第24話

「分かったわ」


 全く納得のいってないような表情で、涼宮は俺がこの部室の所有権を持つことを、自分に納得させようとしている風につぶやいた。


「そうだ、分かったか。長門さんはともかくとしてだ、お前は俺の機嫌を損ねたら指をパチンとした瞬間にこの部室から放り出ダダダダダダダ痛い痛い痛い!!!」


 なんとなく涼宮に対して優位性を感じた俺が調子に乗っていると急に後ろ手を捻り上げられた。そのままくるんと向きを変え部室のドアの前に移動させられると「キョンく~ん?」という朝倉委員長の猫なで声が耳元で囁かれる。


「どうしてキョン君はまぁるくおさまりそうな雰囲気でそういうこと言っちゃうの?悪いのは頭?それともこのお口かしら?」


 頬肉を爪先でつままれ針で刺されたような痛みが口に走る。朝倉の声は先ほどのように冷たい声ではないが、かといって表情が見えない朝倉がどんな顔でこの猫なで声を発しているのかを確認する勇気は俺にはなかった。


 調子に乗って、すいませんでした。


「今度余計なこと言ったら口を縫い合わせるわよ」


 はい…。頬から針のような痛みがようやく消え、俺は後ろ手の拘束を解除された。



「じゃあこれからよろしくな、長門さん!涼宮も!」


「…ねえ。今『縫い合わせる』とか物騒な言葉が聞こえた気がするんだけど」


「よろしくな!!!」


 満面の笑みを顔に貼り付けた俺とそれを後ろから眺めている朝倉委員長、ドン引きしている涼宮とずっと目をダンベルのような本から離さない長門さんという心温まる素敵な光景がそこにあった。いやあ、これからの毎日が楽しみだなぁ!


「まああたしに身の危険がないなら別にいいけど…。ていうか朝倉、あんたここに何しに来たわけ?」


 直接的な問題を尋ねるのを避けた涼宮がジャブのような質問を朝倉委員長に向けると、あぁそれはねと答えたところで彼女の動きがピタッと止まった。その視線はゆっくりと長門さんへと移り、うろうろと泳ぎ始める。


「その、彼女のね、助けを求めるような声が聞こえた気がしたのよ。ほら、わたし耳が良いの!」


 朝倉委員長の刺すような圧が消えたのでようやく俺も頭が回りだしてきた。モスキート音が聞こえると言いたいのかもしれないが、確かに長門さんの声は蚊の鳴くような小声ではあってもモスキート音とは違うだろうし、仮にそうだとしても外にいたはずの彼女が俺や涼宮に聞こえなかった長門さんの声を聞いたっていうのはちょっと変な話だ。涼宮も同じようなことを思っているらしく不審な顔をしていた。


「まああれだよな。知り合いの声とかって遠くからでも分かったりするっていうし」


 口を縫い合わされるのは嫌だが、まあ助け船ならそれもないだろうと適当に話をつなげておく。しかし朝倉委員長はさらに困ったようにあわあわし始めた。


「あっ、あー…。ながとさん?彼女はながとさんって言うの?長い門って書いてながとさんかしら?」


「「は?」」


 俺と涼宮の疑問の声がハモった。何言ってるんだよ朝倉さん。ついさっきまで親し気に長門さん長門さんって言ってたじゃないか。


「えっ、えー。そうだったかなー。記憶にないなー」


「どうしちまったんだよ朝倉さん!!!」


 俺が朝倉委員長の両肩をもって前後にわさわさ揺さぶると、揺さぶられるがままの彼女はただひたすら斜め上を見て視線を合わせてこない。


「ねえ長門さん。あなた彼女のこと知っているんでしょ?」


 埒があかないと思ったのか、涼宮が長門さんにそう尋ねた。すると長門さんは


「知らない。初めて見た。名前も分からない」


 と本から目を上げることなく淡々と言い、その3連打のコンボをもろに食らった朝倉委員長が「ッ!」と謎のダメージを受けていた。おちょくってんのか。


「違…そうじゃなくて…。あ!それ!そう、それよ!」


 そういって彼女が指さしたのは先ほど長門さんが栞を挿して机の上に置いたままの本だった。


「読みたい本があって図書室に行ったら文芸部室に置いてあるって聞いてね!それでここにやって来たのよ!そして来たらあなた達が揉めていたってわけ。これならどうよ!」


 いやぁ、どうよって言われても正直困る。まあこの話の出発点である涼宮は朝倉委員長の危険性が無くなったのを感じ取ったのかすでに興味を失っており、長門さんに至ってはそもそもこの話の中で一度も本から目を離しておらず、その結果として俺と朝倉委員長の対話になっていた。


「じゃあ、そういうことだから!この本借りていくわね!」


 言うが早いか、朝倉委員長は栞入りの本を掴むと一目散に部室から出て行った。流石に長門さんも驚いたようで「あ…」と珍しく感情の混じったような声を発して…あれ、確かあの本の中には長門さん特製の恋文の栞が入ってて。ここで俺は先ほどの出来事を思い出す。


・何故か長門さんに肩入れする朝倉委員長。


・ほぼ間違いなく知り合いにも関わらずお互い初対面のフリをする。


・長門さんに知らないと言われてショックを受けていた朝倉委員長。


 この状況から導き出される答えは…。名探偵である俺の灰色の脳細胞が導き出した真実、それは…。


「百合か~~~ッ」


 この場の二人に聞こえないような小声で叫んだ。なんということだ。長門さんの意味深な栞も、朝倉委員長の突然の乱入も、先ほどのおかしな態度も、全て…そう、全て理解ってしまったッ!ヤバいな、俺は自分の才能が恐ろしい。俺は新しい部活を作っている場合ではなく、すぐにでもミステリ研究部に入部した方がいいかもしれない。しかし、俺には未来人の手伝いという大事なミッションがある。すまないミステリ研究部。俺はあったことのないミステリ研究部に謝罪しつつ、この真実は俺の胸にしまっておこうと静かに決意した。

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