第1章 第2話

「フー…フ…ゴホッ……フ―……」




「どうした?もう終わりか?ったく弱ぇなぁ?つまんねぇじゃねぇか!」




勝てるわけがなかった。平和にぬくぬくと暮らしてきた俺がいきなり人なんて殴れるわけがなかった。戦闘開始後、一発たりとも相手を殴ることなくダウンしてしまい、蹴られ続けてこのザマである。




声にならない嗚咽を漏らし、鼻血を垂らし、ヨダレを垂らし、涙を流して夕方の薄暗い路地の中、一方的に痛めつけられる。




「おい、どうした。助けも呼べねェのか?おいッ!!」




俺の腹に向けて全力で振りぬかれた足が見事に腹部に命中する。




「グフッ……フーー………」




立つ力もない、立てたとしても野郎をぶん殴る力も残ってはいない。万事休すか。




「ふぅ、お前ボコすのも飽きたわ。そろそろ死んどくか!」




そう言って野郎が取り出したのは―――


ドス。いや、ナイフ。刺されたらもはや確実に死んでしまうだろう。だが抵抗する力も残っていない。おしまいだ。




「はぁ…ッ…ここまでかよ、こんなモブにやられんのかよ…はぁ……つまんねぇ召喚だったな…最悪だぜ…」




この世界に召喚さえされなければこの先もきっと平和に家族や友達と暮らしていけた筈なのに、最悪な召喚だった。




「じゃあ…なッ!!!!!」




野郎が全力でナイフを俺の腹めがけて突き刺そうとするその刹那―――――




「う…ッ!!!!あッあぁぁぁああぁぁあぁぁぁあああぁぁ!!!!!!!!!!」




刺される間際、胸の奥底から湧き上がる膨大な熱を持つ『炎』を感じた。


その熱さ、その赤さ。それはまさに炎そのものだった。




「おぉう!?なんだ!?」




全身から噴き出る圧倒的な熱に俺を突き刺そうとした動きも止まり、野郎は俺から距離を取る。




「おい!!お前魔法使えたのかよ!?」




――魔法。異世界物には欠かせない物。俺に魔法を使う力があるとは思わなかったが、使えるのならば野郎に対抗することも可能だ。だが……




「え、どうやって出すんだ?」




そう、詠唱もわからない。魔宝石やらのアイテムも持っていない、さっきのも死を間近に感じてとっさに出ただけ。意図的にさっきの魔法を出すのは完全に不可能だった。




「なんだ?出し方がわからねぇのか!!ハッ!!ビビらせやがって!!今度こそブッ殺してやる!!」




今度こそ終わった。もう一度さっきの魔法が出せれば時間を稼ぎ、倒すこともできるかもしれなかったものだが、出し方がわからないのならそれもできない。いよいよここで命を落とす。そう思ったその瞬間……




「待ちなさい」




路地の奥、僅かに日の光が当たっているその場所に、青く長い髪の少女が立っていた。人外の美貌を持った少女はこちらへ歩み寄り、俺と野郎の間に立ち、野郎に向かって言葉を放った。




「あなた、こんなことして恥ずかしくないの?こんなに血を流しているのに……」




美しい髪を揺らし、少女は野郎にそう言う。




「うるせぇよ!!お前もまとめて殺ってやろうか?」




少女にそう言われて野郎は怒りの矛先を少女に向ける。だが少女は全く恐れることもなく野郎を睨みつけて威圧する。




「…どうやら痛い目に合わないと分からないようね。君、危ないから少し離れていた方がいいわよ」




俺の方を振り返り、俺に危険を伝えて少女も臨戦態勢に入る。




「おぉ?俺とやるつもりか?女が?」




少女を見下し、軽く挑発する野郎。それに対し少女は…




「ええ。痛い目にあわせてあげるわ」




と、すさまじい自信で野郎に言葉を投げる。


当然野郎は激昂し、少女に殴りかかろうとする。少女の頭など簡単に砕けそうな威力の拳が振りぬかれる。




――が、彼女の眼の前に現れた透明な盾で野郎の拳は防がれた。すかさず少女は距離を取り、叫ぶ。




「氷槍アイス・ランス!!」




少女がそう叫ぶと、少女の周りに透明な『槍』が出現し、すさまじい速度で野郎に向かって飛んでいく。飛んで行った氷の槍は野郎のすぐ近くに突き刺さり、野郎の動きを完全に止めた。




「…これでもまだやるの?」




身動きの取れなくなった野郎にそう言い、少女は野郎に近づく。




「クソッ!こいつも魔法使いかよ…!」




野郎はそう言い、少女を睨みつけた。少女は身じろぎもせず野郎を見下ろし、そしてこちらを振り返る。少女は優しい笑顔で俺に




「行きましょう。ここにいたらキリがないわ」




「あ、でも、俺そこの店に用があるんですよ」




そう、本来の目的はこの先にある店で500円玉を買い取ってもらい、今夜寝る宿を借りる資金を調達すること。こんなところで時間を割いている余裕はないのだが…




「そうだったのね。ならそこまでついていくわ。さっきみたいな人に絡まれても困るでしょうし…」




少女は優しく眩しい笑顔を絶やさずにそう告げる。




「おー、ありがとうございます、じゃあおねがいしますわ」




そう言って少女と共に路地を進んでいく。周りを見ると痩せこけた子供やおそらく家がない者がたくさんいた。表の繁華街とは本当に正反対、戦後のような廃れ具合だった。




「ついたわよ」




少女がこちらを振り返り、そう告げてからゆっくり扉を開ける。




「いらっしゃい。ゆっくり見て行ってくれな」




薄暗い店の奥、小柄の老人が座っている。




「あ、買い取ってほしいものがあるんですけど…」




「ほう、どんなもんだ、見せてみろ」




本題を伝え、さっそくポケットに入っている500円玉を老人の前の机に置いた。老人は500円玉を見て、少し驚くと、




「こりゃどこの金貨だ?見たことがねぇぞ?」




老人は興味心身に500円玉を眺め、なにやら考え始める。




「そうだな…ざっと見た感じ、10000スぺ―ラくらいだな……」




それが高いのか安いのかはよくわからないが、どうやら金にはなるようだ。




「じゃあそれでお願いします。…ほい、取引完了っと」




手早く老人から金銭を受け取り、500円玉を受け渡す。




「また何か珍しいものがあったら持ってきてみろ。また買い取ってやるよ」




老人はそう言い、店の扉を閉める。時間はすっかり夜、少女と軽く会話をしながら街明かりが照らす繁華街に出た。




「じゃあここで。もう危ない所に入らないようにね。」




少女は俺に別れを告げ、この場を去ろうとする。そこで俺は…




「なにかお礼をさせてくれないか?」




そう声をかけた。当たり前だ。ここまで助けてもらってなにもお礼をしないなどありえない。対それたことはできないかもしれないが、それでもなにかお礼がしたいと思っていた。




「え…でも…」




「出来ることはなんでもするよ!なんでも言って!」




そう言うと少女は少し考えて、こう告げた。




「…明日必ずお金は返すから、一泊だけ宿の部屋を借りるお金を貸してくれないかしら…?」




「………え?」

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