冷然主人は男装騎士に一途
三島 至
似非冷然が出来るまで
我が家の家訓は、「女性に優しくすること」である。
今は亡き俺の両親は非常に仲が良く、それはもう、家の中であっても「他所でやってくれ」と思うほどの仲良しっぷりであった。
父が騎士のように跪き、母の手の甲に口付ける様は、思春期の俺には恥ずかしくて仕方が無かったが、仲の良い両親というのは、実はとても貴重だったのだ。
もっと大事にすればよかったと、今になって後悔する事もある。
二人が亡くなるまで気付けなかったが、胸焼けするくらい妻に優しい父と、心底愛しそうに夫を見詰める母、それと同等の愛情で俺を可愛がってくれていた彼らの事を、本当は大好きだった。
母は、一人息子の俺を産んでから、体を壊してしまったらしい。そのため、床で伏せっている事が多かった。
父はよく、「女性は本当にか弱い存在なんだ。優しくしてあげなきゃ駄目だ」と俺に言い聞かせ、「この事は代々言い伝えていこう」と言い出したのが、我が家の家訓の始まりである。
やがて一人きりになり、両親が遺した家業を継いだ俺は、彼らが生前与えてくれていたものに改めて感謝した。
大切な人が二人も早世してしまった事を除けば、俺は幸せ過ぎるほどの暮らしをしていたと思う。
苦労もしたが、遺産もあったし、真面目に働いていたから、十分な金も入ってきて、身の回りの世話をするために人を雇う余裕もあった。
ただ、誤算が二つ。
一つ目は、真面目に働き過ぎて、俺がとんでもない大金持ちになってしまった事。
それ自体は別に良い。
がむしゃらに働いてはいたが、特に秀でたところがある訳でも無い俺が、色んな幸運が重なって、世界有数の資産家になってしまった事は、周囲の嫉妬を買ったのだ。
幸せな家庭でぬくぬくと育っていた頃には、全く経験した事の無いような、嫌がらせをたくさん受けたし、誘拐されたり命を狙われたりするのも珍しくない。
ちょっと運が良かっただけの俺である。
中味は実に平凡で、鋼の精神も持ち合わせていなければ、腕っ節も弱い。
嫌がらせには普通に傷ついたし、命を脅かされる日常に恐怖していた。
加えて、ひとりぼっちである。
泣きたいくらい、孤独で、疲れきっていた。
二つ目は、家訓を忠実に守り続けた結果、常に女性に追い掛け回されるようになった事。
これは全く良く無い。
口説いているつもりは無かったのだが、俺の恋人を自称する女性が後を絶たず、彼女らの間で諍いが起き、刃傷沙汰にまで進展した。
しかも、周囲の男達はトラブルなどは無かったかのように、「女をはべらせていいご身分だな」「色目ばかり使いやがって」と、余計妬みを増長させるのである。
刷り込みのように、女性を見たら「優しくしたい」「甘やかしたい」と思っていた俺だが、さすがに考えを改めた。
誤解を招く行動は控えなくては、己の身が危ない。
そうして俺が取った行動は――――
「生憎、媚びるだけの女には興味ないんだ」
腕を絡ませてくる女性たちに、なるべく冷たく言い放った。
「見てくれを磨いただけで、俺の隣に並べると思うなよ」
「空っぽの頭にもっと知性を詰め込んでから出なおせ」
「俺を夢中にさせたいんだろう? その予定は一切無いから諦めろ」
などなど……女性を遠ざけるような事を言いまくったのだが……
自分でも思う。
――いや、何様だよ!
お前、人に言えるほどの容姿持っていないだろう!
両親にもらった顔は別に嫌いじゃないけど!
夢中にさせたいって何? どれだけ自信過剰なんだ。むしろ俺が女の子に尽くしたいよ!
そりゃ、沢山の女性を侍らせたい訳じゃないけど……
生涯の伴侶を見つけて、その人にだけ思う存分、優しくしたいんだけど……。
内心はともあれ、俺が変な方向に頑張った結果、効果は絶大だった。
女性には遠巻きにされるようになり、すこぶる快適だ。
むしろ仕事の時以外、男女ともに誰も寄り付かなくなった……。
多分俺が「仕事以外で俺を煩わせるな」とか言っちゃったからだろうが、俺の周りはいつも、雑談さえ皆無である。
ちなみに友達もいない。
でも今更態度を変える勇気もきっかけも無く、今日も俺は悪態をつくのである。
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