だ、体が言う事を聞かない。


 剣を握るとあれだけ精悍なのに、不意に見せるこの弱弱しさは何だ。

 俺が手を出す間も無く、男達を道端に転がしていた腕力は。

 それに似合わぬ細い体は。

 俺の腕にすっぽりと収まる、このギャップは何なんだ!


 離したくない、可愛い、愛しい、昔見た両親のように、俺もこの人と想い合いたい、でも彼とは一緒になれない、きっと世間も彼も、俺の気持ちを受け入れてはくれない――

 出会って半日足らずで、想いが重すぎる。

 自分でも引いた。

 こうなってしまうと、俺の意思では引き剥がせない。

 頼むから、リオート、君が俺を拒んでくれ!


「剣を抜かなかったのはそのせいか」


 これはただの気の迷いだ。

 この俺が、まさか男なんかに惹かれるはずがないじゃないか。

 今の内に、間違った感情は消し去るのだ。

 惑わして、正常な判断を鈍らせるだけの、無駄な想いは殺してしまえ。

 そして、一遍の望みもないのだと、俺に思い知らせて欲しい。


「血を見る勇気もないのなら、お前に騎士を名乗る資格は無い」


 俺の言葉が溶けていくように、場を静寂が支配した。

 しかし、張り詰めた空気は微塵も無い。

 何故なら――――


 厳しい事を言ったくせに、俺はまだリオートの頭をよしよしと撫でていたのだ。

 滑稽な俺に、説得力などあるはずも無かった。


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