第80話

 さて、そこから三人で知恵を絞っていけたら良かったのだが、実際のところ朝倉委員長が言ったとおり、ほとんど朝倉委員長とみくるさんがあれこれ意見を述べ合い、俺は完全にお地蔵様となっていた。いや、だって涼宮はもうこの世界にいないわけだし、じゃぁ過去に戻って涼宮が居なくならないようにするしかないわけだが、そこに至っては俺の考えるようなことを彼女たちは何手も先に考えついてしまうのだ。


 とはいえ主に考えを述べるのは朝倉委員長であり、みくるさんはその考えの可否(禁則事項とやらに関わるかどうか)を伝え、また朝倉委員長が何か別の方法を提案するといった感じだ。残念ながら、朝倉委員長の提案する内容は全て、みくるさんによって否定された。まぁ並大抵のことではあの涼宮が考えを変えるとは思えないし。だが逆に、並大抵のことを超えれば涼宮の考えを変えられるのでは?そこで俺は名案を思いついた。


「なぁ、こういうのはどうだ?涼宮を背後から突然抱きしめて、耳元でアイラブユーとでも囁くんだ」


 さすがの涼宮だって動揺の一つくらいするはず…んん?二人の顔が一気に険しくなった。みくるさんは眉間にシワを寄せ、ぽかんと口を開けてまま、んんとややわざとらしく咳払いをした。朝倉委員長はというと、…なんだろう、真夏の炎天下に回収されずに残されたゴミステーションの生ゴミを見るような目で俺を見ていた。いや、俺にそんな特殊性癖はないからそんな目つきをされても喜べない。その後、朝倉委員長は養豚場の豚を見るような目など、仲のいいクラスメイトからなかなか向けられないような目つきを俺に向けた後、完全に俺からそっぽを向いてみくるさんとのやり取りに戻った。あれ?もしかして怒らせた?何かおかしなことを言ったかな…。



 みくるさんと何度目かのやり取りの後、つまり朝倉委員長の提案がまたしても没になった後に、朝倉委員長はふっと視線を斜め前に向けた。ちょっと前に気がついたのだが、朝倉委員長は頭が煮詰まった時にふっと目線を外す。するとイラッとしかけていた顔がふっと緩み、また何もなかったかのように元の朝倉委員長に戻るのだ。


「斜め前を見ると良い事でもあるのか?」


「……えっ?何が!?何もないわよ!」


 朝倉委員長はこちらがびっくりするくらい動揺して返事をした。何もない反応ではないだろそれ。


「…みくるさんからコピーした彼女の知る未来からみた、本来のこの時代を眺めていたのよ。今との違いを見つければそこを修正すればいいだけでしょ?」


「…なるほど、賢いな」


 いや、だったらそれをみくるさんと一緒にやればいいんじゃないか?


「やっていますよ。ただ、今からだと修正できない点も多くて…」


 ひょこっとみくるさんが会話に加わった。なんだ、やっているのか。ちなみに朝倉委員長から見て、本来の歴史ってやつはどんな感じなんだ?


「不愉快ね。私からは許容できない事が多いわ。この機会に私好みに変えてやりたいくらい…嘘よ嘘。そんな顔しないでよ」


 みくるさんの顔を見て朝倉委員長は言い直した。うん?朝倉委員長にとって不愉快?けど、さっきから朝倉委員長は過去を見てるときちょっと楽しそうじゃなかったか?


「……それ、今必要なこと?」


 うーん、必要じゃないかもしれないけど気になるな。何でも気になるのが俺の悪い癖だ。


「頭の悪い特命係みたいね」


 ほっとけ。本当に放っておけ。しかし朝倉委員長は隠す気はないらしく、あっさりと何を見ていたのか白状した。


「イラッとした時にキョンくんの過去を遡って見ていました」


「お前ふざけんなよまじで」


 世界が終わるかどうかの瀬戸際に何やってるんだこいつは。授業中に隠れて漫画読んでるみたいなことをやってんじゃねえよ学級委員長。まぁでも、と朝倉委員長はスッと猫のように目を細めた。


「随分とまぁ女子と仲良く過ごしているわね」


 …ん?何か話が嫌な方向に行きそうだ。たしかに高校に入ってからは朝倉委員長を含め華やかな女子が周りにいるが、今だけを切り取ってその評価は流石にどうかと思う。すると今度は朝倉委員長が「ん?」という表情になり、もう一度視線を斜め上に向けて、その後目を瞑った。どうしたんだ?


「キョンくん。今からいくつか質問するから嘘偽りなく答えて」


 朝倉委員長は目を瞑ったまま喋った。なんだか分からないが分かったよ。嘘偽りなくだな。


「この高校には受験して受かって入学した。間違いない?」


「バカにしてんのか?」


 冗談だと思ったが、朝倉委員長は目を閉じたままだった。仕方なく俺は「そうだ」と答える。


「中学三年生の時から進学のために学習塾に通った。間違いない?」


 …マジで俺の過去が見えてるんだな。あぁ間違いないよ。本当は中二で入れられそうだったんだが中三まで引き伸ばしたせいで毎日のように自転車で通うはめになった。その瞬間、みくるさんの「え?」という小さな声が聞こえた。


「…中学三年生の時、仲が良かった子はいた?」


 仲が良かった子?急にイエス・ノーで答える質問じゃなくなったな。仲が良かったねぇ…あぁ、国木田が中学でも一緒だったんだ。知っているだろ?クラスメイトの国木田。仲が良かったといえばそうだな。朝倉委員長はフーっと大きく息を吐いた。そして次の質問をした。


「中学三年生の時、佐々木さんという女子と仲がよかった?」


「誰だそれは?」


 朝倉委員長は目を瞑ったまま天を仰いだ。

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